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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第3章 たまに冒険者

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308 精霊の森

 ひしゃげた電波塔。無惨に崩れ落ちた建物。四方に飛び散った硝子の破片。

 ぐにゃりと折れ曲がった電柱。ぶらんと垂れ下がった電線。

 ズタズタに引き裂かれた地面。ぷすぷすと燻る瓦礫。

 道端に転がる腹の裂けたぬいぐるみ―――


「どうして……どうしてこんなことに……」


 その場に立ち尽くす少女の後ろ姿。

 そして、どこまでも広がる灰色の世界―――



     ***



 何だか嫌な夢を見た。今この瞬間にどんな夢だったか忘れてしまったけれど……

 閉じられた瞼に光を感じる。


 チチチチチチ……


 重い瞼を持ち上げると、見慣れぬ天井……ならぬ、見知らぬ樹冠が目に飛び込んできた。樹冠の間から差し込む木漏れ日。


「え、何で?」


 あれ? もしかしてまだ夢から覚めていない?

 夢から覚めたらまた夢の中だった……って怪奇小説にありそう。いやいや、怪奇小説は遠慮願いたい。それよりも何だか背中がゴツゴツとして痛い。のろのろと上体を起こしてみると、そこは巨大な樹木の根の上だった。


「は? だから何で?」


 どうやら私は巨木の根の上でぐーすか眠っていたらしい。

 私は精霊の泉に落ちたはずなのだが、どこも濡れておらず、さらには泉どころか水たまりさえ近くになかった。

 目覚めるとそこは森の中だった。

 訳が分からない。

 視界の果てまで巨木が柱のように立ち並び、何十メートルもの高さからところどころに木漏れ日が細いスポットライトのように淡く差し込んでいる。緑というよりも、どちらかと言えば青い世界で、とても幻想的だ。木漏れ日の中にふよふよと浮かび上がるのは、綿埃……でなく精霊だろうか? ん?


「精霊っ?」


 綿埃が一瞬ビクッとして、慌てた様子で一斉に姿を消した。

 思い出した。泉に落ちた瞬間、私の視界に入ったものは、ごちゃっと固まった淡く発光する綿埃だった。つまり、これは、アレだ……


 危機的状況に直面し、私が瞬間移動の能力を発揮した!


 訳ではもちろん無く、泉がペカーと輝いたのも、私がこの場に連れてこられたのも洞窟憑き(?)精霊の悪戯だったのだろう。


「……またやられた」


 でも、ここは一体何処? ダンジョンの中にこんな森があるとは聞いたことがない。私の知るダンジョンはずーっと遺跡、たまに洞窟である。


「そもそもここはダンジョンの中なの?」


 そう言えば泉に落ちた時、ぐにょんぐにょんとした空間の裂け目を見たような気がする。もしかして、精霊って時空魔法が使える? …………ハハハ、まさかね。

 私の頭の中は疑問符で一杯だった。

 まあ、ともかく、


「ここどこ……」


 である。私は間違いなく、誰が見ても、完璧な迷子…いや、遭難者だった。


「誰か-! 居ませんかーっ!」


 …………。

 …………。

 …………。

 …………木霊も返ってこない。

 ともかく、ずっとこうして居るわけにもいかない。誰か人を探そう……果たしてこんな所に人間が……………………誰か居るよね?

 私は一歩を踏み出し……って、どっちに行ったらいいの?


 クキャキャキャキャ―――


「鳥? 猿?」


 何か野生っぽい声が聞こえる。視界の隅をちょろっと光が走った。精霊だ。


 グキョキョキョキョキョキョ―――


 もうこの際、精霊でもいいや。

 心細くなっていた私は、精霊の後を追って行く。精霊は偶に止まり、ふよふよと宙に浮かんだままこちらを伺う様子を見せ、さらにどこかへと進んでいく。もうこれは付いてこいと誘っているよね。でも森の外ではなく、どんどん森の奥に進んでいるような気がする。


「このまま付いていっていいのかな?」

『コッチ、コッチ……』


 ホントに付いていっていいのだろうか? う、なんだかこのシチュエーションに既視感が……


『ダレ、ダレ?』

『オキャクサマー』


 一歩進む毎に淡く発光する綿埃……、いや、精霊の数が増えていく。幻想的? なんだろうけどさ……


『ネエ、アソボーヨ』

「てっ!」


 精霊に気を取られ、地上に顔出した根っ子に躓き、危うく転びそうになった。


『キャハハハハハ』

『コロンダー……デナイ? ナンダー』

『ダイジョブー、ダイジョブー?』


 なんだかちょっと鬱陶しい。何で精霊ってどれもこれもこんな感じなんだろうね。

 いつの間にか私の頭の上にも綿埃が……一つ、二つ、……ごちゃっとへばり付き、……いや、乗りすぎじゃない? 全く重さは感じないけどさ。


「あっ、肩にもいた」

『イルヨー!』


 肩で綿埃がぴょこぴょこ跳ねる。もうどうにでも成れ、である。


「ねえ、この先に何かあるの? 誰かいる?」


 ところで、この綿埃……精霊達とまともな会話が成り立つのだろうか? ダメ元で聞いてみる。


『イルヨー、エライヒトー!』


 思い掛けず返答があった。この辺の精霊は、街中の精霊よりも人懐っこいのかもしれない。それか単に暇を持て余しているだけなのか……。


「でも偉い人って、もしかして女王様? まさかあの噂が真実だったとか……」

『ジョオー、ダレ? シラナーイ』

「ここはどこなの?」

『ココドコー、ココドコー』

「どうしたら帰れるかな?」

『カエルノー? カエルノー? カエッチャダメー、ダメー』


 この辺りの精霊は随分おしゃべりのようで、不安なこともあってつい話し掛けてしまう。


「人間のいるとこ知ってる?」

『テルー、テルー』

『ヒサシブリ、ヒサシブリ、ハジメマシテ、ハジメマシテ』

『キャハハハハハ』


 ……いや、これ会話になってる?

 そういえば、精霊とは話してはいけないと聞いたことがある。天城の馬鹿息子(竜胆)が乳母から口を酸っぱくして言われたとか、そんな事を言っていたように思う。何でも精霊に気に入られると、精霊の国に連れ去られてしまうんだとか……


「あれ? 今の状況ってまさにそれに該当するのでは?」


 いやいや、精霊と話す前にここに飛ばされている訳だし、ここが精霊の国かもわからないし、そもそもあんなの子供に言うことを聞かせるための方便だろうし……


「……だよね?」

『ダヨネー、ダヨネー』


 いや、アンタらが元凶だからね。

 精霊達と会話にならない会話を続けていると、何となく精霊の泉の真実が見えてくる。

 精霊の泉付近には、ダンジョン憑き精霊とでも言うべき精霊が沢山いるそうで、時たま気紛れに泉をペカーと光らせているらしい。特に外から精霊がやってくると、テンションが上がり、より泉を輝かせるのだとか。外からの精霊……つまり精霊憑きの人物がダンジョンを訪れるということだ。

 あくまで推測だけど、巷を賑わせている泉の騒動は、多分こう言うことではなかろうか。ある日、精霊憑きの人物が泉を訪れ、テンションの上がった精霊達が泉を光らせた。その日は偶然、満月だか新月だった。それを聞いた大勢の人達が満月だか新月に集まり、その中に精霊憑きの人がいて再び泉が輝き、さらにまた満月だか新月に人が集まり―――

 そりゃあ大勢の人が集まれば集まるほど、精霊憑きの人がいる確率も上がり、泉が輝く機会も増えるよね。で、人々が集まっていたのが満月だか新月だったので、月の満ち欠けが影響あると世間に誤って広まった……と。

 きっと今回もあの場に精霊憑きの人間が大勢居たのだろう。確かアンまの主要登場人物も殆ど精霊の加護持ちという設定だった。精霊の加護というのが、多分精霊憑きのことなんだろう。私にも“おもいで精霊”が憑いているしね。で、テンション上がった精霊が……

 やっぱり元凶は此奴らじゃん。

 じとーっと精霊を見てしまう。


『ナニ? ナニ?』

『アソブー? アソブー?』


 結局私は、此奴らの遊びに巻き込まれた訳だ。


「あー、お腹空いたなー」


 そう言えば、お昼はイカ焼きだけしか食べていない。携帯食でも食べようか。“腹が減っては戦が出来ぬ”って言うしね。


「あ!」


 そこで気付いた。私、リュックを背負っていない。


「い、いつから……? 精霊の泉に落ちる前は背負っていたよね? で、森の中で目覚めて……」


 そこに置いてきたのだろうか?

 だとしても随分歩いてきて今更引き返せない。そう思うと益々空腹を覚える気がするし、何だか喉も渇いた。残念なことに水筒もリュックの中だ。


『オナカヘッター、オナカヘッター』

『コレ、タベル? ネエ、タベル?』


 精霊がよく分からないブヨンブヨンとした真っ赤に熟れた果実を運んできた。これ食べて大丈夫なんだろうか?


『タベナイノー? オイシーヨ、オイシーヨ』


 えい、ままよ。

 カプッ。


 ブッシャーー!!!


 齧り付いた途端、真っ赤な果汁が勢いよく飛び出し、私の全身を濡らす。


『キャハハハハハ』

『オモシローイ!』


 髪を伝わってボタボタと赤い汁が垂れる。

 そうだった。精霊は悪戯好きだった―――ええ、忘れていた私が悪いんですよ。

 でも………………………………美味しい。



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