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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第3章 たまに冒険者

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305 ダンジョンに行こう 3(イカ!)

 私の記憶は、師匠に天城の家へ連れて来られてからが始まりで、それ以前は酷く曖昧だ。両親と思しき影が記憶の奥底にぼやっと存在……するような、しないような……

 師匠曰く、幼い頃の記憶なんて、殆どの人に無いのが当たり前らしい。


「ふふん、現に私も幼い頃のことなんて殆ど覚えてないわ。そもそも、どこからこの世に生まれて来たか覚えている人なんて居ないじゃないの」

「それは、師匠が年食った所為……テッ!」


 何故か自慢げな師匠に事実を告げたら、魔法でデコピン食らいました。

 もう、ホントに乱暴なんだから。

 兎に角、私に妹が居たなんて記憶はない。

 どこから妹なんて出てきたのだろう? もしかして、前世の記憶と混同したのだろうか?

 でも、前世の私に妹が居たかどうかも分からない。なぜなら、“おもいで精霊”が見せる前世の記憶は、つぎはぎだらけで、酷く断片的だからだ。そもそも、大部分がこの世界を舞台としたゲームに関連した内容で、前世の私がどのような人物であったのかさえ、殆ど思い出すことはない。

 まあ、仕方が無いよね。精霊なんて基本的に役に立たないものだし、いくら前世とはいえ、今の私とは全くの別人と考えた方が良いのかも知れない。きっと……、たぶん前世の私には鶏肉嫌いの妹が居たのだろう。


 クウゥゥゥゥゥ……


 そんなことをつらつら考えていたら、盛大にお腹が「食い物を寄越せ!」と訴えてきた。あーっ、毎度毎度恥ずかしい。私のお腹の虫はちょっと元気が良すぎるのではなかろうか?


「ん? 何だ、腹が減ったのか? 葵、そろそろ昼飯にするぞ」


 私のお腹の音にいち早く反応したのは、背後を歩いていた月来先輩だ。

 誰にも聞こえてないといいな…なんて、私の淡い期待は瞬時に打ち砕かれてしまった。そこは聞こえないフリをするものではないでしょうか? え、無理?


「了解、この先に丁度良い場所がある。そこで昼飯にしよう。野茨もいいか?」

「異議な―し」

「…………」


 私の腹時計で次の行動が決まってしまった。何だかいたたまれない。

 ダンジョンに足を踏み入れ、黙々と歩き続けること数時間。結構ダンジョンの奥まで来たように思うのだけど、ここまで魔獣には全く出会さなかった。これでは単なる洞窟か遺跡探検である。目的地はまだまだ先のようで、未だに価値ある鉱石は見つけられずにいる。ダンジョンの浅い層では、価値ある鉱石はもう取り尽くされて、屑石しか残っていないのかもしれない。

 そうそう、入り口付近に転がっていた屑石は、子供達が小遣い稼ぎに拾いに来るらしい。ダンジョンは騎士団の監視の下で定期的に開放されており、その際、孤児院の子供達を招待しているのだとか。体の良い労働力として利用されている気がしないでもないけれど、身寄りの無い子供達の定収入となるのであれば、悪い話でもないと思う。それで、入り口付近にわざと屑石を捨てていく者が多いのだとか。


 …………。


 そういうことは、早く教えて欲しい。そうと知っていたら持ち帰ろうなんて思わなかったのに……

 ああ、自分の行動が恥ずかしい。


 私達は松明に照らされた閉塞感のある遺跡と思しき通路を抜け、巨大で開放的な空間に辿り着いた。ダンジョン入り口前の洞窟の大広間によく似た空間だけれど、そこよりも遙かに広大で天井も高く、何より目の前には神秘的な地底湖が広がって―――


「さあ、買った、買った。ダンジョン名物、クラーケン焼きならぬイカ焼きだ! 焼きたてでスゲー美味いぞ! 食わなきゃ一生後悔するぞ!」


 ぷうんと醤油の焼け焦げる匂いが漂ってくる。


「安いよ、安いよ。干し肉が大特価!」

「ここを逃したら、もう薬の補充はできないよ~ダンジョン攻略の必需品、買うならここが最後だよ~」

「そこのお兄ちゃん、記念に今日の日付とネーム入りメダルキーホルダーを作っていかないかい」

「部屋のインテリアにおしゃれな、ペナントはいかがですかーっ! 木彫りの熊…いや、魔熊もありますよーっ! 職人の丹精込めた手作りですよーっ!」

「勇者の顔はめパネルはこちらでーす。記念に写真を撮っていきませんかぁ。ゴブリンも、ドラゴンのパネルもありますよぉ」


 ダンジョンは、思いっきり観光地化していた。


「…………思ってたのと違う」


 地底湖を取り巻くように露店や屋台がぎっちりと並び、バザールのようなものを形成している。そこには、大勢の人々が(ひし)めき、呼び込みの声が飛び交っていた。さらに奥まった所には、大型のテントがいくつも設営されているようだ。

 地底湖前の広場では鮮やかな衣装を纏った踊り手達が、くるくると回っている。幾重ものカラフルなスカートがふわりと広がり、花が咲いたように綺麗だ。ちなみに、くるくる回っているのは、皆男性である。


 くるくるくるくるくるくる……


 目が回る。

 流石にホテルや食堂といった建物は建設されてはいないが、小さな街と言っても過言ではないだろう。ダンジョンの中とは思えない賑やかさだ。


 ジュウウウウゥゥゥゥゥ……


 ふらふら~と私の足がある屋台に惹き付けられる。これは不可抗力である。だって、こんなにもイカ焼きが美味しそうな匂いをさせているんですもの!

 私の視線は網の上に行儀良く並んだたっぷりタレの塗られたイカから、その横に掲げられた値札へ……


「高っかー!」


 その値段にビックリである。更に隣の干し肉が吊されている屋台に目を転じると、そこも普段目にする商店の何倍もの値段であった。


「言いがかりは止めてくれよ。ここまでの運搬費諸々を含めると、これでも安いくらいさ」


 ああ、なるほど。これは観光地価格というやつですね。


「ところで、随分賑やかだけど、今日は何かあるのかい?」


 いつの間にか背後に来ていた日向会長が屋台の小父さんに尋ねる。ああ、真っ赤な炭の上にぽたりと落ちる醤油の焦げる匂いが溜まらない。


「あれ? 兄ちゃん達は、精霊の泉を見に来たんじゃねえのか?」


 小父さんがイカをひっくり返し、その上に刷毛でタレをたっぷりと塗る。ジュワーと煙と匂いが立ち上る。


「ああ、思い出した。アレか。最近発見されたという精霊の泉が銀色に輝くってヤツ。道理でダンジョンに入るヤツが多い筈だよ。でも確か、輝く条件は明らかにされていないって話じゃなかったか?」


 赤紫色のイカの表面がキュッと縮みプチプチ鳴っている。


「泉が輝いているのを見たという証言を集めると、どうやら月の満ち欠けが関係しているらしくてな、満月か新月に起こる確率が高いらしい。その情報が出回って以来、あわよくば一目その瞬間を拝もうと、満月と新月の前後はこんな状態だな。はい、イカ焼き二本お待ち!」


 ああ、目の前を熱々のイカの串焼きが、美味しそうな匂いを漂わせ移動していく。さようなら、イカ君たち……


「今じゃ、精霊の女王に出会えるとか、願いが叶うとか尾鰭羽鰭が付いてるしな。早いヤツは数日前から場所取りしているぞ」


 小父さんはクイっと親指で奥の一際大きいテントを指さす。そして慣れた手つきで新たなイカに串をさし、網の上に並べていった。半透明の白い身体がキュキュキュと音を立て縮こまる。横ではゲソがうねうね。


「店主は、見たことあるのかい?」


 たっぷりのタレがイカに塗られ、ジュワワと音を立てて香ばしい匂いが立ち上がる。


「いや、俺はこれまで十数回この場で商売をしているが、一度も拝んだことねえな。まあ、こういうモンは、なかなか拝めねえところが、ありがてえんだろうよ」


 ひっくり返されたイカの身に再びタレが塗られ、炭の上に落ち、ジュワッと音を立てる。再び立ち上がる匂い。ああ……


「ま、そんなものなのかもな。野茨、お前、これが目当てで俺たちと一緒に来たんだろ」

「まあ目的半分ってところかしら。丁度渡りに船だったしね。まあ、そうそう見られるものじゃないから、見られればラッキーってところよね」


 ふふふと野茨先輩が上品に笑い、イカの足が野茨先輩の毛先のようにくるくるに丸まる。


「おかしいと思ったよ。野茨が参加するなんて……」

「そういう葵が誘ったクセに」

「どうせ来ないだろうとダメ元で誘ったんだよ。同性がいる方が明日葉ちゃんも安心かと思ってさ……」


 お気遣い感謝。でも気遣うところ、ちょっとズレていると思う……

 ひっくり返されたイカにタレが重ね塗りされ、タレが落ちた箇所の炭がジジジと音を立てる。


「でも、俺達にはそんな暇はないぞ、更に深いところに潜って、金になる鉱石をガッポリ採掘しなければならないんだからな」

「もう、ケチなんだから」


 学院の王子様の正体がコレだと知ったら、学院の御令嬢達はどう思うんだろう。ああ、醤油の焦げる匂いが胃を刺激する……


「お前はいいのか?」

「え? 何? イカ……じゃなくて、精霊の泉のこと?」


 月来先輩が私に聞いてくる。まあ、興味が無い訳じゃないけれど、ダンジョンに入れるのは次がいつになるのか分からないんだよね。


「うーん、見たい気もするけど……採掘優先?」


 ここは実をとる。花より団子である。湖がペカーと光ったところで、腹の足しにもならないのである。


「おいおい、兄ちゃん達、話を聞いておいて、まさか手ぶらで帰る訳じゃないよな」


 私達がそのまま立ち去ると思ったのか、小父さんが声を掛けてくる。


「店主、三本貰おうか」


 私に覆い被さるように伸びてきた腕が小父さんに紙幣と硬貨を手渡す。


「はいよ、まいどあり」


 三本の熱々焼きたてのイカ串が、香ばしい匂いを撒き散らし、宙を移動する。


「ほら」


 月来先輩が野茨先輩と私にイカの串焼きを差し出した。

 ああ、好きです先輩!

 後に振り返った時、私が恋に落ちたのは、この瞬間だと言えるだろう。


 …………。


 まあ、冗談はさておき……、月来先輩、優しい。好き。どこまでもお供します!

 では、遠慮なく……


「いただきます。アツっ、アツっ」


 熱々なイカの身にがぶり付くと醤油ベースのタレの味が口いっぱいに広がる。美味しい。幸せ。


「え、俺の分は?」

「何故、お前に奢る必要があるんだ? 自分で買え」

「えーっ、ケチ。そういえば、猫にイカは腰を抜かす……」

「…………()()()

「いや、何でもないです……」


 ムグムグ……イカは肉厚で噛み応えがある。日向会長は網の上で香ばしい匂いを放つイカ焼きをチラリと見たが、結局買わなかった。そうだよね。ちょっと高すぎるよね。


「さあ、腹へったし、どこかでサッサと昼飯にしよう」


 私たちは昼食を取れる場所を探して精霊の泉の方へと向かう。正面の広場を避けて大小のテントが並んでおり、泉の畔の良さげな場所は既にそれらに占拠されていた。精霊の泉の奇跡を一目見ようと、数日前から野営しているらしい。


「きゃーっ、葵かいちょー!」


 学院の学生が日向会長を見つけたらしい。テントの並ぶ方から黄色い声が飛び、手を頭上で大きく振りながら人影が駆けてくる。走るの遅っ。


「ほらほら、学院の王子様の出番みたいよ」


 グウウウウウゥゥゥゥゥ……


「くそ、俺の昼飯が……」


 盛大にお腹を鳴らした日向会長(私じゃないよ!)は前髪をサラッと掻き上げ、王子モードに瞬時に切り替える。おおっ、これぞ名人芸。


「はぁ、はぁっ……かいちょーっ、こんなところでぇ、奇遇ですねぇ。ふふっ、これはもう運命なのかもぉ」


 目の前に杏子が現れた。



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