304 ダンジョンに行こう 2
まあ、何はともあれ、ダンジョンである。
ダンジョンの入り口には門番ならぬ係員がおり、ダンジョン入場の際、入場届を提出する。入場届にはダンジョンに入場するパーティメンバーの名前が記載されているが、特段身分証明書の提示を求められる訳でもなく、単に頭数の確認を行うだけのようだ。
私達の番が来て、日向会長が入場届を係員に手渡す。殆どのパーティが関心を払われず、そのまま素通りなのに、係員は私達一人一人の顔を順に確認していく。
その気持ち分からないでもない。
何たって、私達のパーティは煌びやかすぎるのだ。
白い歯がキラリと輝く学院の王子様(うわっ、キザ!)、艶やかな黒髪の巻き毛がゴージャスな白薔薇の君(ここは社交場?)、麗しき月の化身と称される夜の人(いや、だから一体何者?)―――そして、
「……?」
係員が私の所で目を留め、首を傾げた。
「ひい、ふう、みい、よ……まあ、記載通り四人居るし……よし、通って宜しい。はい、次」
ええ、分かってますよ。存在感のない私が、明らかに一人だけ浮いているんですね。
私、このパーティに居て良いのでしょうか……?
いやいや、ここで臆してどうする。次はいつダンジョンに入れるか分からないんだから、ここは実利を取らないと! ダンジョンで、目指せ高収入である。ゲームでは、ダンジョンは割の良い収入源だったのだ。コレを逃す手はない。
私は弱気になる心に活を入れる。
鈍感力、鈍感力……
さあ気を取り直して、ダンジョンへ!
「ん?」
視界に飛び込んできたのは、赤い鳥居だ。ダンジョンの入り口に赤い鳥居が立っていて、行く手を阻むように注連縄が駆けられている。
「何か思っていたのと違う……」
こういうのってどちらかと言うと西洋的なイメージで、上部がアーチを描いていて、ごつい閂の掛けられた巨大な木の扉とかじゃない?
ま、偏見だけどさ。
係員が注連縄を外し、入るように促す。なんだか侵入禁止の規制ロープのようだ。私は日向会長と野茨先輩に続き、鳥居をくぐった。殿は夜の人……もとい、月来先輩だ。
いよいよダンジョンデビュー! ダンジョンの中はいかに?
「…………」
一歩足を踏み入れたダンジョンは、岩肌続く洞窟でした。
えーと、外と何も変わらないような……
私達は洞窟の奥へと進んで行く。洞窟の中だというのに明るいのは、壁に等間隔で松明が掲げられているからだ。
「こんな密閉空間で火を燃やしたら酸欠になるんじゃ……」
ポロッと疑問が零れる。
「ああ、これ魔道具で、本物の炎じゃないから、心配しなくても大丈夫だよ」
すぐ様、日向会長が答えてくれた。
そういえば、学院の建物内や寮でも魔道具で明かりを取っていた。ただ、こんな風に炎が燃え上がったりはしていないけれど。
「わざわざ松明を模しているのは、制作者が雰囲気づくりに拘ったらしいわ」
野茨先輩が補足する。
「それは……、何だか凄く無駄な拘りのような気が……します」
それにしても、ダンジョン内というのに魔獣が現れる気配はない。出るとしたら、どちらかと言えば虫の類いじゃなかろうか。
ヤダな、ゲジゲジとかムカデとか出てきたら……。
何かその辺の暗がりに潜んでいそうで、そっと壁際から距離を取る。
コツン。
足に何か硬い物が当たった。
足下を見ると、綺麗な石がごろごろと転がっている。これは見覚えがある。一つ摘まみ上げ、松明に翳す。間違いない、精霊石だ。
精霊石―――精霊の力が宿るという石、実際には精霊とは何の関係もなく、単に魔力を帯びた石で、魔力の乾電池(乾魔池?)のようなものだ。魔力のない者が魔道具を使用する時にこの精霊石を使用する。
これはお金になる!
私は足下に転がっている石を拾い集め、背負っていたリュックを下ろし、その中に入れていった。
「おい、お前、何そんなモン拾ってんだ?」
「わひゃ!」
ビビ、ビックリ! 月来先輩がいきなり背後から声を掛けてきたのだ。心臓に悪い。
「こんな屑石、一体どうする気だ?」
「どうするって、沢山拾って持ち帰ろうと思って」
折角鉱石を見つけても持って帰れなければ、勿体ないじゃん。ひょいひょいと、その辺に転がる精霊石をリュックに詰め込んでいく。
「それにしてもでかいリュックだな」
これは天城の家にいた時、山菜採りに愛用していた布製の巨大なリュックである。拾った精霊石を入れる前は、中身は水筒が一つと携帯食だけだったので、殆どぺったんこだった。
「お前、そんなデカイの一杯にしたら、持って帰るどころか、持ち上げられないだろう」
「いや、そんなこと……」
地面に置いたリュックを持ち上げようとする。
重い。
ならばとリュックを地面に置いたまま両腕を通し、そのまま立ち上が……
「うぐぐぐぐぐ……」
……れませんでした。
「明日葉ちゃん、ダンジョンの奥にはもっと高価な精霊石があるから、そんな屑石を拾う必要ないよ」
「え、でも勿体ないし……」
私たちのやり取りに気づいた日向会長が声を掛けてくる。
屑石とよばれた精霊石を全て捨てずに、背負える程度まで減らす。もっと価値がある精霊石が見つかったら入れ替えればいいよね―――
…………
…………
…………
で、結局、二個だけ残して他は全て捨てました。
いやあ、こんな重いもの背負って歩けないよ。無駄に体力を消耗してしまう。欲を掻くのはダメだね。
こんな私を見て、野茨先輩がクスクス笑っている。
「如月さんって、葵にそっくりね」
「え? 似てますか?」
アオイって日向会長のことだよね。どう考えても私と学院の王子様とでは似ても似つかないと思う。
「思い出すわぁ。葵も初めてダンジョンに入った時、何でも持ち帰ろうとしたのよね」
似てるって、そこですか……
「それはまた、金に汚い葵らしいな」
「おい、何だその言い草は、我が領の財政を考えたら、少しでも金目の物は回収するのは当然だろう」
あれ? 日向会長は学院の王子様だよね? 辺境伯の御令息で、誰もが羨む美丈夫かつ文武両道の特待生……
「ホント、葵ってがめついのよね。肖像写真の売り上げも、普通よりも吹っ掛けてくるしさ」
「俺のこの顔で商売するんだから、当然の権利だろ」
「おい、葵、地が出ているぞ」
いつも王子様然としている日向会長が、何だかいつもよりがさつな感じがする。
「如月さん、知っている? 葵は学院の王子様なんて呼ばれているけれど、貧乏辺境伯の三男坊で、特待生じゃなくて、本当は奨学生なのよ」
華やかな王子様は仮の姿、実は苦学生だった……と?
「俺は一言も特待生だなんて言ってないからな。周りが勝手に誤解しているだけだ」
「否定もしていないけどね。それに、自ら進んで“皆んなの王子様”を演じているじゃないの」
「それに乗っかって、商売しているヤツに言われたくない」
「そりゃあ、肖像写真の売り上げに影響ありますもの。あえて、余計な事は言わないですわ。おほほほほ」
日向会長と野茨先輩は、どうやら持ちつ持たれつと言う関係のようだ。
で、聞いたところ、何でも日向会長の実家である辺境伯領は、魔獣が多く出没し、それを目当てに集まってきた冒険者達によって大変栄えていたらしい。そう、栄えていたのである。
十年ほど前から魔獣の数が激減し、今では殆どその姿を見かけることがなくなり、魔獣狩り以外これといった産業が無い辺境の地は、それまでの資産を食い潰しながら、何とか持ちこたえているとのことだ。
「国境を預かる辺境の地だからな、軍備の縮小も簡単には出来ないし……本当に金食い虫だよ」
「日向会長も貧乏だったんですね」
「そうなんだ。明日葉ちゃん、今日はガッツり稼ごうな」
がっちり、握手。
何だか親近感、でも貴族と庶民で立場は違いすぎるけどね。
ダンジョンをさらに奥へと進むと辺りの様子が変わってきた。自然の岩肌だったのが、明らかに人工的な壁面や床に変わる。何だか遺跡のような感じだ。この石積みの壁面には見覚えがある。前世のゲームで、バイトの一つとしてダンジョンを選んだ時の、ミニキャラの背景がこんな感じだった。
「ところで、明日葉ちゃん。動物殺したことある?」
「へ?」
何かいきなり物騒なことを聞いてきたんだけど……
「ダンジョンをさらに奥に進むとどうしても魔獣と戦う状況は避けられない。可哀想だからなんて躊躇していたら大怪我か、下手したら死ぬことになる。極力、俺たちが処理するが、いざという時は覚悟しておけ」
日向会長も月来先輩もいつになく真剣な表情を見せる。あ、月来先輩は元々こんな表情だったかも。
正直生き物を殺せるか、自信はない。特にもふもふの動物は……
でもここで甘っちょろいところを見せる訳にはいかない。少しでも大丈夫なことをアピールしなければ!
えーっと、えーっと、えーっと……
「自分の手で殺したことはないけれど、鶏を絞めるところなら見たことあります。その時、首を切られた鶏が走り出して、妹の方に走っていったんですよ。それ以来、妹は鶏肉が食べられなくなって……」
「明日葉ちゃんに妹がいるんだ」
「……え?」
あれ? 私に妹なんて居た……っけ?




