301 新聞部定例会議
「はい、皆、着席―ぃ。では、新聞部の定例会議を始めます」
肩に掛かる巻き毛を軽く払い、黒薔薇ならぬ白薔薇の君こと新聞部部長の野茨薔子が会議の開始を告げた。部屋の中央には、複数の長机を合わせ一つの大きなテーブルとしたものが置かれており、それを新聞部員達が取り囲み着席している。
「次号の記事について、何か意見のあるひと―、挙手。はい、そこの君」
スッと男子部員の手が挙がり、薔子が透かさず指名した。
「確か次号は、入学生の中間試験の対決結果の予定だったのでは?」
「んー、そうなのよねー。あれね、とんだ肩透かしよね。まだ幼さの残る美少年が、ガリ勉主席を降す!…ってのを期待したのだけどなー……」
薔子がお手上げというような仕草を見せる。
「あれ? 部長って、大飛少年推しでしたっけ?」
「違うわよ。その方が受けが良さそうじゃない? 発行部数が伸びるわ」
王立魔法学院は二期制となっており、夏期休暇を前につい先日、前期期末試験、通称中間試験が実施されたのだが、今回の試験は、入学生主席と天才少年の対決を新聞部が煽ったこともあって、いつも以上に注目されていた。
「はーっ、まさかの入学生主席と天才少年が同点……、しかも、首位じゃないなんて、無いわー」
しかし対決の結果は、同点、同位で決着付かず、更に締まらないことに彼らは首位ですら無かったのだ。
「まあ、もちろん記事にはするけどね。トップ記事にするには、なんか弱いのよねー」
編集担当の部員によって、移動式の黒板に大まかなレイアウト案が掲示される。件の記事は下段に掲載予定で、写真が二枚添えられている。一枚は前回の記事に掲載された白根芹と大飛燕が握手しているもので、その横には有明董子の済ました顔がある。董子の写真は新聞部が販売しているポートレート写真だ。
「見出しは、『入学生主席&天才少年、有明董子嬢に敗れる』ですか……」
「順位を張り出した掲示板の写真もありますけど、載せます?」
編集担当者の手によって、黒板に写真が一枚追加される。写真の中の掲示板には、仲良く同点の白根芹と大飛燕の名前、そして、その上に有明董子の名前がある。有明董子は二位だ。
「首位って、誰でしたっけ?」
写真の一位の名前の部分がぼやけて見づらく、部員達が名前を確認しようと目を凝らす。
「えーっと、へ組の……」
「へ組? もしかして、佐倉杏子?」
「うおーすげー! 可愛くて頭も良いなんて、すげー!」
「あんずちゃん、努力家なんだな」
杏子の名前を聞いて、男子部員達が俄に盛り上がる。
「は? あの子、そんなに成績良かった?」
「もの凄――――い、努力をしたとか? ありえないわ」
「不正じゃないの?」
一方、女子部員達は概ね懐疑的だ。
「あー、違う、違う、佐倉杏子じゃない。如月明日葉って子」
新聞部員達が杏子の話題で盛り上がる中、記事担当者が首位の人物の名前を告げた。
「キサラギアスハ? は? 誰それ? 聞いたことないなあ」
「あー、眼鏡君とへ組に取材にいったけど、何か影が薄くてさー、実際、有明妹しか印象に残ってねえ。流石にトップ記事にアレは地味すぎるわー」
「そりゃあ、『入学生主席&天才少年、如月ナントカ嬢に破れる』じゃ、「誰それ?」ってなるわな」
「別に如月嬢について知りたい訳でもないしな。でもホント、締まらねーな」
「え、あ、あの……」
一緒に取材に行ったという眼鏡君が何か言いたそうな素振りを見せたが、結局何も口にできず、ただオロオロするだけだった。
「はい、この話題はここまで。他に何か良いネタのある人―っ」
部員達の口から挙がる内容は、学食の人気ランキング、おいしいライスカレーの作り方、生卵とゆで卵の見分け方、教授陣のおやじギャグ集など、どれもパッとしない。これなら、『入学生主席&天才少年、有明董子嬢に敗れる』の方が遙かにマシというものだ。
ネタ出しにも行き詰まりが見え―――
ガラッ。
「では、今話題のアイドルの記事なんていかがでしょう?」
部屋の戸が開き鬼頭紫苑が姿を見せる。彼は次期部長候補の二年生だ。
「なあに、遅れてきて開口一番、それ? アイドルって学外の話じゃないの。却下よ」
「済みません、遅れました」
薔子が少しだけ責める様な口調で言うと、紫苑は素直に頭を下げる。その低姿勢さに、薔子は商人特有の胡散臭さというか、ずる賢さというか、そういうものを感じ取ってしまう。
そう、なんだか常に本心を隠しているような……
でも、それを補って余りあるくらい、彼は新聞部員としては優秀ではあるのだけれど。
「まあ、普通はそう思いますよね。でも、それがそうでも無いのですよ。今日はゲストが居るので紹介しますね」
紫苑の陰から大飛少年がぴょこんと姿を現し、頭を下げる。
「お邪魔します」
「きゃあ、可愛いー」
一部女子部員から黄色い声が挙がり、ちょっとだけ大飛少年が口を尖らせた。
「実は、大飛君から提案がありまして、近々、新劇場で正式なアイドルのお披露目会を行うそうで、それを記事にしてくれないか……と」
紫苑が大飛少年からの提案を告げると、部員達がこそこそと会話を始める。
「何? “あいどる”って?」
「ほら、天才少年君ぷろぢゅーすの少女歌劇団みたいなやつ。新劇場の柿落としで正式お披露目だって、話題になってる……」
キネマ、ミュージカル、テレビスタジオなどに広く対応した新しい劇場が近々オープンすることは、広く知られているが、その柿落とし演目の一つであるアイドルについては、まだまだ認知されていない。
「あれ? こないだ似たようなのやってなかったっけ?」
「ああ、テレビジョンの試験放送だろ。俺は街頭テレビジョンで見たけど、アレは凄かった。とにかく凄かった」
「一体、何が凄かったのよ」
「いや、とにかく無茶苦茶凄かったんだって」
テレビジョンの試験放送を街頭で視聴したという男子部員に、女子部員が説明を求めるも要領を得ない。一体何が凄かったのか、放送技術が優れていたのか、それとも……
「あら、私は王都劇場で生で見たわよ。はぁー、素敵だったわ。あの子、アンジェリカって言うんでしょ。王都新聞に載っていたわ」
「すげー羨まー、都民新聞にも載っていたな。彗星社の週刊誌にも。いいよな、アンジェリカ。俺ファンになったぜ」
「おお。同士~」
試験放送を見た者達が盛り上がる中、試験放送を見ていない者達には、「何のことやら」である。
「王都や都民って大手の新聞社じゃないの。同じ記事をウチが載せてどうすんのよ」
「そうですよ。何でそんなものを」
「でも、ウチは大飛君の協力を得られるんですよね。大手新聞社よりも凄い記事になるかも」
「賛成―っ、最近話題になってて、気になってたんだ。是非、取材しましょーよ」
部員たちの様々な期待を込めた視線が新聞部部長、野茨薔子へ集まる。
「うーん、そうねえ……」
薔子は、あまり乗り気では無いのか、渋い表情を見せた。
「わたくしも御前会場で、その試験放送を見たから、凄いのは分かるんだけど……うちは一校内新聞であって、商業誌じゃないのよ。そんな宣伝記事を載せるなんてどうかしら……」
その時、小さな影がスッと動いた。
「野茨先輩、提案があるんですが。学祭でのアイドルのブロマイドの販売権を新聞部にお渡しするなんてのは、どうですか? 他にも関連グッズを売ってもいいですし、売り上げの一割は新聞部にお渡しすると言う事で……」
薔子の瞳がキラリと光った。
「……そうね、ウチは校内新聞だもの、そこまでガチガチに考える必要も無いわよね。……で、三割でどう?」
「足下見てきますね。うーん、まあ、アイドルはまだまだ無名ですからね。でも最大譲歩して二割ですね。新聞部にとっても悪い話じゃ無いでしょう?」
「いいわ、二割で。交渉成立ね」
薔子と大飛少年ががっちり握手する。
「ああ、それから、テレビジョン試験放送のアンジェリカの映像を提供しますね。学祭の時、販売促進用に会場で流してください。その代わりしっかり宣伝を頼みますよ」
その様子を見ていた新聞部員が食い付いた。
「なあ大飛君、アンジェリカのブロマイドもあるのか?」
「もちろんです。彼女も我が養成所のアイドルですから」
大飛少年は、嘘はついていない。ただ、「柿落とし公演に出演予定はない」と言う都合の悪いことは口にしないだけだ。
「あ、俺、それ予約ね」
「あ、僕も、三枚」
「お前、三枚もどうするんだよ」
「決まっているだろ。飾る用、保存用、布教用だよ」
「えーっ、得体の知れない“あいどる”のブロマイドなんて私達には何の得もないじゃないの」
アンジェリカファンの部員達が盛り上がる一方で、この状況が面白く無い部員も存在する様だ。大飛少年が悪戯っ子の様な表情を浮かべる。
「新劇場のお披露目には、ゲストに“Go-da”を予定しているんだけど……」
サッと空気が動く。
「やります。やらせて下さい」
「部長! 今回だけじゃなく、柿落とし公演当日の様子も取材をしましょう!」
「きゃー、Go-da様よー」
“Go-da“は今若者に大人気の男性歌手で、彼のリサイタルでは興奮した若者の失神者が続出し、ラジオでは彼の歌が放送禁止となっている。ある意味伝説の歌手なのだ。
「さあ、みんな、学祭の売り上げのためにも、しっかり取材して記事を書き上げてちょうだい」
「はいっ!」「了解!」「任せて!」
その後も活発な話し合いが続き、新聞部の定例会議は閉会した。




