221 【幕間】大飛燕
ボクは大飛燕。現在十二歳、もうすぐ十三歳になる。
髪色はミルクが混じったような珈琲色、瞳は碧掛かっていて、これはボクの母さんが異国出身だからで、どこかの誰かさんみたいに染めている訳じゃない。今はまだ身長は低いけれど、これからどんどん伸びて、数年後は「可愛い」じゃなくて、「カッコイイ」と言われる筈だ。
それから、ボクを語る上で外せない事がある。ボクは舞台芸術の信奉者である。
ボクが舞台芸術に傾倒したのは、ボクの父さんが王都劇場の支配人と言うことが大きいだろう。ちなみに劇場の所有者は母さんだ。とにかく、父さんはボクに演劇、バレエ、歌劇等、多くの舞台芸術に触れさせてくれた。
しかし、伝統ある王都劇場とはいえ、同じ事の繰り返しでは時流に置いて行かれてしまう。ここのところ巷では、王国座の少女歌劇団が話題になっていて、主に大衆人気だとはいえ、王都劇場の主な客である貴族や裕福層もこっそり足を運んでいるとの噂だった。
一体どんなものだ?
と一度観に行ったことがあるが、プログラム構成は寸劇にダンス、歌で、その出来映えは……はっきり言うと、学芸会に毛が生えたようなものだった。明らかにお金を取るレベルではない。まあ、さすがに歌劇団の看板スター、君影鈴蘭は別格だったけど。
そんな稚拙な舞台にも関わらず、劇場はなんとも言えない熱気に包まれていた。観客の会話に耳を傾けると、お目当ての娘を見つけて、成長する過程を応援するのが楽しいらしい。確かに幾人かは、光る娘達もいるにははいたように思うけれど……うーん……
とは言え、この状況に流石の父さんも危機感を抱いていたのだろう。異国に渡った際、『音楽舞踏劇』なるものを引っ提げて帰ってきた。父さん曰く、「バレエとも歌劇とも異なる全く新しい舞台芸術」とのことだ。父さんの力の入れ様は凄まじく、異国から演出家まで連れて来たうえ、更には専用の新劇場を建設してしまったほどだ。
その時ボクはまだ知らなかったが、既にテレビジョンの計画が進んでおり、その試験放送でお披露目する斬新で、華やかなものを父さんは探していたのだ。
それから、父さんからのお土産はもう一つあった。異国の言葉で書かれた一冊の本である。ボクは辞書を片手にそれを翻訳した。そこには“マジカルクラウン”という女性二人組の冒険者の活躍が描かれていた。冒険家ならぬ冒険者というのは、依頼を受けて魔獣を狩り、生計を立てる異国の職業である。その昔、魔物が跋扈していた頃、我が国にも存在していた職業らしく、たぶん熊狩の猟師のようなものなのだろう。ちなみに“マジカルクラウン”というのは彼女らのチーム? 名で、辞書によると魔法の道化師という意味らしい。
彼女達が依頼を受けると、その跡を追って、多くの冒険者達が危険な森の中や砂漠、草原などへ赴いたとのことだ。彼女達の戦闘スタイルは、歌いながら剣を振るい、魔獣を倒すというもので、その様子は“ライヴ”と呼ばれ、命を賭けてでも見る価値があるものらしい。彼女たちは、自らを“アイドル”と称していた。
これを読んだ時、ボクは「コレだ!」と思った。命を賭けてでも見たいもの、これこそ、ボクが世の中に送り出すべきものだと。
ボクを取り巻く環境がこんなであることから、ボクが幼い頃からショービズの世界に興味を抱いていたのは当然だと思う。まあ、ショービズでも、演じる方じゃなくて、上演する方だけどね。ボクは自由に舞台を作ってみたかった。それも直ぐにでも。
ただ、ボクが舞台運営に専念するには一つ問題があった。それは、魔法学院へ入学しなければならないことである。面倒なことにこの国には、魔力を持つ者は魔法学院に入学することが義務づけられているのだ。それも最低一年間は通わなければならない。
だから、ボクはその義務をサッサと終えてしまうことにした。そして、アイドルの養成に専念するのだ。ボクは普通十五歳前後で入学する魔法学院に十二歳で入学することにした。なぜなら、ボクは神童と呼ばれる天才児だったからだ。
まあ、神童は二十歳過ぎれば只の人と言われることも多いけど、少なくとも今現在、ボクは神童である。この特権を使用しない手はない。
ボクは学院に通いつつ、アイドル養成所を立ち上げた。そして、胸糞悪い妨害に会いながらも、まだ不完全ではあるが、今日何とかアイドルのお披露目の日を迎えたのだが……
「ここは一体何処だ……」
劇団員とアイドル研修生達を乗せた二台の馬車が辿り着いたのは、山の中だった。
御者を務めていた二人の団員の姿は無く……彼らはボク達を置き去りにしたのだ。
「あいつら、珍しく御者を買って出たと思ったら……一体、どういうつもりなんだ!」
役者の一人が空の御者台に向かい声を荒げる。
今回御者を務めていた団員は中堅どころで、今まではそれなりの役を貰っていたのだが、今回は端役さえ貰えず、完全な裏方に回っていたらしい。他の劇団員によると、彼らは歌も踊りも見られたものじゃなく、とてもミュージカルに出られる水準になかったとのことだ。
それは本人達も納得していると思っていたのだが、どうやら違っていたらしい。
それを逆恨みされても困ると言うものだ。しかし、このような暴挙に出た理由がわからない。こんなことをしても、ただ自分の首を絞めるだけだろうに。
「今は彼らのことなどどうでも良い。兎に角、ここから移動しよう。上演時刻が迫っている」
そうだ。こんなことをしている場合じゃない。馬達が残されたのは不幸中の幸か。後に窃盗罪や器物破損罪に問われる事のない様、馬を傷つけずにそのまま残して置いたのではないかと聞いている。
「兎に角、人の居るところを探しましょう」
馬車を道なりに走らせ、漸く人家を見つけた。家主によると、ここは北ノ町の外れだという。電話を借りようとしたが、街中にいかなければ無いとのことだった。
それから北ノ町の中心部まで移動し、駐在所で電話を借りて王都劇場に連絡すると、会場は新劇場ではなく、王都劇場であることが判明する。
「騙された」
すっかり、あの団員達にしてやられてしまった。
新劇場が今日までに完成するのか、薄々おかしいとは思っていたのだ。それなのに、彼らの言葉を鵜呑みにしてしまった。これは完全にボクのミスだ。悔しいが、ボクはまだ子供なのだと実感する。
それでもまだボクはこの状況を甘く見ていたのだと思う。遅れても劇場に辿り着けさえすれば、何とかなるものだと単純に考えていた。父さん達がこの状況をどれだけ恐れていたか、どんな影響があるのかなんて全く考えが及ばなかった。
本当にボクはまだまだ子供だ。
その後はただひたすら王都劇場に急いだ。単に馬を駆るだけであれば、少しでも早く劇場に着けるだろう。しかし、馬車に乗っている団員や衣装小道具が全て必要なのだから、一つも置いて行くわけにはいかない。
道中の話し合いで、王都劇場に到着したら、直ぐにミュージカルを上演することになった。アイドル養成所のお披露目は、今日は無しだ。
それには多少食い下がったが、テレビジョンの映像配信先に王侯貴族がいるため、これ以上の遅延は認められないと、説得されてしまった。実の所、ミュージカルの上演すらも危ういらしい。
仕方が無い。このまま我を通すのは単なる子供の我が儘だ。
チクショウ! チクショウ! チクショウ!
馬車が王都劇場に到着し、ホールに駆け込んだボクの目と耳に飛び込んできたものは、とんでもないものだった。今も思い出すだけで、心臓がドキドキする。
最初は歌。そして―――
舞台に夢に描いたアイドルがいた!
王都劇場のホールの天井はドーム型で、色鮮やかな絵画で装飾されている。その高い天井と一階客席の中間付近に何枚もの明るい画面がホログラフのように浮かんでおり、そこに映るのはいずれも同じ人物だった。その人物の全身や顔のアップが次々と入れ替わり、画面に映し出される。
ボクはただぽかんと口を開けて、その光景に見入った。
剣を振り回している訳じゃ無いけれど、彼女こそボクが追い求めていたアイドルそのものに違いない。危険を押してまで、見に行きたくなる存在、まさに彼女のことじゃないだろうか?
「ん?」
聞きなじみの前奏が聞こえてくる。この曲は、ボクが名付けた『愛の魔獣狩り』だ。
何故、彼女がこの曲を?
頭上から半透明の剣が降り注ぎ、反射的に身をすくめると、一瞬にして花びらに姿を変える。
信じられないが、これは魔法による演出だ。
彼女は歌い―――
暫しの静寂の後、割れんばかりの拍手。鳴り止まないアンコールの波。しかし、彼女は姿を現すことはなかった。
『―――休憩に入ります。再開は―――』
客席が明るくなり、会場アナウンスの声が陶然と舞台を見詰めていたボクを現実に引き戻した。
こうしている場合じゃない。彼女は何者だ? 彼女を捕まえないと!
直ぐに舞台裏へと急ぎ、スタッフに手当たり次第に聞いて回るが、誰も彼女の居場所を知らない。
そんな筈はない。最後にあの歌を歌ったのだから、彼女は間違いなく関係者の筈だ。
そうこうしている内に、花束を抱えた受崎先輩に捕まってしまった。彼も彼女の魅力の虜になってしまったらしい。
「ああ、俺の天使……」
「はっ、なーにが、僕の天使ですか」
ああ、先輩に構っている場合じゃなかった。ボクのアイドルは一体何処に?
結局、彼女の姿をどこにも見つけることはできなかった。
公演終了後、記者達がボクと父さんを取り囲む。
ミュージカルのこと、テレビジョンの試験配信のこと、色々な質問が飛び交う。もちろんアイドルのことも。
「彼女は一体何者なんですか!」
「今後、ラジオの出演や音盤の販売は?」
「次回の公演はいつですか?」
父さんがボクに答えるよう目配せをする。なぜなら、アイドルに関してはボクの担当だからだ。これは次代の王都劇場を担うボクのお披露目でもある。
記者はボクが子供なことに一瞬躊躇を見せたが、直ぐに何事も無かったように質問を浴びせてくる。
「あ、えーっと、彼女は……」
この場面で知らないとは言えない。ふと、緑頭の受崎先輩の顔が浮かんだ。
「彼女は……アン…ジェ……彼女は、我がアイドル養成所に所属する“アンジェリカ”です」
まあ、あの状況下に舞台に立ち、アイドル養成所のデビュー曲も知っていたのだから、たぶんウチの関係者だろう。
うん、そうだ、きっとそうに違いない!
じゃあ、ウチの所属って言っていいよね。今日、この瞬間から彼女はアンジェリカだ。それにしても、あんな宝石が埋もれていたなんて、どうして気付かなかったんだろう?
彼女は間違いなく魔法で舞台演出を行っていた。
目から鱗である。
そもそも魔法が使える者は少なく、魔術師と呼ばれる者になると更に少ない。ほぼ居ないと言ってもいい。だから、演出に魔法を用いるなんて今まで考えもしなかったのだ。
でも、魔法による演出には、無限の可能性が広がっているのではないか?
ボクは一年だけ魔法学院に通い、卒業後はアイドルの養成に専念する予定だったのだが、考えを改めて進学も視野に入れるべきかもしれない。
ボクの土属性の魔法を演出に使えるまでに高め、ショービズ界に協力的な魔法使いや、演出に有効な魔道具の開発を頼める人脈を得られるかもしれない。こんな好機を逃す手はない。
「皆さん、期待していて下さい。今後は、彼女を含め、魅力的なアイドルをどんどん世の中に送り出していきますから!」
院生になったら、ボクの土魔法も超強力になるだろうし、必殺技の名前とポーズを考えておかないとな。
両手をこう挙げて、片足立ち……
「地龍岩石流星弾!!!」
カランと礫が転がった。
「プッ、……」
「受崎先輩! 今、嗤っただろ!」




