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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第2章 もしかしてアイドル!?

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217 再び公演当日

 目の前には()()()()()()天井が広がっていた。


「え?」


 私はふかふかのウレタンマットと思われるものの上で、仰向けの状態で横たわっている。

 天井が高い。

 私の周りには発光する埃のようなものが、まるで笑っているかのように小刻みに震えながらいくつも舞っている。


『ケラケラケラ……』

『ヒッカ…カッタ……ヒッカカッタ…ヨ』

『オモシ…ロイネ……ェ』


 この綿埃感は、家憑き……いや、劇場憑き精霊……?


「え? え? え?」


 私は混乱する。

 先程まで私は舞台の袖に居た筈だ。そして、そこで―――

 一瞬のフラッシュバック。

 驚いたような暴漢の顔。ナイフの切っ先。


「何で……?」


 確か私は暴漢が振り下ろしたナイフで……

 私はガバッと上半身を起こした。クラッとめまいがして、ポスッと再びマットに横たわる。


「私、刺された……の?」


 横たわったまま顔や胸をぺたぺたと触るが、別に何処も痛くないし、手が血で汚れることもない。

 もしかして、切りつけられる寸前で避けたものの、そのまま背後に転倒、後頭部を強打して昏倒……した間抜けな私を誰かがここに運んだのだろうか?


「いや、それなら普通医務室に運ぶよね」


 こんな殺風景な薄汚れた倉庫のウレタンマットの上に放置するわけがない―――無いと思いたい。


「……」


 骨組みが剥き出しの薄暗い天井を眺めながら、私は考えを巡らせる。


『ネエ……コワレタ…ノ?』

『ダイ…ジョブ?……ダイジョブ?』


 私が横たわったまま、反応が無かったからだろうか、小刻みに震えるのを止め、私の周りに集まってくる。


『タイヘン…タイヘン……』

『ヤサシク…ハコナバイ……ワルイ…』

『……ワルク、ナーイ……チャント…ケガシナイ……ヨウニ…シタヨ』


 光る綿埃が私の上で小競り合いを始めた。鬱陶しい。そんな所で止めて欲しい。

 ああ、天井が高い。

 殺風景な倉庫のような部屋だ。部屋の二階部分の壁に扉があり、そこに足場は存在しない。私は扉の下に敷かれたウレタンマットの上に仰向けに横たわっている。

 何だか凄―く、見覚えがあるんですけど……

 間違いない。ここって、あれだ。私が精霊に騙されて、落とされた場所だ。


「……え? 何で?」


 それが分かったところで、やっぱり訳が分からない。

 暴漢に刺し…斬り(?)殺されそうになった私が何でこんな所に寝かされているの?

 いやいや、今はそんな事より、


「皆は? ステージは? 暴漢は?」


 私はのろのろと起き上がった。


『タッタ、タッタ、ヨ』

『ゲンキニナッタ、ゲンキニナッタ……』

『ヨカッタネー』


 埃の塊の様な精霊達がほわほわと舞い上がる。

 落ち着け。私。冷静に考えてみよう。


 一つ目の可能性、“暴漢に襲われた私は、この場所に移された”。

 それこそ何で? である。一人でこんな所に放置されるなんて、訳が分からない。


 二つ目の可能性、“精霊に落とされた私は、この場所で寝てしまって、全ては夢だった”。

 凄いリアルだったけどな。アレ夢かな? 夢だったのかな?

 でもこれが一番、あり得そうな気がしないでもない。


「そっか、何だぁ、夢かあ……よかった」


 皆が行方不明なのも、暴漢が舞台を荒らしたのも。全部、現実の事じゃなんだ……本当に良かった。

 ホッと胸を撫で下ろす。

 でも今までのアレが夢だとしたら……


「た、大変だ!」


 私はお披露目会という大事な日に遅刻という大失態を犯し、未だ何も解決していないのだ。


『ネエ、アソボーヨ』


 精霊が誘って来る。


「また今度ね」


 今はそれどころじゃ無いのだ。何とかして皆の元へ行かなければならない。


『チェッ』

『ツマンナイノーッ…』

『マタ、アソボー……ネェ』


 精霊達が一瞬にして散っていく。

 私は迷い無く、部屋の隅の薄汚れた鉄製のドアを開く、その中は薄暗い廊下がずっと奥まで続いている。


 凄いデジャヴ。


 さっきの夢、ホントに凄いリアルだったよね……

 廊下を駆け抜けて進むと前方がほんのりと明るく、ザワザワと騒がしくなってきた。賑やかな方へと早足で進むと、廊下よりちょっとだけ広い空間に辿り着く。


 またまたデジャヴ。


『ぉ……ぁ……ぁ』

『ぃ……ぇ……ぉ……ぉ』


 ドンドンという振動や得体の知れない音に混じり、人の声が聞こえる。私は()()()()()、そちらの方へ近づいていった。


「開演も近いというのに、一体どういうことだ!」

「そんなの私に聞かれても知りませんよ」


 背後にスーツ姿の女性を従えた大飛支配人が、劇団関係者(スタッフ)と大声で言い争っている。またまたまた、凄い既視感のある光景だ。


「連絡は? 燕はどうした!?」

「知りませんってば!」


 そう、そしてこの後、男性が息急き切って駆け込んできて―――


「たっ、た、大変です! け、今朝、二台の馬車で、しゅ、しゅつ、演者達が、劇場裏から出発したらしいです!」

「な、何故だ? 何処行った? 今日の舞台は、ここ、王都劇場なんだぞ!」


 青ざめた大飛支配人が大声で叫んだ。

 何これ? どういうこと?

 夢で見た光景が繰り返されている!?

 その後の展開は夢で見た通りだ。私は手ぬぐいを首に掛けたひげ面の中年男性に拉致され、会場設営の手伝いをさせられる。多分これから、出演者達は新劇場にはおらず、北ノ町に居ることが告げられるのだろう。

 ここで私は新たな可能性に辿り着いた。


 三つ目の可能性、もしかして、もしかして……、あれ、予知夢だったんじゃ……


 だとしたら、私に隠された未来視の能力が!

 ……じゃなくて! このままじゃあの悪夢が再び訪れてしまう。

 でもここまでは、夢で見た内容をほぼなぞっている。未来を変えることはできるの?


「皆さーん! お疲れ様でーす。ここにお握りを置いていきますので、各自休憩して、どうぞ召し上がってくださーい!」


 皿に乗せられた大量のおむすびが運び込まれる。


 ぎゅるるるるる……


 記憶の中と同様に私のお腹が盛大になった。


「……」

「……一息入れて、飯を食ってこい」


 ひげ面の男性が呆れたように言った。

 仕方がないのだ。寝坊して、朝食を食べずに飛び出してきたのだから……

 私は手前のおむすびを取ろうとして手を止め、ちょっと考えた後、左端のものを一つ手に取った。かぶっと齧り付く。


「あ、鮭」


 当たりだ。

 おむすびの中身が鮭だったのが、当たりと言うわけでは無くて、いや、鮭は好きなんだけど、そうじゃなくて……

 夢の中で私は手前のおむすびを手に取って、それは梅干しのおむすびだった。でも今食べたのは鮭のおむすびである。つまり、である。あれが予知夢だとすれば、未来は変えられるということ。

 でも梅干しの酸っぱさをはっきりと覚えているんだけど……、あれは本当に夢だったのかな?

 兎に角、未来を変えられることは分かった。

 悪夢を現実にしないためにも何とかしようじゃないの!


「……」


 で、具体的に何をすればいいだろう?

 おむすびを頬張りながら私は考える。

 皆、北ノ町にいるって伝えても何の解決にもならないよね。こちらから皆に連絡はできないし、向こう側からの連絡を待つしか無い。場を繋ぐ演者さんは私じゃ見つけることはできないし、暴徒となる客の入場を禁止して貰う? 暴漢は数名居たはず。全員の顔は覚えてない。私が覚えているのは―――フラッシュバックする顔。

 そもそも何て言って伝えるの?


「予知夢を見たんです。公演は暴漢の妨害にあって、メチャクチャにされますよ!」


 ……って?

 そんなの誰が信じる?

 私なら信じない。「何言ってるのコイツ」と思う。我ながら身も蓋もない。

 だって、予知を謳った詐欺師は沢山いるけれど、ちゃんとした予言者なんて見たことも聞いたことも無いんだもん。

 それに私自身でさえ、まだ半信半疑なのに?

 ……

 ……

 ……


「はい、オッケーです!」


 頭の中でぐるぐると考えながら、舞台設営の手伝いをしていると、開演準備が整ったのらしく、舞台の緞帳が降りていく。

 そして―――

 再び、息急き切って男性が転がり込んで来た。


「たっ、た、大変です! し、新劇場には誰もいません!」


 どうしよう。私はおむすびの具以外、未来を何も変えていない。

 私はその場を離れ、曰くある舞台袖へと移動した。緞帳の隙間から覗くと、客席が徐々に埋まっていき、それと共に観客によるざわめきも徐々に大きくなっていく―――


 ザワザワザワ……


 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 もし、私が雛菊(デイジー)だったら、舞台に立ってこの窮地を救えるのに。

 誰か、誰か居ないの!?

 こんなんじゃ、未来は変わらないじゃない!


 “ソレジャ、アナタガ、ブタイニタテバ、イイジャナイ”


 は? 幻聴かな?

 誰かの声が私の頭の中で聞こえ、突然目の前に現れた光が私を包み込んだ。



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