215 公演当日 2
・2/11 一部修正
「おい、まさか新劇場に向かったのではなかろうな! 会場がここ、王都劇場に変更になったと、ちゃんと連絡したのか!」
聞き間違いじゃなかった……
いつも沈着冷静、紳士然としている大飛支配人がここまで取り乱すのは珍しい。
でも、昨日の時点で、大飛少年も他の関係者も会場が変更になったなんて、一言も口にしていない。これって連絡不行き届きってやつじゃ……?
「ちゃんと、“王都劇場に変更になった”と伝言をお願いしましたよ」
支配人の側に立つスーツ姿の劇場関係者らしき女性が心外とばかり答える。
「団長には伝えて無いのか?」
「柴さんとウメさんに伝言をお願いしました。長年劇団に所属している方達ですし、過去にも何度か同様のことをお願いしています。これまで問題なんか一度も無かったですよ。今回もちゃんと伝えておくと言っていましたし……」
「シバとウメ?」
首を傾げる支配人に先程まで言い争っていた劇団のスタッフが口を挟む。
「ほら、うちの劇団の中堅俳優ですよ。この間の公演で盗賊の親分と悪徳商人を演じた……」
盗賊の親分に悪徳商人……
役柄で判断するわけではないけれど、何だか信用できない組み合わせだよね。うーん、それはあまりにも失礼すぎるか。マツとタケとかいう俳優さん、偏見を持ってごめんなさい。
「ああ、彼らか。……だが、実際には伝わっていないみたいじゃないか」
「すみません。もうっ…ちゃんと伝えるって言ったのにぃ……」
女性スタッフは一応謝罪の言葉を口にしたものの、自身が責められるのは納得いかないと言う様子でグチグチと呟く。
会場設営はされているので大道具係などの裏方には連絡が行っているのだろう。何故、演者にだけ伝えられていないのか。何だか不穏な感じがする。
意図的に伝えずにいた?
まさかね。そんなことをしてもマツとタケの悪役コンビに何のメリットもない。それどころかただ信用を落とすだけである。
「本当に伝えたんですよぉ……」
「兎に角、そんな事は後だ、劇団員を今すぐ呼び戻せ!」
「一体どうやってです?」
女性スタッフが大飛支配人の言葉に疑問を呈する。
「電話があるだろう!」
「新劇場にそんなのあるわけないじゃないですか。まだ建物自体建設中ですよ。電話工事どころか正式な許可も降りていません」
三日前に訪れた新劇場の工事現場を思い描く。流石に魔法を使って超突貫工事とかは現実的でないようだ。皆と連絡も付かないし、魔法って万能のように見えて、案外役に立たない。
「仕方がない、新劇場まで早馬を出せ。おい、何でも良いから連れ戻して来い」
「はいっ!」
先ほど息急き切って団員達の出立を知らせにきた男性が慌てて駆け出す。
「あ、私も一緒に……」
……乗せてもらおうと思ったが、彼は風のように去って行った。
ん? 会場が王都劇場なら、わざわざ新劇場に行く必要はないのかな?
「それで、舞台の準備はどうなんだ?」
「準備はほぼ終わっています。開演待ちですね。もちろん、出演者がこの場に居ればですけど」
支配人と女性スタッフが私を一瞥もせず、通り過ぎる。私はその背中をぼんやりと見送った。この場はこれで解散のようだ。
さて、私はどうしたらいいんだろう?
手持ち無沙汰にその場に立っていると、私の傍らの幕が揺れ、手ぬぐいを首に掛けたひげ面の中年男性が顔を覗かせた。
「おい、開演の準備は大体終わったぞ、肝心の役者はどうしたんだ?」
「いえ、それがですねぇ……」
ひげ面の中年男性と劇団スタッフが会話を始める。
幕の隙間から舞台と客席が見え、そこで初めてここが舞台袖である事に気づいた。
王都劇場は元々歌劇用に建設された歴史ある劇場で、舞台の背後に客席のどこからでも奥行きのある町並みが見えるよう錯視を利用した装飾がされており、その細工が劇場の一つの売りになっている。背景が上演内容と一致しない場合は、町並みを暗幕で隠し、その前に別のセットを設置する事になるのだが……今、舞台上にはハートや星型をした大量の風船が転がっていた。
アイドルのお披露目は所謂前座で、メインである劇団のミュージカルと同じ舞台を使用する。そのため、アイドルお披露目用にセットを組むのは難しく、ミュージカル用のセットを幕で隠し、その前に色とりどりの風船を転がす事にしたらしい。
可愛いけど、剣を振り回すのに邪魔だよね、あれ。で、私はどこで歌うんだろ?
客席に客の姿はまだ無いが、舞台上では大道具や照明の最終確認が執り行われている。舞台と客席の間にはオーケストラピットがあり、椅子や譜面台が並んでいるのが確認できる。
舞台正面の二階ボックス席でキラリと光が反射した。テレビジョン用の送信装置のレンズだろうか?
開演準備は着々と進むのに、そこに演者の姿だけがなかった。
まあ、新劇場なら道が混んでいたとしても一時間もあれば戻って来られるだろう。ちょっと慌ただしいが、開演までには余裕がある。
「さて、皆が戻ってくるまでどうしようか……」
小道具だろうか、立て掛けられていた鏡に私の姿が映る。私はお馴染みの学院支給の芋ジャージ姿だった。だって、朝大慌てで、咄嗟に目に入ったのがこれだったのだから、仕方が無い。
……。
慌てていたとはいえ、制服にすれば良かった。私の場合、アイドル用の衣装は用意されていない。なぜなら影の存在で居ないことになっているからだ。だから、メイクも着替える必要も無く、特段準備することもない。でも臙脂の芋ジャはないよね。
鏡の中の私がこちらを見詰める。
「……うん、まずは寝癖を直そうか」
私の前髪が一部不自然にピョンと飛び出ていた。手櫛で直すものの当然直らない。手で押さえ付けるが、手を離すと、ビョンと立ち上がる。
「おい、そこの。サボってないで手伝え」
私が寝癖と格闘していると、背後から突然声を掛けられた。鏡の中に先程のひげ面の人物が写っている。
「え、えーっと……」
「ほら、こっちを手伝え」
私はひげ面の男性に舞台まで引き摺られるように連れて行かれ、脚立の上から指示を受ける。
「ほら、風船を幕に固定するから、そこにあるヤツを手渡せ」
芋ジャージ姿だったからだろうか、舞台設営の手伝いと間違われたようだ。まあ、することもないし、素直に手伝うことにする。
……
……
……
休憩時間におむすびが貰えた。嬉しい。
……
……
……
「はい、オッケーです!」
作業に没頭しているとそんな声が聞こえた。
開演準備が整ったのだろう。合図と伴に舞台の緞帳が降りていく。さあ、後は本番を待つのみ……
「あれ? そういえば、皆は?」
もうとっくに戻ってきても良い筈なのに皆の姿がない。
「たっ、た、大変です! 」
ん? どこかで聞いたことがある息急き切った声がきこえた。何だか、デジャヴ。
続いて男性が転がり込んで来る。
あ、さっき、皆が新劇場に馬車で行ったと告げに来て、新劇場まで連れ戻しに行った人だ。彼が戻ってきたということは、皆も戻ってきたのだろう。それにしては、何だか様子がおかしいけど……。
「たっ、た、大変です! し、新劇場には誰もいません!」
「え、何? どういうこと? 役者が行方不明なの?」
「それ、ホントか?」
「やだ、ミステリ?」
「まさか嘘だろ。もうすぐ開演だよ。どーすんの?」
その場の皆が息も絶え絶え(…は大袈裟)の男性を取り囲み、質問攻めにする。
「そこ、邪魔だ。どきなさい!」
そこに大飛支配人が割り込んできて、海が割れるよう道ができる。支配人の後ろには、先程見掛けた女性スタッフの姿もあった。
「これは一体どういうことだ。演者はどこに行ったというんだ」
「わ、わかりません。僕が新劇場に着いたときには誰もいなくて……彼らがどこに行ったのか……皆目見当も……」
沈黙がその場を支配する。
「とにかく、手段は選ばん、なんとかして演者に連絡を取れ!」
「そんな、一体どうやって……」
大飛支配人が沈黙を破り、誰とも無く指示を出すが、それに応える者はいない。
ガヤガヤと賑やかな気配がロビーから漂ってくる。
「客の入場が始まっちまった……どうすんだ……役者がいなけりゃ、幕が上がらねえじゃねーか……」
ザワザワザワ……
観客によるざわめきは徐々に大きくなっていく―――




