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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第2章 もしかしてアイドル!?

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214 公演当日 1

 目の前には見慣れぬ天井が広がっていた。


「油断した……」


 骨組みが剥き出しの薄暗い天井を眺めながら、私は呟く。得てして精霊は悪戯好きだというのに、すっかり頭から抜け落ちていた。私の周りには発光する埃のようなものが、まるで笑っているかのように小刻みに震えながらいくつも舞っている。


「ちょっとムカつく……」


 私はふかふかのウレタンマットの上に仰向けの状態で、高い天井を漠然と見詰めながら、事の顛末を反芻する。


 本日、ついにアイドルのお披露目会、別名テレビジョン試験放送の日を迎えた。

 全国的に休日の日曜日。天気は晴れ。絶好のお披露目日和である。まあ、会場は室内だけどね。

 が、しかしである。

 昨夜つい夜更かししてしまった私は、寝過ごすという大失態を犯してしまったのだった。

 つまり、寝坊して遅刻した訳である。


 私の馬鹿! 何故、選りに選って今日という大事な日に!!


 スコーンとやらかしてしまった。

 目覚ましを掛けていた筈なのに……実はセットし忘れていた? それとも無意識に止めてしまった?

 部屋に菊子の姿は無い。今日は師匠の元に行くと言っていたので、既に出掛けたのだろう。

 菊子に罪はない。罪は無いけれど……


「菊子の薄情者ぉ〜」


 今朝は王都劇場付属劇団の馬車に便乗して、集合場所の王都劇場から会場である新劇場へ移動することになっていた。

 取るものも取りあえず王都劇場に駆け込み、集合場所に向かったが、誰の姿もない。ならばと、馬車の乗降場所に見当を付け、馬房へ向かうが、そこにも数頭の馬を残して人の姿は見当たらなかった。


「どうしたらいいの……」


 心臓がバクバクと音を立てる。


 どうしよう! どうしよう!! どうしよう!!!


 ちょっとした恐慌状態(パニック)に陥っていると、ふよふよと家憑き…ならぬ劇場憑き精霊が誘うように目の前に現れた。


『コッチ、コッチ……コッチダヨ……』


 もしかして、皆んなのいるところまで案内してくれるの?

 私は藁をも掴む気持ちでその跡に付いていった。


 うん、忘れていた。精霊というものを。


 精霊に導かれるまま王都劇場の奥へ奥へと進む。薄暗い廊下の蛍光灯が明滅して今にも切れかかっていたり、謎の小動物が前を横切ったり、よく分からない黒い塊が蹲っていたり……まあ、華やかな舞台裏なんてこんなものだよね。


「ホントにこっちでいいの?」

『コッチ、コッチ……』


 やがて、目の前に鉄製の扉が現れた。私は発光する埃のような精霊に促されるままノブを回し押し開き、一歩踏み出―――


「!」


 地面が無かった。

 私の足は見えない地面を踏み抜き、落下する。


「ぁ……#$!!!」


 ふわっと身体が持ち上がる感覚、そして―――


 ボフッ!


 私の身体はウレタンマットの上に落とされた。というか寝かされた。

 埃の様な精霊達が小刻みに揺れながら私の上を飛び回っている。


『ケラケラケラ……』

『ヒッカ…カッタ……ヒッカカッタ…ヨ』

『オモシ…ロイネ……ェ』


 ちっとも面白くない!


『ケラケラケラ……』

「……もうっ」


 そうだよ。引っ掛かった私が悪いんですよ。


 ああ、天井が高い。


 殺風景な倉庫のような部屋だ。

 私が落ちた扉は部屋の二階部分の壁にあり、そこに足場は存在しなかった。

 あの扉は二階部分から直接馬車の荷台に荷物を詰め込むためのものだろうか?

 床はコンクリート剥き出しだけど、丁度扉の下にウレタンマットが敷かれていた。たまたまその場に置き去りにされていたものか、精霊はそれを利用して悪戯を仕掛けたらしい。

 ご配慮ありがとう。


 じゃなくて!


「もう絶対間に合わない……よ」


 私は完全に新劇場行きの馬車に乗り遅れてしまったのだ。

 それにしても、皆んなも、皆んなだよ!

 私が居ないことにもう少し配慮してくれてもいいじゃない! これでも私、影の主役と言っても過言じゃないんだよ。私が居なければ、舞台の幕が上がらないんだよ!


「……まあ、橘さんか青柳さんが代役すればいいことだけど……」


 あ、何か虚しくなった。


「もうどうでもいいか……」


 なんか全部投げ出したくなった。もうこのまま帰ってしまおうか……


「…………」


 いや、そんな無責任な! 例え無駄でも、足掻かないと……何とかしなきゃ!

 間に合わなくても、ちゃんとみんなに会って、謝らなきゃダメ!


「よし!」


 私は気合を入れて起き上がった。


『コッチ、コッチ……』


 ほわほわの埃の塊の様な精霊達が手招きする様に瞬く。


「もうその手には乗らないよ」


 流石の私もそこまで馬鹿じゃない。


『チェッ』

『ツマンナイノーッ…』

『マタ、アソボー……ネェ』


 精霊達が一瞬にして散っていった。


「はぁ……」


 私はその場から抜け出し、劇場関係者を探すことにした。もしかしたら、連絡要員としてまだ誰かが残っていて、新劇場まで送ってもらえるかもしれない。

 私は部屋の片隅に薄汚れた鉄製のドアを見つけ、恐る恐るその中を覗き込んだ。薄暗い廊下がずっと奥まで続いている。意を決して足を踏み入れた。


「うわぁ、何か出そう……」


 ほら、古い劇場には怪人が住み着いているとか言うじゃない。まあ、既に埃みたいな精霊が憑いているけどね。

 少し進むと前方がほんのりと明るく、ザワザワと騒がしくなってきた。

 今回のお披露目会は、王都劇場や鬼頭商会などの威信を賭けた一大プロジェクトなので、当日は新劇場(会場)の方に注力するため、ここでは催し物は行わないと聞いている。しかし、まるで王都劇場で何かが開催されるかのように賑やかだ。もしかして、テレビジョンの受信先(パブリック)会場(ビューイング)の一つとしてこの劇場を使用することにしたのだろうか?

 賑やかな方へと早足で進むと、廊下よりちょっとだけ広い空間に辿り着いた。


『ぉ……ぁ……ぁ』

『ぃ……ぇ……ぉ……ぉ』


 ドンドンという振動や得体の知れない音に混じり、人の声が聞こえる。私はそちらの方へ近づいていった。


「開演も近いというのに、一体どういうことだ!」

「そんなの私に聞かれても知りませんよ」


 大飛少年のお父様こと大飛支配人が、見覚えのある劇団関係者(スタッフ)と大声で言い争っている。本当なら直ぐにでも事情を話し、助けを求めるべきなのだろうけれど、何だか剣呑な雰囲気で、話し掛けることを躊躇ってしまった。


 もしかして、私のこと、怒っている……? まさか……ね。


「連絡は? 燕はどうした!?」

「知りませんってば!」


 大飛支配人と劇団関係者(スタッフ)の怒鳴り合いのような会話が続く。


 やっぱり、私のことで怒っているんだ……


 兎に角、いつまでもこうしている訳にはいかない。時間が経てば立つほど、事態は悪化していくんだから。

 私は覚悟を決めて、彼らの元―――へ行く寸前に、別の人物がバタバタと、息急き切って駆け込んできた。


「たっ、た、大変です! け、今朝、二台の馬車で、しゅ、しゅつ、演者達が、劇場裏から出発したらしいです!」


 あ、やっぱり馬車は既に出発していたか……そりゃそうだよね。

 でも何でこの人、こんなに慌てているんだろう? 冷や汗までかいて、慌て方が尋常じゃない。出演者が新劇場(会場)に向かうのは当然なのに。

 大飛支配人の顔が見る見る青ざめる。


「な、何故だ? 何処行った? 今日の舞台は、ここ、()()()()()()()()!」


 は?

 は……?


 えーっと、聞き間違いかな?



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