213 新劇場
トントントン、カンカンカン、ドンドン……
「「「うわぁーっ」」」
建築現場の賑やかな作業音に、黄色い歓声が混じる。
トントントン、ガンガン、カンカンカン、ドンドン……
「いよいよ三日後、君達はこの舞台でデビューするんだ。ここから王都中に映像が配信されることになるんだよ」
大飛少年が辺りの騒音に負けじと声を張り上げ、私達に目の前の光景を差し示す。
「「「ぇ……?」」」
アイドルの卵たちの顔が一瞬で強張った。
ここは、演劇、映画など多目的に運用可能な近代的な新劇場―――の建設現場である。
「あの…どう見ても」
「明らかに」
「まだ作っている最中なんですけど……」
「えー、あたしのデビューステージここなのぉ?」
あの杏子でさえ困惑している…って流石に失礼か。
「大丈夫だ。優秀な職人達が本番までに間に合わせてくれるはずだからね」
大飛少年が何の根拠も無いことを力強く言う。
辛うじて舞台はある。しかし、客席の椅子はまだ設置されておらず、床はコンクリート剥き出しで、壁紙も貼られていない。まあ、屋根があるので雨風は避けられそうだけれど……
いやいや、そうじゃなくて!
「……絶対間に合わないでしょ…これ……」
本番は三日後だよ。
トントントン、カンカンカン……
呟きは建築音に紛れて消えていく。
お披露目会は、テレビジョンの試験放送だけでなく、新劇場のこけら落としも兼ねているようだ。てっきり王都劇場でお披露目なのかと思っていたのに、予想外である。
新劇場には、大ホールと小ホールがあり、今後アイドル養成所の公演は基本的に小ホールで行うらしい。ただし、お披露目会だけは王都劇場付属の劇団による“ミュージカル”と同じ舞台、大ホールを使用する。そう、以前大飛少年が言っていた“見たことのない新しいもの”とはミュージカルのことだった。何でも大飛少年の父親である大飛支配人が異国の地で鑑賞したミュージカルに大変感銘を受け、是が非でも王都で上演しようと心に決めたらしい。そして、異国から演出家を伴って帰国し、独断でテレビジョン試験放送の演目に決めてしまったと言うわけだ。
全く、似たもの親子である。
この支配人の思い付きに劇団内では激震が走った。
劇団員は演劇については専門家であるものの、ミュージカルについては門外漢である。
まず、劇団の看板俳優が主役の座を名も無き若手に明け渡した。噂によると、彼は音痴だったらしい。これには、看板役者の座を虎視眈々と狙う中堅俳優達から反発があったが、彼らも肝心の歌と踊りがお粗末だったため、問答無用で裏方に回されることになった。こうしてミュージカルの中心は若手俳優達が担うことになり、劇団内では未だに火種が燻り続けているらしい。
今後劇団がュージカルだけを上演する訳でもないのだから、そこまで揉める必要もないのに……
と素人な私は簡単に思ってしまうが、もしかして、今後はミュージカル専門劇団に鞍替えするのだろうか?
まさかね。
ともかく、私達はカメラリハーサルなるものを行うということで、劇団の荷馬車に大道具と一緒に詰め込まれ、新劇場―――の建設現場に連れてこられたのだった。
もちろん、カメラの影も形も無い。
大ホールの中央では、一緒に荷馬車でやってきた劇団の代表者と大道具担当者、それと多分この建設現場の棟梁と思しき人物が何やら話している。何を話しているのかは建築現場の騒音に紛れ、ここまでは届かない。
本番を三日後に控え、ミュージカルの大道具を設置しに来たらしいのだが、無駄足になりそうだ。
いやいやいや、やっぱりお披露目会に間に合わないじゃん!
「えっと、大ホールはまだ出来ていないけれど、小ホールは大体完成してるから、あっちでカメリハを行うよ」
えーっ、こんな状況なのにやるんだ。
大飛少年に促され移動した小ホールも建設途中だった。小劇場の方がまだマシだけど、こちらも客席の椅子が無い。緞帳も何も無い。肝心のカメラは、前世の記憶の中のスタジオとやらで撮影していたものと違い、気軽に持ち運べる様な小型のものが一台である。
想像していたのと違う。
「ん、ああ、本番のカメラはもっと確りしたものだが、この状況だからな、試作機で代用だ。まあ、今日はカット割……どの場面でどのように撮影を行うか確認するだけだから、問題ない。お嬢ちゃん達、心配すんな」
私たちの不安の混じった視線に気付いたのか、撮影技師が言い訳じみたことを言う。
うーん、専門家が言うのだから、きっとそう言うものなのだろう。
何はともあれ、本番さながらに衣装に着替え、各自で化粧を行う。しかし、皆素人だ。舞台用の化粧なんて誰も知らない。皆んな普通に化粧をする。
私は画面に映らないので、着替えもメイクも必要ないけれど、皆に交じってこっそり化粧をしてみる。こんな真っ赤な口紅を差したことは無い訳で……鏡に映る自分に何だかドキドキしてしまう。
少しは綺麗に見えるかな?
「どぉ? あたし綺麗?」
背後から声がして、鏡の中で杏子がにっこりと微笑む。悔しいが無茶苦茶可愛い。ピンク色の口紅が似合っていて、可愛さが何倍にも増している。
「あー、ダメダメ。化粧は遠目でもはっきり見える様に強調しなくちゃ!」
王都劇場附属劇団の女性団員から杏子にダメ出しが入る。どうやら化粧の指導要員として大飛少年が同行をお願いしたらしい。
「もっとしっかり、がっつり塗るのよ」
そういえば以前、舞台役者の化粧を見てぎょっとしたことがある。とにかく塗りたくって、つけまつげもバサバサ、目の周りも黒く縁取られていた。多分、遠目からみても認識できるようにだろう。
女性劇団員の手によって、杏子の顔が塗り立てられていく。
「ほら、完成」
「「「……」」」
そこに化け物がいた。
白塗りに、垂れ下がった太い眉、バサバサのまつ毛、黒く縁取られた目元、影の入れられた鼻の周りと顔周り、真っ赤な頬、大きく縁取られた巨大な赤い唇。
「さて……」
次の獲物は誰? とばかり、劇団員のお姉さんが化粧道具を手にジリジリと研修生達に迫る。皆んな一斉に退いた。
「わわわわわっ! ちょ、ちょっと待ってください!!!」
そこに慌てて大飛少年が飛び込んでくる。
「彼女達は舞台役者じゃないんです。舞台用ではなく、テレビジョン用のメイクがあるんです」
テレビジョン用の化粧は多少陰影を強調するもののそこまで厚化粧をする必要はないようだ。
ホッとした。
いや、私は化粧する必要なかったんだった……
「それじゃ、カメリハいってみようか」
気を取り直して、カメラリハーサル開始。
多分、大飛少年が杏子を選んだのは、この映像配信のためだろう。
普通演劇などの舞台は遠くから眺めるもので、スタイルや歌、演技、踊りなどが評価されるが、容姿に関してはそれほど問われない。遠目から眺めるので、それほど顔がはっきりしないからだろうか?
それがテレビジョンは覆してしまう。演者の顔があからさまに映し出されるのだ。
大飛少年がアイドルの容姿にあそこまで拘ったのは、テレビションだと顔がアップで映されるからだろう。
画面を通した杏子は圧倒的に魅力的なのだ。
もちろん、歌わなければ…………である。
***
カーテンの隙間から月明かりが差し込む。月はあの日から幾分欠けてしまったけれど、未だ明るい。私は自分のベッドの上で、壁に背中を預け、亜空間収納からエピさんから貰ったペンダントを取り出した。
「あれ?」
中央の透明だった宝石が、月の光の中、僅かに色付いているように見える。
「目の錯覚?」
ペンダントを月明かりに翳してみる。キラキラしてとても綺麗だ。
「うーん……」
隣のベッドで菊子が寝返りを打った。夜も随分深まっている。
流石にもう寝ないと……
私はカーテンを静かに閉めるとベッドに潜り込んだ。
オヤスミナサイ。
さあ、いよいよ明日は、お披露目会本番!




