212 月夜
明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします
王都劇場の建物を一歩出ると、すっかり夜だった。空には巨大な月が浮かんでいる。
劇場付属の劇団の稽古場も、アイドル養成所のレッスン室も迫り来る“お披露目会”に向け、毎日夜遅くまで煌々と明かりが灯る。今まで私達未成年者は、まだ明るい内に帰して貰えていたけれど、本番が近づくとそんなことは言っていられない。日がすっかり落ちてから帰宅することが当たり前になってくる。
私の場合は、王立魔法学院の講義を休むことは出来ないので、朝から夜まで稽古とはいかないけれど、それでも少しでも良いものをお披露目したいと、出来る範囲で頑張っている。
最初は嫌々やっている様なところがあったけど、いやあ、人って変わるものだよね。
「おつかれー、また明日」
「お疲れ様でーす」
帰宅時間になると劇場には研修生達の父兄のお迎えが現れ、次々と帰宅の途につく。
「あ、あんず、今日はボクが送っていくよ」
劇場裏口のエントランスに現れた杏子を追って大飛少年が転げるように飛び出してくる。その場には緑の髪の人物が待ち構えており―――
「ふん、子供が何言っているんだか、もうおねむの時間だろう? あんずは、今日も俺が責任もって送っていくから心配しなくていいぞ」
「むっ、馬鹿にすンな!」
今夜も杏子を挟み、どちらが彼女を送り届けるか、言い争いが始まる。
まあ、これまでは受崎先輩の全勝である。大飛少年は劇場に隣接する自宅から学院に通っており寮生ではない。一方、受崎先輩は王都にお屋敷があるらしいのだが寮生である。それに杏子を送り届けた後、子供に夜道を歩かせる訳にはいかないし、妥当な判断だろう。
私は杏子と同じ寮生なので、杏子が送ってもらうのに便乗して後ろから付いていく。
夜道は物騒だしね。
彼らが私をどこまで認識しているかは知らない。
目の前では、どちらが送って行くか言い争いが繰り広げられている。多分、今日も大飛少年が指をくわえて見送ることになるのだろうけれど……
と思っていたのだが、大飛少年は起死回生、飛び道具を用意していた。
「あんず、寮まで歩くのは大変でしょ? 馬車で送るよ」
「え? 馬車?」
杏子も乗り気の様子である。わざわざ御者まで動員して、杏子の気を惹こうとは、前世のゲーム風に言うならば、もう好感度MAX、攻略完了なのではなかろうか?
杏子はこのままアイドルルートに進むのかな?
それはそれで、私としては御の字である。
今の杏子じゃあトップアイドルになるのは大変だろうけど、頑張れー!
心の中で応援しておく。まあ、私はライバルの雛菊派なんだけどね。
なにはともあれ、今夜の勝者は大飛少年に決まり! と思われた時―――
「あんず、迎えにきたよ」
私の心臓の鼓動が跳ね上がる。こ、この声は……
その場に現れたのは、二枚目とは言えないがどこか愛嬌があって人好きのする人物―――もちろん私の憧れのあの人、鬼頭紫苑先輩である。
ドキドキドキドキ……
ああ、心臓が五月蠅い。
「あ、しーちゃん」
杏子が両腕を曲げ、拳を肩ぐらいまで上げた状態で、左右に振りながら、紫苑先輩に駆け寄る。俗に言う女の子走りってやつだ。
「あんず、急に走ると危ないよ」
と言った側から杏子が躓き蹌踉けると、その身体を紫苑先輩が支えた。何も無いところで躓くなんてホント器用だよねー(棒)。
「ほら、気を付けないと」
「えへへ」
…………。
私は一体、何を見せ付けられているのでしょうか?
「あんず、こんなに遅くまで毎日頑張っているなら、教えてくれたらいいのに……」
「だぁって、しーちゃんにばっかり頼ってたらダメだもん」
何これ? 乙女ゲームの“いべんと”ってヤツなの? でも紫苑先輩は攻略対象じゃないよね。ああ、既に攻略済みだったっけか……
「おい、いきなり現れて何だお前」
紫苑先輩と杏子のいちゃいちゃ―――いや、親密ぶりに、受崎先輩が突っかかる。この様子だと、受崎先輩の好感度も相当高いよね。
「何って、あんずは僕の幼なじみで、僕の一番大切な女の子さ。君こそ何だ? そんな珍妙な頭であんずに近づかないで欲しいな。あんずが道を踏み外したら困るだろ」
「なんだと!」
紫苑先輩が挑発し、受崎先輩が詰め寄る。こんな紫苑先輩は初めて見る。杏子のことになると冷静さを欠くということか……ちょっとだけ心がチクッとする。
「受崎さん、彼は鬼頭商会の御曹司だよ。鬼頭商会は今回のプロジェクトの大スポンサーだから、あんずのためにも事を荒立てちゃだめだよ」
大飛少年が受崎先輩の上着の裾を引いて引き留める。どっちが年上なのだか分からない。
でも、そうか、今回のテレビジョンの送信計画は、紫苑先輩の実家が関わっているんだ……。
「そう、鬼頭商会の……」
受崎先輩が渋々矛を収めた。まあ、紫苑先輩が杏子の不利になるようなことをするとは思えないけどね。しかし、今回のプロジェクトは彼らの中では、杏子のためのものとの認識のようだ。その他大勢の私達の立場は一体……
「あんず、うちの車で寮まで送るよ」
紫苑先輩が肩越しに親指で道路の方をクイッと指し示す。夜なので闇に溶けて目立たなかったのだが、そこには黒塗りの箱型の自動車が止まっていた。
「え、車! 乗りたい! 乗る、乗る!」
杏子は車と聞くと、紫苑先輩には頼らないと先程まで言っていた筈なのに、瞬時に掌を返す。自動車はまだ珍しい乗り物で、皆の憧れだからしょうがない……のかな?
紫苑先輩と杏子が自動車へと連れ立って歩き、運転手が恭しくドアを開けて二人を招き入れる。そして運転席のドアが閉まると、自動車は私達を残して走り去っていった。
「あーあ、馬車じゃ、鬼頭商会の自動車には敵わないか」
「まあ、しゃーない、それじゃあこれからどこかに繰り出すとするか……」
大飛少年と受崎先輩がその場を解散し、銘々の目的地へと立ち去る。そして、私一人が取り残された。
「あー、どうしよう」
私は暗い夜道を一人で歩くことになった。彼らも少しは私のことを気に掛けてくれても良いような気がする。
「はぁ……」
私はとぼとぼと帰途につく。月明かりがせめてもの救いだろうか……
「明日葉ちゃん」
「ひゃっ」
突然、誰かが闇の中から私を呼んだ。心臓が激しく鼓動する。
「……」
ギギギっと錆びついた機械人形ように恐る恐る声の方を向くと―――見慣れた金茶の髪の人物がそこに立っていた。
「……はあ、何だ、会長かぁ。でも、何でここに……」
学院の王子様こと、日向会長だ。不意をつくなんて心臓に悪い。
「やあ、エピに聞いたよ。毎日遅くまで頑張っているって」
もう、私を怖がらせておいて、その軽い言いようは何ですか!
「エピが明日葉ちゃんのことを心配していてね、夜道は危険だから迎えに来たんだよ」
「エピさんが……」
自分を気に掛けてくれている人がいると思うと、何だか嬉しくなった。あ、涙がでそう。感激で打ち震えている私の顔から足元まで、日向会長の視線が移動する。
「いやあ、それにしても明日葉ちゃんは、何を着ても似合うね」
思わず麗しい王子様の顔をジト目で見てしまう。
「それ絶対褒めてないですよね……」
今の私は稽古着にしている学院支給の芋ジャージ姿だった。私は杏子達に遅れを取らぬよう、芋ジャージを着替えずにそのままでいたのだ。制服は背中に背負った巾着型リュックに入っている。どこからどう見ても完全無欠の芋娘だ。
「え? 褒めているけど? とっても似合っているよ」
「いや、それ褒め言葉じゃないですから! 芋ジャ姿を褒められて嬉しい女の子なんてこの世に存在しないですからね!」
会長、本当に学院の王子様ですか? 何か心をグサグサ抉ってくるんですけど?
「おい、お前ら、良い加減にしろ。いつまで話しているんだ。さっさと帰るぞ」
日向会長の背後から声がする。そこに佇む黒い影……
もしかして、エピさん?
影が一歩前に踏み出す。
違った。
影は巨大な猫ではなく、人型をしていた。月明かりに浮かび上がる白い肌、漆黒の髪に黒曜石の瞳。この人物には見覚えがある。何時ぞやの“夜の人”だ。でも名前は知らない。
「あ、えーっと……」
日向会長が私の戸惑いを察して口を開いた。
「ん、コイツ? コイツは―――」
「月来馨だ。ほら、グズグズしないでさっさと帰るぞ」
日向会長の言葉を遮り、夜の人、月来……多分先輩が自ら名乗り、私の顔をじっと見下ろす。
「ほら、飴をやる」
何故か飴玉をくれた。
「え?」
訳が分からず月来先輩の瞳を見つめる。闇夜のような瞳に吸い込まれそうだ。
「何だ? もう一つ欲しいのか?」
飴玉が二つに増えた。
え? 何故に?
「まだ欲しいのか?」
「い、いえ」
これ以上飴玉が増える前に慌てて包み紙を剥き口に入れる。大きな飴玉で口の中が一杯になった。何故か月来先輩が満足そうである。
いや、ホント何故に?
三人横並びで王子と夜の人に挟まれて歩く。学院中の女性達に恨まれそうだ。
「今夜は月が綺麗だね」
「ひょ…うですね」
口の中の飴玉が邪魔をして涎が出そうになる。危ない、危ない。
月の光に照らされ、三つの影が地面に伸びる。
私達は寮までの道を辿り―――
何だかこういうのも良いかもしれない。
昨年末UP予定だったのですが、誤って書き上げたものを消してしまいました。
結構ダメージ有……
今年は良い年になりますように……




