211 アイドル登場?
お披露目会まであと三週間余り―――
不思議なもので、最初は嫌々やっていたものの、続けている内に愛着が湧いてくるのか、養成所のみんなと一緒にお披露目会を成功させたいと思うようになってくる。
でもね、やっぱり無理があると思う。
将来的に可能であったとしても、世の中に出すタイミングは今じゃない。
研修生達も危機感を抱き、スタッフに掛け合ったとのことだが、苦笑いを返されただけらしい。どうやら彼らに決定権は無く、多分、この計画は支配人の馬鹿息子の独断によるものなのだろう。
うむ、ここは私の出番では無いだろうか。
同じ王立魔法学院の入学生のよしみである。私がこの計画で一番偉い人であろう大飛少年に直談判すれば何とかなるのでは?
「ねえ、このままじゃ、失敗は目に見えているよ。せめて踊り担当と歌担当を別にした方が良いんじゃ無い?」
まあ、歌と踊り担当を分けても学芸会レベルで、少女歌劇団に太刀打ちできるとも思えないけどね。でも可能な限りちゃんとしたものを発表したい。
私を訝しげに見上げる大飛少年、そんな表情でも天使の様に可愛い。もう大飛少年がアイドルデビューすれば良いと思う……
「……ん? ……誰?」
大飛少年の視線が私の顔から、学院支給の芋ジャージへゆっくりと移動する。
「……ダサっ…何で魔法学院の……」
そして、院生がこの場にいることに困惑した様子を見せた。
これは……私、“如月明日葉”という存在を認識していませんでしたね。自治会であれだけ顔を合わせていたのに……何だかショック。
そんな私の心情になど気づかず、大飛少年は億劫そうに口を開いた。
「ん、ああ、その点は心配しなくても、ちゃんと考えてあるよ」
結局、その場はそれで追い払われてしまった。
もしかして、私って役立たず……?
それから数日後、大飛少年が養成所に爆弾を放り込んできた。
「佐倉キョーコでぇす! 燕君がぁ、困っているというので、“あいどる”ってのになっちゃうことにしましたぁ。よろしくぅ」
杏子がニコニコと私たちの目の前に立っている。
少年! ここにきて杏子を放り込んでどうする!
「初公演は彼女を中心で行くから」
研修生達が騒つく。そりゃそうだよね。ここまで皆で頑張ってきたのに、いきなり異物が入ってきたんだから。それもいきなり中心だなんて……
その日から杏子が最前列中央にメインボーカルとして位置し、その他は杏子の背後で踊りとコーラス担当の分業になった。杏子とその他多勢という布陣だ。
杏子の役目は簡単な振り付けと歌……
先ずは剣舞……剣がすっぽ抜けて宙を飛んで行った。
そして歌…は……
研修生達が異議を申し立てるのも仕方ないと思う。それに対して大飛少年の回答は次のとおりだった。
「えーっ? 君達にあんずの魅力を超える何かがあるの?」
これで殆どの研修生は口を噤んでしまった。彼女達の殆どは少女歌劇団に受け入れて貰えなかった者達だ。今の自分の立場を考えると強くは言え無いのだろう。しかし、頭の切り替えは早いようで、実績を残して次回のチャンスに賭けることにしたようだ。今は大人しく引き下がる。勿論不満が無くなった訳では無いので、陰では愚痴が飛び交っていたのだけれど。
杏子はそれに気付いているのか、いないのか……
彼女の振り付けはより簡素に変更され、剣は持たないことになった。
私の知っているアイドルはフリフリ、ふわふわの衣装に身を包み、笑顔を振りまき、見ている人を幸せにする存在である。決して剣を振り回す物騒な存在じゃなかった。そう考えると、杏子は可愛いいし、愛嬌もある。正にアイドルと言って良いかもしれない。
しかし、だ、だからと言ってそう簡単に受け入れられるものでは勿論ない。
そう、特にあの……
「あ、橘さん、青柳さん、如月さん、ちょっといいかしら」
「はいっ」「はい」「え…はぃ」
本日の歌のレッスンを終え、私を含めて三名が歌の先生に呼ばれた。先生はなんとも言えぬ表情を浮かべ、その傍らには大飛少年の姿がある。杏子が養成所に通うようになって、大飛少年の顔を見る機会が明らかに増えたように思う。
「さあ、先生…」
大飛少年に促され、歌の先生が躊躇いがちに口を開いた。
「あなた達の誰か一人に佐倉さんの歌声を担当していただきたいの」
「え?」「……?」「はぃ?」
私たちに戸惑いが広がる。何を言われているか分からないのですけど。
「あの…先生、歌声担当というのは一体どういう……」
困惑した様子で橘さんが質問し、それには大飛少年が答える。
「つまりさ、君達のうちの誰かに客席から見えないところで歌って貰って、で、あんずが歌っていることにするんだよ」
「は?」
ん、それって…杏子のゴーストシンガーってこと?
あの話、本気だったんだ……
「ちょっと待ってください! 佐倉さんの代わりに歌うことになったら、舞台には上がれないってことですか!?」
青柳さんが大飛少年の言葉に強く反応した。
「そりゃあ、そうだよ。あんずが本当に歌っていないって事は、秘密にするんだからね。あ、君達も他言無用だよ。うん、他の研修生達にも伝えておかなきゃね」
小首を傾げて可愛らしくにっこり。うーん、あざとい。
「それに、君達にもメリットがあると思うんだ。世の中に君達の誰かの歌声が流れるんだよ。これってすごいことだと思わない? 僕たちは君達の歌唱力を評価しているんだ。君達の歌があんずに加われば、これはもう完璧だよね」
大飛少年が蕩けるような天使の笑顔を浮かべる。口に出していることは、悪魔なんだけどね。ああ、そうか、悪魔は優しく人を惑わすんだっけ……
「それは……でも私、舞台に立ちたいです」
「私も!」
橘さんと青柳さんが天使の笑顔に惑わされずに勢いよく宣言した。そりゃね、ここまで頑張ってきたんだもの、未来のスターを目指しているなら、堂々と顔を出して舞台に立ちたいよね。
で、この流れで必然的に私が―――
「それじゃ、えーっと、如月さん? よろしくね」
杏子のゴーストシンガーに決定してしまった。剣を振り回す必要が無くてラッキー!
……じゃなくて!!
「わっだじの~づっるぎが~ぼぇ~~~えええええ~」
背後から気持ち良さげにがなり立てる杏子の歌声が聞こえてくる。
皆の視線が私に集まる。養成所の皆の努力を無駄にないためにも、お披露目を成功させるため、杏子のゴーストシンガーを引き受けるのが正解なのだろうか?
「…………ぇぇぇぇ…ぅん」
橘さんと青柳さん、そして歌の先生の縋るような瞳を前に、私はつい頷いてしまった。
「わぁ、ありがとー」
「よかったぁ……」
「でも今回だけですからね。今回だけ!」
そう、私はお披露目会の翌日には養成所を退所するのだ。絶対に!
大飛少年がすっと前に立ち、私を見上げ右手を差し出す。
「よろしく。えーっと、キバラギさん?」
「キサラギです」
私の歌に合わせ、杏子が軽く身体を揺らして歌ったフリ、その後ろで研修生達が剣舞を舞う。
杏子は自分で歌えないのが納得いかないようでちょっと不機嫌そうだ。偶に聞こえる声が掠れているのは、多分、今までがなり立てるように歌っていたので、喉を痛めたのだろう。杏子には彼女がのどを痛めたため、私が代わりに歌っていると伝えているらしい。
剣舞を踊る研修生も不満げだが、口に出す者はいない。
私は歌う―――
ある意味希望が叶ってしまった。剣を振り回して歌う必要が無くなったんだから……
でも……本当にいいの? これで?




