210 アイドル不在!?
『ねえ、本番まであと一ヶ月ちょっとしかないのに、こんな調子で間に合うの?』
『あいつら、この時期に新規団員の募集をするとか明らかに嫌がらせだろ。主立った研修生がほとんど引き抜かれたじゃないか』
『うちのアイドルプロジェクトを潰したいんだろ。おお怖、ショービズ界、容赦ねえな……』
アイドル養成所の仮入所後一週間も過ぎると、色々と耳に入ってくる。例えば、スタッフ達のこんな会話とか。
このアイドル養成所、以前に比べ華やかさに欠ける感じがしていたのだが、やはり気のせいでは無かったようだ。
私が劇場の貸出品目リストの作成を終えた頃、王国座の少女歌劇団でこの時期異例の団員募集があり、養成所の優秀なアイドル候補生達が軒並み移籍してしまったらしい。どうやらそれは王国座の嫌がらせで、入団テストとは名ばかりのあからさまな引き抜きだったようだ。つまり、ここに残っているのは、お声の掛からなかった娘達と言うわけである。
……どうりで華がない訳だ。
なんて自分の事を棚に上げ、つい失礼なことを考えてしまった。
スタッフの会話から察するに、一ヶ月後にアイドル養成所のお披露目があるみたいだけど、こんな状態だし、延期するしか無いんじゃないのかな。
そもそも何故王国座がアイドル養成所に嫌がらせをする必要があるんだろう。少女歌劇団の商売敵になる可能性があるとはいえ、アイドルなんてこの世界じゃ海の物とも山の物ともつかないのに……
若い芽は早めに摘んでおけってことなのかな?
まあ、そんな話も仮入所期間一ヶ月を切った私には関係ないことだけどね。
パンッ、パンッ!
歌の先生がピアノの横で手を鳴らし、私達の注目を集める。その傍らには養成所のスタッフの姿もあった。
「さあ、皆さん、今日はレッスンを始める前にお知らせがあります。皆さんの歌う曲が完成しました」
わぁっと研修生から華やいだ声が上がる。
そして早速、先生がピアノを弾きながらその曲をお披露目。最近の流行歌と違いかなりテンポが速く、前世の記憶の中の曲に近いかも知れない。歌詞はアイドルの曲というより、どこか勇壮な感じがする。
「本番は一ヶ月後、楽団の演奏が付きます。それまでに振り付けまで完璧に仕上げてください」
え!? 一ヶ月後にお披露目? 本気なの?
だって、本来のアイドル候補達がいないんだよ。今居るのは、言っちゃ悪いけれど、パッとしない寄せ集めだよ。
何故一ヶ月後に拘る……。
そして、今日から“踊り”と“剣術”は統合され、“剣舞”に変わった。振り回す木剣がすっぽ抜け、明後日の方向へ飛んでいく。室内は阿鼻叫喚の様相を見せていた。更に踊りながら歌うことを要求される。
は? この状況で歌う?
いやいやいや、剣の舞をしながら歌うってどう考えても不可能でしょ。訓練終了時にはほとんどの研修生がゼーゼーと荒い息を吐き床に倒れ込む。息が上がりまともに声なんて出せない。
剣を振り回しながら歌うって意味が分からない……
「お、思ってたのと……違う」
「こ、これ……しょ、しょうじょ…かげ……き……なの……?」
一緒に仮入所した娘達がへろへろの状態で呟く。きっとここが王国座の少女歌劇団のようなものだと思っていたのだろう。
アイドル候補生達が王国座に移籍した一番の理由は、引き抜きなんかじゃなく、たぶん、間違いなく、きっと―――これだと思う。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
あー、しんどい。
***
「踊りながら歌うなんて、曲に対する冒涜だと思うわ!」
私のベッドに腰掛けた菊子が怒りの拳を突きある。
「そりゃあ、身振り手振りぐらいの振り付けなら分かるわよ。でもね、激しく動いている最中にまともに発声できる訳がないじゃないの! あのガキ、歌ってものを全くわかってないっ!」
アイドル養成所のことを告げぐ……報告すると、菊子は大飛少年の方針に否を唱えた。
そういえば、前世の記憶でも歌と踊りが同時というのは殆どなかったと思う。間奏で激しく踊っても歌うときにはおとなしい振り付けだったような……まあ、前世の記憶はほんの一欠片だろうから、世の中には激しく動きながら歌う歌手もいるのかもしれないけど、だとしてもいきなりはハードル高すぎる。こういうのは、おとなしめから徐々に、っていうのが普通じゃない?
「でも何で、主立った研修生が引き抜かれたのに、一ヶ月後に拘るのかな? 実質、素人の集団だよ?」
その私の疑問には菊子が答えてくれた。
「ああ、それはね。たぶん……」
菊子がここだけの話とばかり声を潜める。私は椅子の背もたれの上に片腕を乗せ、ベッドに座る菊子の方へ身を乗り出した。
「魔法を使わない映像配信の計画があるらしいの。その最初に配信されるのが、王都劇場の演目というわけ。今、ショービズ界で一番の話題ね」
「ふうん……」
全然秘密でも何でもなかった。勿体ぶらないでほしい。ちょっとだけ傾いでいた椅子が戻り、ガタッと小さな音を立てる。
「ふうんって、何気の抜けた返事をしているのよ。これって凄いことなのよ。魔法を使わず、機械だけで映像を遠くまで届けるんだから!」
前世の記憶で見たテレビ放送のようなものだろうか。この世界にラヂオや映画はあるけれど、テレビジョンみたいなものは無いんだよね。
「とにかく、無茶苦茶凄いことなの! で、配信先は王宮や王都内の主立った広場らしいわ。王族や貴族の御前配信だもの、王都劇場側にとっては威信を掛けた一大計画だわ。王都劇場付属の劇団が、今までにないものをやると意気込んでいるのよ。で、その開幕を担うのが、支配人の息子肝いりの“アイドル”ってわけ。最初は蘭子先生がオープニングシンガーとして舞台に立つ予定だったのよ。それなのにあの馬鹿息子、今までに無い新しいものじゃなくちゃダメだって、強引にねじ込んだみたい。失礼しちゃうわよね」
「へー」
カトレア蘭子がアイドル養成所にスパイを送り込んだのは、これが理由だったらしい。
「でもこれで分かったわ。アイドル候補達が引き抜かれたから、慌てて補充したってわけね」
「え? 補充って?」
私が仮入所してから、新しいアイドル候補生が入所してきた事実はない。
「一日体験入所よ。あれって、実質入所テストだったってわけ。王国座の手前、大々的な入所テストはやりたくなかったみたいね。くだらない見栄だわ。でも馬鹿にした話よね。一ヶ月そこそこで、ものになるわけないじゃない! ふんっ、このままじゃ蘭子先生が舞台に立つことになるんじゃないかしら」
うーん、アイドル候補達が引き抜かれ、個人で勝負できない分、大飛少年は人数で押し切ろうというつもりなのだろうか?
それじゃ王国座の少女歌劇団とあまり変わらないよね。それどころか歌も踊りも劣化版……
ん? あれ? ちょっと待って!
「いや、補充って、私達は一ヶ月の仮入所だよ? 全然補充されていないじゃない」
もしかしたら、薊さんと椴松さんは違うのかもしれないけれど、少なくても私は一ヶ月だけの仮入所である。お披露目前に期限が来て、そこで退所の筈だ。
「何言ってるの、アスアス。ちゃんと契約書に期間が記載してあるでしょ」
私は仮入所の時の契約書を机の引き出しから慌てて取り出し、確認してみる。
そこには仮入所の期限が記載されており、その日は正にお披露目の日の翌日だった。
「え、えええええーっ!」
ガターン!
勢いよく立ち上がると、椅子が後ろにひっくり返る。
そして、期日前の退所不可の文字が……
ちょっと待って! 普通、こういうものって、いつでも止められるものじゃない?
「アスアス、夜だよ。近所迷惑。あ、それから、退所後すぐにヨソの少女歌劇団とかに入団するのはナシね。推薦状をだした蘭子先生の信頼にかかわるから」
推薦状が必要だったのはどうやら簡単に移籍させないためだったらしい。
いや、そんなことよりも!
「もしかして、いや、もしかしなくても、私も剣を振り回して人前で歌うの!?」
「ご愁傷様。契約書はちゃんと読まないとね」
菊子が可愛らしく微笑んだ。この小悪魔め!




