208 バイトのススメ
・2023/11/27 一部修正
「と、言うことがあったんですよ。エピさん」
あ、カメムシ。
私は薔薇の花びらに付いたカメムシを箸で挟み、石鹸水の入った硝子瓶にポチャンと落とす。カメムシは薔薇や農作物の敵なのでしっかりと駆除。
王都劇場での仕事も一段落し、久々に訪れた秘密の花園は、色とりどりの薔薇が咲き誇っていた。ついこの間まで蕾が優勢だったというのに、知らぬ間に季節は夏へと足を踏み入れていたらしい。
「お前は、そんなことを報告するためにここに来たのか」
エピさんが呆れたように言う。が、しばらく会いに来なかったのでちょっと拗ねているのだと思いたい。
私は先日の自治会での騒動をエピさんに報告していた。あの日の闖入者は演劇同好会の部長だった。なんでも院祭で合唱部と合同で軽歌劇を上演するらしく、いち早く衣装や小道具を確保するため乗り込んできたらしい。で、結局あの後、しばらく大飛少年らとアイドル談義に花を咲かせて帰って行ったのだった。
何しに来たのだろう?
まあ、あの時点で貸し出し品のリストはまだ完成していなかったのであるが……。
今日、秘密の花園を訪れたのは、エピさんへの近況報告である。もちろん本題は―――
「ふふふ、本題は別ですよ。じゃーん、遂にダンジョンへ入れるようになりました!」
私はエピさんにダンジョンへの入場許可証をバーンと見せる。片手にカメムシの死骸入り瓶を持ち、どこか締まらないけど。
「へー」
そうなのだ、遂に私もダンジョンに入場可能になったのだ。ただ、許可が下りた理由が“魔法“では無くて、“剣術“なのだけど……
実は私に隠された剣術の才能が!
なんて事はもちろん無い。ダンジョンに魔物がでるとはいえ、ホントに希なのだ。それも奥深く潜らねば相当弱い。だから、最低限の魔法攻撃か物理的攻撃ができれば許可は下りる。攻撃魔法がからっきしの私は、剣の方がまだ攻撃力があるという訳だ。
ちなみに私の魔法の能力は相変わらず謎の空間製造と幻影魔法、それとほんの少しだけ収納量が増えた空間収納である。なんと空間収納がハンドバックサイズに!
……。
ふぅ、まだまだ先は長い。
兎に角、ダンジョンへ入場可能になったのだ。これでダンジョン内の魔物の牙や毛皮……は無理だけど、珍しい鉱石や植物を採取して持ち帰ることで私の経済面は安泰、と思われたのだが……
「でも聞いてください、エピさん。ダンジョンに入れるようになったのに誰も一緒に行ってくれないんです」
ダンジョンの入場には、安全に配慮して三人以上である必要がある。しかし、私と一緒にダンジョンに入ってくれる―――ゲーム風に言うならばバーティーを組んでくれる人物がいないのだ。その理由の一つには、哀しいかな私に友人が少ないことが挙げられる。が、それ以前に現時点でダンジョンに入場許可を得ているのは院生が殆どの上に、そもそも大多数の入学生や院生にダンジョンに潜る理由が無いのだ。学院の学生の殆どはお金持ちの坊ちゃん嬢ちゃんばかりで基本的にお金に不自由していないため、魔物の素材集めや鉱石採取のためにダンジョンに入る必要が無いと言う訳だ。
では、誰がダンジョンに潜っているのか?
それは、大きく二種類に分けられる。
まず、魔法剣士科の院生達である。彼らは訓練のため、ダンジョンの奥深くまで潜っているらしい。魔物との戦いがメインのため、当然私を一緒に連れて行ってくれるわけがない。
もう一方は、鉱物収集ガチ勢である。つまり私のような貧乏人で、経済面からダンジョンに潜っている院生達である。彼らは高収入を得るため、これまたダンジョンの奥深く潜っている。当然私のようなペーペーの貧乏人は完全に足手まといで連れて行って貰えるわけがない。
ということで、私とパーティーを組んでくれる人がいたとしたら、入場許可を得たばかりの興味本位でダンジョンに入ろうとする入学生くらいだろう。しかし、その数が圧倒的に少ない上、私と接点がなさすぎる。
私が仲良くしている董子を中心としたグループのお嬢さん達がダンジョンに興味を持つとも思えないし、そもそも董子以外ダンジョンの入場許可が下りるとも思えない。
「ダメ元で有明先生に声を掛けたけど、即座に却下されました」
「そりゃ、そうだろ」
先生となら二人でも特例で許可されそうだし、何なら董子と一緒でも……と思ったんだけどなあ……
「それで、エピさん」
「却下」
皆まで言う前に即座に却下された。
「えーっ、私の収入源が……」
「知らん」
これがゲームの主人公だったら、攻略対象の男性達が一緒に行ってくれるのだろう。ああ、その他多勢は辛い。
こうなったら、思い切って紫苑先輩に声掛けてみる?
いやいやいや、紫苑先輩と一緒だなんて緊張で鉱石採取なんて出来る訳がない!
右手と右足が同時に出ちゃう!! いや、左手と左足か……
ふっ。
これは詰んだね。
エピさんは私の話に興味を失ったかのように花がら摘みに集中している。でも耳がピクピク動いているのを私は見逃しませんよ。
秘密の花園の薔薇は今がピークに咲き誇っている。
「ここの薔薇、高く売れないかな……」
「この不届き者!」
つい不埒なことを考えてしまった。
「あ、カメムシ」
私はカメムシを箸で摘むとポチャンと硝子瓶の中に落とした。
カメムシはお金に……ならないよね。
***
パッパとスカートに溢れたクッキーのカスを払う。
「アスアス、床の上にクッキーのカスを落とさないでよ」
「あ、うん、ごめん」
菊子に叱られた。後で掃除しとかなきゃ。
夕食後のひと時、エピさんが持たせてくれたクッキーを菊子と一緒にポリポリと齧る。菊子は最初太るからと断ったのに、『一枚だけ』が今や三枚目に手が伸びている。
「ダンジョン? 無理よ。私の土魔法のしょぼさを知っているでしょ。あーあ、どうせなら風属性だったらよかったのに。風魔法で私の歌声を遠くまで届けるのよ」
一応菊子にもダンジョン行きを打診してみたものの、やっぱりダメでした。まあ分かってたけどね。
「それよりさ、アスアス」
菊子が残り一枚となったクッキーに未練がましい視線を送りつつ私に言う。
「あんたアイドル養成所に入ってくれない」
「は?」
思わず口に咥えたクッキーをバリン、と噛み砕いてしまった。
「ちょ、菊子、あんた何言ってるの!?」
「王都劇場のアイドル養成所、あんたも知ってるでしょ。蘭子先生は王都劇場と専属契約を結んでいるんだけど、蘭子先生がね、アイドル養成所の話を聞いて気にしているのよ。で、アスアスが潜入して、どんなことをやってるか、私に教えて欲しいの」
「え、何で私? 菊子が行けばいいじゃん」
菊子がとんでもない提案をしてきたけど、菊子のお師匠様の話なんだから、私には無関係だよね。
「だって、私じゃ顔割れてるもの。ねえ、お願いアスアス、あんたなら大丈夫。立派なアイドルになれるって! それに今なら誰でも入所可能な無料体験コースがあるんだってサ」
「えー、ヤダ」
そうは言うけどさ。菊子、アイドルがどんなのか知らないよね。大飛少年曰く、剣を振り回して歌うらしいよ。
「バイト代をだすわよ。もちろん蘭子先生がね。一日当たりこれでどう?」
菊子が五本の指を立てる。一応、単位を確認。
「その話乗った!」
菊子の手を両手でガッチリと握る。
と言うわけで、私はアイドル養成所に通うことになった。
みんな貧乏が悪いのよ。
「あ、菊子、最後のクッキーを食べてもいいよ」
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