205 配役
小道具用の倉庫は窓が無くて薄暗い。ついでに埃っぽい。裸電球の光に埃が舞っているのが見える。
「へっ、くしゅん」
あ、くしゃみが出た。
私達、白根君と私は貸し出し用の小道具や衣装のリストを作成するため劇場に通う日々が続いていた。ちなみに杏子の姿は殆ど見ない。最初から劇場に来ていないのか、どこかその辺を遊び歩いているのか……。
きっと、杏子はリスト作成なんて地味な仕事には興味がないんだろう。
なお、白根君は杏子がどこで何をしているのか、気にはなっているのであろうが、流石に仕事を放ったりはしていない。精々大飛少年と連れ立っている杏子を見掛けると、その姿を眼鏡越しに追っているくらいである。
まあ、頑張れ。
私も頑張る。
劇場の小道具だか、大道具だかの係の人の協力を得て、貸し出し用の小道具や衣装のリスト作成は着々と進み、漸く終わりが見えてきた。
そして、ついに係の人から待ちに待った言葉が……
「よし、粗方終わったな」
やったー! この仕事も終わりだー! この埃っぽい部屋ともおさらばだー!
ここの人達、小道具の扱いがホント雑なんだよね。王冠の横に下駄の片方が転がっていたり、卒塔婆の上に雑巾が掛けられていたり……
「それじゃ、次の部屋いってみようか」
「は?」
小道具係だか大道具係だかの人は、奥の薄汚れたドアを指さした。ドアの向こうは―――更なるガラクタ置き場だった。
「この部屋には代々壊れた小道具とかを放り込んでいてね。この際だからここも整理してしまおうと思って、いやあ、君たちが来てくれて助かるよ」
私達、明らかに劇場側に利用されていますよね。
「小道具の一部を無料で貸し出すからさ」
それって私に何の得もないんですけど。
で、結局、引き続き黙々と廃棄物と修理が必要な物のリスト作りに励み、気付けば日が暮れ、寮の夕食に間に合わないなんてことも度々……。
そういうときは流石に劇場側で食事を用意してくれた。
「今日はライスカレーだよ」
「はいっ! あたし大好物でぇす」
何故かこういう時だけは、杏子がちゃっかり居るのだった。
私達が帰る頃合いになると、入れ替わりに着飾った観劇の客達が劇場に訪れる。そんなことを繰り返していると、同じ人物を何度も見掛ける様になった。それぞれ華やかな格好をした客達の中でその人物を記憶に留めたのは、異様に目立っていたからだ。
何故なら、その人物の髪は―――真緑だった。
まさか、そんな珍妙な色に染める人が実際にいるとは……
子供の頃に読んだ赤毛の少女の物語でも、この世に緑色ほど嫌な髪色はないと嘆いていたくらいなのに、である。
この国の人々の髪色は殆どが黒か茶だ。そんな中に緑の髪の人がいたら嫌でも目に入る。だからその人物が現れると他の客達が噂話を始める。
曰く、彼はどこぞの貴族の長男で、どうしようもない放蕩息子なのだとか、弟が大変優秀なのに比べ、兄である彼は髪を緑に染め、毎日のように劇場に入り浸っているとか。
素行不良な兄に優秀な弟、愚兄賢弟。
これは間違えようがないだろう。遊び人こと“カイドウ”だ。もちろん前世のゲームの攻略対象である。ただ、ゲームでは髪を緑に染めているのではなく、地毛だったと思うけれど……
実は優秀な弟に家督を継がせるため、戯けを装っていたという背景がゲームではあった。何故家督を弟に継がせたいのかは知らない。前世では彼に興味がなかったのか、あるいはその辺の説明をゲーム内でしていないのか、現在に至るまで欠片も思い出してはいない。
緑の髪の人物は貴族とのことだが、ボックス席やかぶりつきではなく、天井桟敷の常連さんであるらしい。
実は役者でも目指しているのか、単純に芝居好きか……
「ねえ、そこの可愛い君」
さて今日の作業を終え、帰るかという時に背後から声を掛けられた。振り向くと緑の髪の人物が深紅の薔薇の花束を抱え立っている。ここは舞台裏に当たるので普通のお客様は立ち入り禁止なのだが、流石常連さん、緑の髪の人は楽屋へ出入り自由のようだ。
「ねえ、君、凄く可愛いね。新人さんかい?」
ワンレングスの髪を掻き上げ、緑の髪の人が言う。うわあ、何だかキザったらしい。
「えーっ、あたしですかぁ」
「そう、君。見掛けない顔だったからさ、新人女優なのかなって思って」
うん、分かってた。声を掛けられたのは当然杏子である。今日は珍しく杏子も一緒にいたのだ。もちろん姿を見せたのは最初と最後だけで、作業中は全く姿が見えなかったのであるが……。
「何です。あなたは不躾だな」
白根君が杏子を庇うように前に出る。
「君こそ何だい? 僕はそちらの可愛い人と話しているのだけど、邪魔しないでもらえるかい」
「そーですよぉ。あたしがお話ししているのにぃ」
「え、えええっ……」
どうやら当の杏子は不躾とは感じていなかったようだ。白根君が萎れる。
えーっと、ドンマイ。
杏子はよく言えば天真爛漫で誰にでも愛想が良く、人好きがする(特に男性に)。そして、これまで杏子を見ていて思ったのは、特に顔の良い男性には何倍も愛想が良いということだ。緑の髪の人、仕草がキザったらしいんだけど、攻略対象のお約束、顔だけは良いんだよね。
「ふふふっ、女優さんかぁ。あたし、ちょっとだけ未来では、スタアになっているかもぅ。あたしなら直ぐにトップアイドルになれるってぇ、言われたしぃ」
「…………」
どうやら、杏子はまだアイドルになることを諦めた訳ではないらしい。まあ、ゲームではアンズは一から歌のパラメーターを上げていったしね。これからものすごい努力をしてアイドルになるんだよ……きっと。それにほら、アイドルは歌がそんなに上手くなくても良いって言うし……
「あいどる? ……それなら僕は君のファン一号だね。君の名前は?」
「キョーコでぇす。みんなからは“あんず”って呼ばれていまぁす」
「ふふっ、あんずちゃんか。ねぇその制服、魔法学院の入学生だよね」
「はいっ、あたしはぁ、王立魔法学院の自治会の役員でぇす」
それは違う。私達はあくまで自治会のお手伝いで役員じゃないから。
「佐倉、あまり簡単に知らない人に個人情報を教えない方がいい」
見かねて白根君が口を挟んだ。
「おや、ナイト君が怒っているね。ふふふっ、それじゃまた会おう、あんずちゃん。出会えた記念にこれを君に」
緑の髪の人は真紅の薔薇の花束を杏子に渡すと、投げキッスをして去って行った。うわあ、ホントにあんなキザなことする人が存在するんだ。
うーん、しかし、私ってまたもや居ないも同じだったな……
寸劇の観客?
「あ、そうだ。これ持ってぇ」
杏子がクルッと振り向くとバサッと私に花束を投げて寄越した。花びらが数枚散る。
「…………」
どうやら、私に割り振られた役はアイドルの卵の付き人らしい。
漸く全ての攻略対象が登場しました。




