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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第2章 もしかしてアイドル!?

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204 王都劇場

 街路に立ち並ぶ木製の電柱と張り巡らされた電線、馬車の中に混じる自動車の警笛、交差点の真ん中で交通整理をする警官、十字路を足早に行き交う人々、街頭の新聞売り、乳母車を押す小柄な子守の娘、山高帽に背広姿の中年男性、赤ん坊を背負った母親と兎のぬいぐるみを背負った女の子、岡持を下げた自転車、頬を押しつけショーウィンドウを覗く少年、きゃらきゃらと笑い声を上げる着飾った娘達―――いつもと変わらぬ街の風景。


 何故だか、和洋折衷、昭和レトロ、大正浪漫、ハイカラ……そんな言葉が頭に浮かんだ。


 私達―――杏子、白根君、大飛少年、私の入学生四人組は、大飛少年の父親が支配人だという劇場へ向かって歩いていた。横に並んで楽しそうに会話している杏子と大飛少年の後ろを、不機嫌そうに白根君が付いていく。今の白根君は流石に眼鏡を掛けている。最初は杏子の目を意識して外していたのだが、電柱に衝突しそうになったりして、まともに歩けないので、結局掛けることになったのだ。


 何やっているんだか……


 そして、さらにその半歩後ろをキョロキョロと辺りを見ながら付いていく私。

 田舎者丸出し?

 だって、田舎者なんだから仕方が無いじゃない。

 街は田舎と違って人や、馬車や、自動車なども多く、いつ来ても喧噪に溢れている。建物と建物の間隔が狭く、階層の高い建物がずらっと並び、まるでどこまでも続く一枚の壁のようだ。その壁の窓の無い部分には、公演予定の劇や歌謡ショーのポスターなどが競うように貼られている。中には、今巷で大人気の少女歌劇団の団員募集のものもあった。


「『君こそ明日のスタアだ』だって」


 菊子も『明日のスタア』を目指しているが、あくまで、歌手志望とのことで、有名歌手に弟子入りしており、こういう所に所属するつもりは無いらしい。

 見上げると、電線を精霊らしき気配が何度も行き来している。電気は“雷の精霊“が生み出しているとの噂がある。もしかしたら、“雷の精霊”は電気を作るのに全て出払っていて、人に憑く余裕がないのかもしれない。

 確か前世のゲームでは、アオイ王子は雷の精霊の加護持ちだった筈。加護というのは“憑く”のとは違うのだろうか?

 でも……精霊の加護って大したことが無いように思う。


 だって、精霊だよ。


 現実の王子、日向会長が精霊憑きなのかは知らない。精霊憑きかどうかなんて、別に隠すものでもないけれど、大声で言い回るものでもないしね。

 パン屋の店先に貼られた紙に従業員募集の文字が見える。残念ながら住み込みの従業員を求めているようだ。

 うーん、週末や放課後限定の求人はないだろうか?

 “おもいで精霊”がもう少し役に立つのだったら、この世界にないお惣菜パンや菓子パンを売り出して、大儲けできたかもしれないのに、残念ながらそれらの存在は思い出しても作り方は全く思い出さないのだ。多分、最初から知らないのだと思う。覚えていないものは当然思い出せない。

 うーん、その店のパンにその辺で売っているコロッケを挟んだくらいじゃダメだろうなあ……

 なんてパン屋のガラス窓を覗き込んだら“コロッケサンド”なるものが売られていた。何だ、既にあるじゃん。


「やっぱり、精霊は役に立たない……痛ッ」


 “おもいで精霊”が私の髪をピンっと引っ張った。この精霊、結構自己主張するよね。

 美しいガレリアの商店街を抜けると、ちょっとした公園のような所に出た。ここは劇場の前庭らしい。中央に彫像が立つ円形の花壇を回って、馬車や自動車を劇場正面に着けるようだ。背後にある劇場は―――


「お城?」


 ででーんと大きな建物が建っている。大衆演劇の芝居小屋のようなものを想像していたのに、立派すぎる。劇場のエントランスには、近々公演予定の劇や歌謡ショーのポスター並んでいた。

 この“カトレア蘭子”って、確か菊子……雛菊(デイジー)のお師匠様だよね。

 先頭を行く大飛少年がくるっと振り向く。可愛い。


「ちょうど明後日、新作が掛かるんだ。今はゲネプロの最中かな?」


 大飛少年の説明によると、ゲネプロというのは通しでやる最終リハーサルで、明後日が新作の軽歌劇(オペレッタ)の初日なんだとか。

 特別にちょっとだけ舞台を覗かせて貰った。


 いやーすごい圧巻。


 煌びやかな異国のお姫様のような衣装、舞台下のオーケストラ、響き渡る歌声―――一度、天井桟敷でいいので見てみたいと思ったよ。まあ、それすら私には高価過ぎて無理なんだけどね。

 圧倒される私達を前に大飛少年は得意げな様子だ。


「この作品の次に控えているのがもっと凄いんだ。今までになかったものを世の中に送り出すからね。期待していてよ」


 あれより凄いって、想像つかない……。

 舞台の余韻の残るまま、大飛少年に案内され劇場の更に奥へ。


「今日は劇場の正面エントランスから入ったけど、次回からはあっちの裏口を使って。守衛には話しておくからさ」


 大飛君が守衛さんに手を挙げ挨拶すると、守衛さんが軽く頭を下げる。


「燕君って、本当に劇場支配人の息子さんなんだね」

「えー、あんず、疑っていたの? ひどいなあ。まあいいや、折角だしさ、うち自慢の劇場をゆっくり見学して行ってよ」


 杏子と大飛少年は随分親しくなったようで、もう“あんず”呼びしている。隣にいる白根君の歯ぎしりが聞こえてきそうだ。白根君はまだ“佐倉”呼びなのにね。あ、私も“佐倉さん”呼びか……

 建物を奥に進むと私と同年代の女の子達が群れていた。その部屋は壁の一面がガラス張りで、隅にアップライトのピアノが置かれている。


「「「あーあーあーあーあー、あーあーあーあーあー、あーあーあーあーあー」」」


 女の子達が段々と音階が上がっていくピアノの音に合わせ発声練習をしている。


「うちの劇場でも王国座の少女歌劇団に対抗することにしたんだ。いつまでも古い因習に捕らわれていたら発展はないからね。新しいことに挑まなきゃ」


 ここ、王都劇場が上流階級の人々向けだとすれば、王国座はどちらかと言えば大衆向けである。格式で言えば王都劇場の方が明らかに上なのだが、王国座は最近設立された少女歌劇団が大人気で、新しいものを求める人々で連日満員御礼だと聞く。

 中には貴族階級の人もこっそり紛れているとか……。

 この状況に王都劇場側も無視できないというところなのかもしれない。


「ボクは父さんの跡を継ぎ、この劇場をもっと発展させようと考えているんだ。だから、さっさと義務を果たしておこうと思って十二歳で学院に入学した。面倒くさいけど、一年間は通うのが取り決めだからね。学院に通うのは一年間だけ、その後は劇場の仕事に専念するつもりだよ」


 私より年下だけど、遙かに確りしている。


「昔ながらの歌劇(オペラ)軽歌劇(オペレッタ)楽団(オーケストラ)の演奏に演劇、それらは確かに素晴らしいよ。だけどこれからは、もっと新しいものが必要とされているんだ」

「えっとぉ、少女歌劇団みたいな?」

「「「あーあーあーあーあー」」」


 杏子がちょこんと小首を傾げる。背後では相変わらず発声練習中。


「うん、その一つが少女歌劇団なのかもしれない。だけどボクはもっと素晴らしいものを世の中に送り出したいんだ」


 大飛少年は部屋に備え付けられた棚から一冊の本を手に取った。


「これは父さんが異国へ遊学した際に手に入れた本を翻訳したものだよ。これによると、異国にはその昔、マジカル・クラウン(魔法の道化師)という若い女性二人組の“アイドル”なる存在がいたんだって」


 うーん、何か“マジカル・クラウン(魔法の道化師)“って、アイドルっぽくない名前だよね。もしかして誤訳とか……本当は、“マジカル・クラウン(魔法の王冠)“だったりして……ね。まあ、それもアイドルっぽくないか……


「彼女達は冒険者で、歌いながら剣を振り、魔物と戦っていたらしい。その姿と歌声があまりにも愛らしく、可憐で、素晴らしかったので、彼女達の歌い戦う姿は“ライブ”と呼ばれ、それを見たいがために多くの冒険者が彼女達の後を追って危険な奥地へと次々と入っていったとか」

「?」


 今度は私が首を傾げた。

 歌いながら剣を振り回す……?

 それ、私の知っているアイドルと違う……気がする。


「ボクはこの本を読んだ時、天啓を受けたんだ。彼女達のようなアイドルをこの時代、この世界に蘇えらせるのはボクに与えられた使命なんだと! そして漸く、このアイドル養成所の設立まで漕ぎ着けた」


 何だろう、大飛少年のこの執着というか、拘りは……


「あんず、君は可愛くて、愛嬌たっぷり。笑顔は人々を魅了し、まさにアイドルとなるために存在している女の子だと思う。君こそボクが求めていた人材なんだ。是非うちの養成所に入ってよ。あんずならすぐにトップアイドルになれると思うんだ」

「えーっ、そっかなあ。そー、かもぉ」


 杏子も口では否定しているような、いないような……明らかにその気になっている。大飛少年は杏子の手を引いて、アップライトのピアノの側に連れて行き、ピアノの伴奏をしていた女性に声を掛けた。


「先生、ここにいるアイドルの原石の歌を聴いて貰えませんか?」


 どうやらこの場で杏子が一曲歌うことになったようだ。前世のゲームではアンズが何故かは分からないが、アイドルを目指すルートが存在していた。杏子は見た目も可愛いし、アイドルとしての素質があるのかもしれない。

 ビアノの前奏が始まる。


「あ、この曲知ってる……」


 よくラヂオから流れていたし、菊子が歌っていたこともある。これは菊子のお師匠様、カトレア蘭子の『愛のロマンス横町』だ。

 杏子が歌い始め―――

 部屋に満ちる杏子の歌声。


「「「…………」」」


 言葉を失う人々――――――



 杏子は―――、



 杏子は―――、



 杏子は―――とてつもなく音痴だった。



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