202 自治会にて 1
人の心はそう簡単に割り切れるものではないと熟々思う。不意に襲われる感傷の波に翻弄され、どんより、もやっと過ごしていたら、いつの間にか放課後を迎えていた。
今日は自治会のお手伝いの日である。
あー、行きたくない。自治会に向かう足取りが重い。
でも、自治会のバイトは私の唯一の収入源なのである。行かないわけにはいかない。
「世界も終わりを迎えていないしさ……」
人生はフラれたくらいでは終了しない。生きていれば食欲と物欲が湧いてくる。つまり、先立つものが相変わらず必要なのだ。
エピさんから借りた手ぬぐいも、できれば新品を返したい。いくら洗濯したとはいえ、私の涙と鼻水が染みついた印象が拭えないものをそのまま返すのは抵抗がある。私だって、一応乙女なのだ。
しかし、あれだけ教務課のバイトに応募したのに、自治会のバイト以降全く音沙汰が無い。つまり全部落ちたというわけだ。私以外にもバイトを必要としている学生がいて、順番に斡旋しているのだろう。私には自治会のバイトが割り振られたから、それで終わりということらしい。学院には上流階級の子女が多いとはいえ、私のような裕福で無い庶民も少なからず在籍している。この学院にいると錯覚してしまうが、世の中に上流階級は一握り……一掴み、いや、一撮である。そう、お貴族様がゴロゴロしているこの学院の環境が異常なのだ。
定期的に教務課のバイト募集を確認にいくが、私にできそうなものがほぼ無い。ほとんどが院生向きの家庭教師だ。例の割の良いバイト、ダンジョン採掘に臨むには、私の能力は低すぎるし……
「あー、ポーチサイズの空間収納ってなに? 財布? 財布なの?」
まあ、あればそれなりに重宝するけどさ。しかし、ダンジョンで採取されたものを運ぶには容量が全く足りない。無いも同じ。これは学院の外に収入源を探しにいかなければならないかもしれない…………。
「…………………………はぁ」
兎に角今は、自治会である。
コンコンッ。
「失礼します」
自治会室の扉をノックして、空けると数名が私に注目し、「あぁ」みたいな生返事の後、直ぐに視線を外す。悲しいかな何時ものこと……なのだが、こちらに視線を向けたまま外さない人物がいた。一瞬身体が硬直する。
天城竜胆。
何故、ヤツがここにいる?
ヤツは壁に背を預け、こちらを睨むように腕を組み立っていた。そして、ヤツの側の長椅子にはあの人―――鬼頭紫苑……先輩……何で居るの? 彼は私にチラリと視線を向け、以前と変わらぬ笑みを浮かべて会釈すると、何事も無かったように隣に座る杏子との会話に戻る。そして、その後一切私の方を見ることは無かった。
心臓がえぐられる。
杏子があの人と笑い声を上げる度、私の心はチクチクどころか、グサグサと痛かった。神様は、私に何か恨みでもあるのだろうか?
私は空いている椅子にとぼとぼと向かう。その際、ヤツ、竜胆が私の方へ足を踏み出し―――
「明日…ハ………」
今回はどんな嫌がらせ? 私は自然と身構える。
ガチャ。
絶妙なタイミングで日向会長が美女二人を伴って入室してきた。
「ああ、今日は珍しく皆揃っているね。これで漸く、入学生に自治会のメンバーを紹介できる」
そう実は、バイトが始まってもう一ヶ月以上経つと言うのに、まだ自治会役員全員との顔合わせが済んでいなかったのだ。
役員の人達って、どれだけ忙しいの?
毎回顔を合わせる日向会長が、実はもの凄く暇なんじゃ無いかと思ってしまう。まあ、それ以上に、何故かいつも居る元自治会役員の先輩三人組は、確実に暇だろう。今も杏子の関心を惹こうと、蠅のように集っている。
「あら、また部外者がいるわ。三馬鹿先輩達、ご退出いただけるかしら」
艶やかな黒髪の毛先をくるんと巻いたゴージャスな美女が、元役員の三人組に視線を向け言い放った。白薔薇の君こと野茨薔子副会長だ。美人が睨むと迫力がある。ちなみに彼女とは既に顔合わせ済みである。
「うっ、薔子姫、酷い」
「いくら白薔薇の君でも、馬鹿は無いよ。馬鹿は……」
「そうだよ。僕たち元自治会役員で、先輩だよ」
三馬鹿先輩達は、野茨副会長相手に無駄な抵抗を始める。
「元自治会役員でしょ。ほら、部外者はサッサと退出する。この部屋に余分なスペースは無いのよ」
白薔薇の君は無敵だ。でも彼女の場合、白薔薇の君というよりは、紅薔薇……いや黒薔薇の君と言った方がいいかもしれない。まあどの薔薇も棘を持っているのに変わりは無いのだけれど。
「日向くーん」
「白薔薇の君が僕たちをいじめるんだ」
「僕たちはOBとして、後輩を指導しているのに」
野茨副会長に勝てないとみた三馬鹿先輩は、次に日向会長に泣き付く。
「うーん、仕方が無いですね……」
日向会長はちょっと悩むような素振りを見せ―――
「さすが日向君」
「君なら分かってくれると思ってた」
「日向君には俺たちが付いていないとな」
学院の王子様の輝くような微笑み。眩しい……というか胡散臭い。
「うん、部外者の方には退室願いましょう。後進のご指導、今までありがとうございました」
三馬鹿先輩をバッサリと切り捨てた。まあ、当然か。この一ヶ月間、見ていれば分かる。三馬鹿先輩は、杏子お目当てで自治会室に顔を出しており、日向会長はそれを利用して彼らに仕事をさせていたのだ。私たちバイト二人がそれなりに働けるようになった今、彼らは不要と言うことだろう。
「全く、先輩なら、先輩らしい行動を取っていただきたいものですわね。今は、部外者ですわ。サッサと出て行きなさい。ハウス!」
そこに野茨副会長が追い打ちを掛けた。最後は三馬鹿先輩を犬扱いである。
「先輩をなんだと思ってるんだー」
「横暴だー」
「前会長に言いつけてやるー」
捨て台詞をごにょごにょと吐いて、三馬鹿先輩は退場していった。
「さて、仕切り直して、改めて自治会役員の紹介といこうか。僕は会長の日向葵。もう知っているよね。こっちの毛先がくるくるしているのが野茨嬢で。真っ直ぐなのが高砂嬢だ」
「くるくるって、全く失礼ね。前にも挨拶したと思うけど、三年の野茨薔子よ。新聞部部長と兼任しているので、自治会に顔を出さない時も結構あるわね。基本、新聞部優先よ」
「ふっ……私は毛先の真っ直ぐな方、名は、高砂小百合と言う。剣士科の二年生だ。よろしく頼む」
学院の二大美女が揃ってしまった。
高砂先輩は王立魔法学院で野茨先輩と双璧をなす凛とした美人である。通称白百合の君。白薔薇の君が蠱惑的なゴージャスな美女であるのに対し、白百合の君は女性にしては身長が高く、男装が似合う少女歌劇団の男役のようなタイプである。後ろ頭に高く結んだポニーテールがいかにも女剣士然としてカッコイイ。
彼女達は男女どちらからも高い人気があるが、お察しの通りどちらかと言えば、女子からの支持が高い。いわゆる“憧れのお姉様”なのである。そして―――、もちろん前世のゲームに登場するライバル令嬢達である。白薔薇の君こと『ソウビ』と、白百合の君こと『ユリ』。これは間違いようが無い。
「それから、天城、鬼頭」
日向先輩がヤツとあの人を呼んだ。
「剣士科二年の天城竜胆だ。よろしくな」
ヤツがこちらを見てニカッと嗤った。また何か企んでいるのかもしれない。何でコイツが自治会役員なんだろう? 自治会役員ってみんなの憧れじゃなかったっけ?
次はあの人の番だ。ゲームではナビゲーター役にあたる彼が自治会役員とは意外だった。
「一般科二年の鬼頭紫苑。新聞部と掛け持ちしているよ。あんず……佐倉杏子サンとは昔からの馴染みだよ。ね」
「うん、だよねー。しーちゃん」
二人が顔を見合わせてニッコリと笑う。
あ……
これは致命傷だ。心がズキズキと痛い。というか血が噴き出している。
あの人――紫苑先輩は合う度、私にも微笑んでくれたが、明らかに杏子に向けるものとは異なっている。こうして見ると、私への笑顔は初めから表面的だったことが分かる。
辛い。
彼を振り向かせるため、一から始めるのだと決心したけれど―――
本当なら好きな人の幸せを祈って身を引くべきなのかもしれない。
でも……その相手が杏子なのは嫌だ!
ううん、多分、杏子以外の人でも嫌なんだと思う。私は天使や聖女ではないので、物語に出てくる女の子みたいに割り切る事なんてできない。ホント、自分でも狭量だと思う。
でも、でもね……
あの人を諦めてしまったら、私はいらない子になってしまうじゃない……
その後、私たち入学生も、杏子、白根君、私の順で一通り挨拶を終え、私がどよーんとしていると、何だか哀れんだ目で日向会長が鳥の形をした巨大なクッキーをくれた。う、私がフラれたことを知っているのかもしれない……エピさん、話してないよね?
ポリポリポリポリポリ……
鳥の頭の方からポリポリとクッキーを噛み砕いていく。このクッキー、口の中の水分が持って行かれる。
「ほら」
竜胆が毒々しい色をした怪しげな飲み物の入ったカップを私に差し出した。
「???」
え、何コレ? こんな時でも私に嫌がらせ?
丁重にお断りすると、何故か竜胆が一気飲みした。訳が分からない。
他の人は私の存在に気を払っていない。居ないのも同然という扱いだ。そこには居るのはわかっているけど、気にならないという感じ。つまり、いつもと変わらない情景がそこにある。
「はい、もう一枚どうぞ」
日向会長がもう一枚クッキーを私に手渡す。
いや、もういらいないから! 口の中パサパサだから!
…………でも折角だから貰っておこう。
私はこっそりと異次元収納に仕舞った。あ、コレ、思ったより役に立つかもしれない。
【閑話】
もう一人の陰の薄い人物、白根芹。彼もまた鳩サ●レーをポリポリ囓っていた。
「(うっ、口の中の水分が……)」
お茶が欲しい。いや、ここは新入りである入学生である私が率先して入れるべきなのではないか?
しかし、この部屋に茶器はない。
「(これは、一体どうするのが正解なのだ?)」
彼は悶々としながらサブレを囓り続けるのだった。
ポリポリポリポリポリ……
「(あー、水分欲しい……)」




