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おもいで精霊と何者でもない私  作者: 天乃 朔
第1章 まだ何者でもない

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122 【幕間】天城竜胆

 俺の名前は天城(あまぎ)竜胆(りんどう)。王立魔法学院魔法剣士科の二年生だ。

 将来は王家か、その辺の領主に騎士として雇って貰うつもりでいる。まあ、それがダメなら冒険者にでもなって世界中を放浪しようか……


 ちなみに俺は旧家、天城家の次男坊であり、魔法学院に入学するまで天城の屋敷で何不自由なく育ってきた。もし当時の俺が不満を持っていたとしたら、両親が忙しすぎることぐらいだろう。

 天城家の当主である父は、少し歳の離れた兄を後継者としてあちらこちらに同行させていたが、幼い俺とは活動時間が殆ど合わず、朝食の席で偶に見掛ける程度だった。そんなことから、俺が母を求めたのは当然のことだったと思う。


 誤解してはいけない。俺は決してマザコンと言う訳ではない!


 その母も高名な魔法使いで不規則に家を空けることが多く、俺は常に母の温もりに飢えていた。


 繰り返すが、俺はマザコンではない! 誤解しないように!


 そんな母恋しい年頃に俺は明日葉に出会ったのだった。



 明日葉は俺の母に手を引かれ、天城の家にやって来た。明日葉を一目見て、彼女は俺の妹なのだと思った。なぜなら彼女は母にそっくりだったからだ。兄も俺も父親譲りの赤毛で榛色の瞳をしていたが、彼女は母と同じ色を持っていた。

 艶やかな黒髪に。黒曜石のような黒い瞳。

 俺は大好きな母にそっくりな彼女を羨んだ。


「明日葉ちゃんよ。今日から天城の家で一緒に暮らすことになったので、仲良くしなさいね」


 それから母は何かと明日葉を気に掛け、俺に構うことがめっきり減った。俺は明日葉に母を取られたのだ。俺は、どうすれば母が自分の元に返ってくるのか、無い知恵を絞って懸命に考えた。そして、一つの答えに辿り着いた。『明日葉を追い出せばいいのだ』と。

 子供の浅知恵だと嗤って欲しい。兎に角、当時の俺は母親の愛情を取り戻したくて必死だったのだ。


 追い出し作戦開始―――

 まず初めに、紙を丸めた物をぶつけてみた。

 紙の玉は明日葉の頭でコツンと跳ね返ったが、彼女は振り返りもしなかった。

 次に、ビニル製のボールを投げ付けた。

 背中にぶつかったボールは、彼女の上体を揺らしたが、それだけだった。

 それから、泥団子をぶつけてみた。

 彼女の服は泥だらけになったが、俺が使用人に叱られただけだった。

 俺の作戦は悉く失敗した。何よりも明日葉の反応があまりなかったのが癪に障った。今考えると明日葉は感情が希薄というか、どこかおかしかった。しかし、幼い俺はそんな事に気づけなかった。


「明日葉ちゃんの心はね、辛いことがあって、ちょっとだけ傷ついているの。だから、竜胆も優しくしなきゃだめよ」


 母は俺が明日葉に何かをする度、そう言っていた。しかし、そんな言葉も俺の心には響かなかった。なぜなら一番傷ついているのは、明日葉に母の愛を奪われた“この僕”なのだから。当時はそう信じていた。いや、そう信じることで自分を正当化していた。

 そんな毎日が繰り返され、明日葉への攻撃は徐々に激しくなっていった。そしてある日、気がつくと明日葉が床に倒れていた。

 周りが大騒ぎしていたのを何となく覚えている。

 俺はこの時、思うようにならない明日葉に対し、一方的に感情を爆発させ、初めて魔法を発現させたのだった。魔法の暴走という形で……。その時、床に横たわる彼女の瞳はどこまでも虚ろだった。

 それからしばらくして明日葉は天城の母屋から姿を消した。後で離れ――母のアトリエへ居所を移したのだと知った。俺の行動は、母親恋しで子供返りしていたのだと結論づけられたらしく、お咎めなしだった。

 今となっては消し去ってしまいたい大きな汚点である。

 兎に角、この事件があってから、母は俺と一緒に居ることが多くなった。偶に母が離れに行くことは気に入らなかったが、ついに俺に平穏が訪れたのだ。

 許して欲しい。当時の俺はまだ幼く、母親が恋しい時期だったのだのだから―――



 それは雷の鳴り響く夜だった。

 母が怖がってはいないかと俺の寝室を訪れたが、『その年にもなって、まだ雷を怖がっているのか』と馬鹿にした兄の顔が脳裏に浮かび、虚勢を張って母を追い返した。

 しかし、雷鳴は一向に収まらず、更に激しくビカビカゴロゴロと鳴り続け、母を追い返したことを早々に後悔した俺は、部屋を抜け出し母の元へ走った。


「離れの様子を見てくるわ。あの子達のことは頼んだわね」

「でも、奥様、この雷雨の中……離れになら(わたくし)が……」

「残念ながら、私じゃ無いと離れにはたどり着けないと思うわ」


 玄関ホールから母と使用人の声が聞こえた。手すりの間から階下を眺めると、母はレインコートに身を包み、土砂降りの雨の中出かけようとしていた。


「僕も一緒に行く!」


 俺は慌てて階段を駆け下りると、母に縋り付いた。


「こんな雨の中ダメですよ。風邪を引いてしまいます。ベッドで大人しくしていましょうね」


 使用人の宥める声に耳を貸さず、俺は母と一緒に行くのだと駄々を捏ねた。


「仕方が無いわね。連れて行くわ。直ぐに支度して」


 折れたのは母だった。急いでレインコートに袖を通し、激しい雨の中、俺と母と離れに向かう。離れは天城家の敷地内の森の中にあるが、母により認識阻害の魔法が掛けられており、簡単には辿り着けないようになっていた。しかし、魔法を掛けた本人が居るのだ。そんなものは関係ない。

 離れは明かりが灯っておらず薄暗かった。


『オ客様ダー』

『オ客様ガ、キタヨー』


 母が足を踏み入れると、家付き精霊がぼんやりと青白い光を放つ。当時の俺は―――今もだが、発光した埃が舞っているようにしか思えなかった。

 青白い埃が舞う中、部屋の隅で明日葉が膝を抱えガタガタと震えていた。


「私ハオ姉チャンダカラ我慢、我慢シナキャ……ダメ……」


 何かブツブツ言っている。


 ビシャーーッ!! ドオオオオーーン!!!


 窓の外が一瞬輝き、大きな音が鳴り響いた。雷がどこかに落ちたのかも知れない。


「ィ――――――!」


 明日葉は両耳を手で塞ぎ、声を殺した悲鳴を上げた。


「明日葉、大丈夫。大丈夫よ。私がここに居るわ」


 母が蹲る明日葉を抱きしめると、明日葉の瞳に僅かに光が宿り、母に縋り付き大声で泣いた。


「おかあさ-ん!!!」


 その時初めて、俺は明日葉が守るべき小さな女の子であることを認識したのだった。



 それからの俺は生まれ変わった。明日葉は守るべき俺の妹なのだ。頼れる兄として信頼を勝ち取らねばならない。俺は彼女の姿を見つける度、近づいていった。


 まずは、彼女の瞳に俺を映してもらうのだ!


 でも当時の俺は、どうすれば彼女の関心を惹くことが出来るのか分からなかった。

 俺の宝物である大量の蝉の抜け殻をプレゼントしたり、トカゲの切り離された尻尾がうねうね動くのか面白くて見せに行ったり、ひっつき虫(身体にくっつく植物のアレだ!)で気を引いたりしたが、反応は今ひとつだった。

 そんな頃、紫苑が天城の家を訪れるようになった。紫苑の家は大きな商家で、父親の商談に付いてきたのだ。紫苑と俺は同い年ということもあり、直ぐに意気投合した。

 紫苑は調子の良いヤツで、誰にでもいい顔をした。彼は父親の跡を継ぐ気満々で、商売のコツについて良く話していた。お世辞と笑顔が商売を成功させるコツなのだとか。我が家の使用人も殆ど彼に籠絡されていたと思う。彼のポケットにはいつも誰かから貰ったお菓子が入っていた。

 俺にはとても真似できない技だ。

 俺が紫苑と遊んでいると、明日葉の姿が視界に入った。俺はいつものように明日葉の気を惹こうと、巨大な蜘蛛がぶら下がった枝を差し出した。この蜘蛛の背中の模様が綺麗だったので、是非明日葉に見せようと思ったのだ。

 明日葉は突然のことでビックリしたのか転んでしまった。そこに手を差し出したのは紫苑だった。明日葉はその手をおずおずと取ると立ち上がり、小さな声でお礼を言った。紫苑が見え透いた笑顔(営業スマイル)で浮ついた言葉を並べると、明日葉はその言葉を真に受けて真っ赤になった。


 何だか面白くない。


 明日葉の目をコッチに向かせなければならない。俺はとっておきの宝物をポケットから取り出した。しかし、俺のとっておき、蛇の抜け殻を見せても明日葉は笑顔を見せなかった。


 知ってるか? 蛇の抜け殻は金運が上がるんだぜ!


 それ以降、紫苑と遊んでいると、明日葉が俺たちを覗いている姿を何度か見掛けた。声を掛けると、明日葉は紫苑には微笑むのに俺には微妙な表情を見せた。

 未だに何故かは分からない。



 あれから時が過ぎ、俺は王立魔法学院に入学し、その一年後、魔法剣士科の院生として進学することになった。そんな時、母から『明日葉が魔法学院に入学するので、ちゃんと面倒を見るように』との手紙が届いた。


 大丈夫、俺は昔の俺とは違う。


 魔法剣士科の特別カリキュラムでは、現役の騎士との共同訓練が組まれている。その際、俺は世の女性の憧れという騎士達から『どうすれば女の子が喜ぶか』をちゃんと聞いているのだ。


 俺に抜かりは無いぜ。


 それによれば、女性には贈り物をすれば喜ばれるそうだ。もちろん、子供の頃のような蝉の抜け殻や蛇の抜け殻のような物は、成長した今では喜ばれないだろう。

 さあ何を贈ろうか。

 鉄アレイ、ダンベル、グリップ、プロテイン……

 一年ぶりの明日葉との再会に向け俺は心を躍らせた。


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