名付けなかった母
戦乱に惑う場所から少し離れた火山にて。
「なんだこいつはぁ…」
疑問の言葉をつぶやくやや大柄なドラコの少女セッカの前には赤く輝く繭のようになった『赤結晶の繭』と、その繭から出てきたヒューマに見える『白い長髪の裸の子供』がペタンと座りこんでいた。
周りのドラコの大人たちも疑問を浮かべ、目の前の出来事に理解ができない顔をしている。
無理もない。この『赤結晶の繭』はつい3日前にこのドラコの一部族『ベルズ』が住む火山の洞窟。その最も深く、神聖とされている場所にできていた。そして繭が現れた当初は部族一同がその繭を崇め奉った。
しかし、その繭からずるりと出てきたのはまだ12歳ほどに見えるヒューマの子供らしき『何か』だった。
セッカは目の前の光景を整理する。
(なぜヒューマの子供が赤結晶の中にいた…?)
(そもそも赤結晶の中にいるってなんだ?)
(そしてこのガキは素っ裸でこの洞窟の熱さの中で依然としているんだ?私たちでさえここに入るには多少の息苦しい熱さに耐えないといけないのに…!)
(だめだ。考えても考えても何もわからねぇ!?)
セッカが考えている間に隣のドラコの老人がセッカに「何か話しかけろと」囁き、立ちすくむ皆の前に一歩分セッカを突き出した。
(このジジィ…‼後で覚えておけよ…!)
恨み言たっぷりに自身を『何か』の前に突き出した老人を何度か振り返りながら『何か』に近づき話しかける。
「よ…よう。お前どこから来た?名前は何っていうんだ?」
とりあえず当初の疑問とこの下手をすれば一色触発という雰囲気に、良い風穴を開けるべく無難かつ、目の前の存在の正体を暴き、かつ無難な質問をした。
(このガキの正体がわからない以上、熱線で攻撃するわけにもいかねぇ。小規模な光魔法でも洞窟にいる皆が生き埋めになるかもしれないからな…)
息を吞みながら思考を巡らせ、答えを待つセッカを前についに『何か』は口を開いた。
「なまえ…?どこから…?」
少年とも少女ともとれる妙に幼い声で『何か』は疑問を疑問で返した。
「いや!名前ぐらいわかるだろ⁉他にもどこの町や町から来たとか言えるだろっ⁉」
セッカも思わず勢いよく疑問で返した。
(やべえっ!つい勢いで返したけど目の前のことに対して町と村はないだろっ…)
返した言葉に一瞬で後悔をしたとき『何か』はセッカの質問に答えた。
「まち?むら?わかんないや。ぼくがしっているのはお母さんからの役割だけ」
後半の言葉だけ幼さを消しながら『何か』は質問に穏やかに答えた。
「じゃあその『お母さん』はどこにいるんだ?『役割』ってのは?」
セッカは『何か』との会話を進めた。少なくとも目の前の存在が何もわからない自我すら曖昧なような状態ではなさそうだったからだ。
「お母さんはここ」
そう言う『何か』は地面を指さす。
「役割はことばをはなすものをすべてそらにとばすこと」
言っている意味が分からなかった。
セッカとその場の皆の疑問が深まり、増えたときにベルズ族の長であるアドュリが会話に入ってきた。
「セッカ。そいつの世話をしてやってくれないか?どうやらそいつ、お前に懐いてるみたいだからな」
「ハァッ⁉」
アドュリの方を振り返ると皆がうなずきながら洞窟から離れようとしていた。
あたふたしていると『何か』はじっとセッカを見つめた。
「ちくしょう…」
『何か』がつぶらな瞳でセッカを見ているとセッカは今できた自身の役割を理解し、自身の腰より少し大きい『何か』を持ち上げ、目を合わせた。
「私はセッカ。今日からお前を世話するセッカだ。お前は……そうだゼルでどうだ?この山の逆さ読みだ。」
「ぜる…?」
この瞬間から『何か』は『ゼル』となり、やがてこの惑星『ステラ』の巨大な思惑の歯車が動き出した。
設定です。
セッカ…17歳・身長174㎝ほどの赤髪のドラコの少女。口調はは荒っぽいが、根が優しく周りにもそれを理解されているため、よくいろんな厄介事を押し付けられる。両親は過去の戦争で戦死。幼いころから両親に教えてもらった掌から熱線を発射する火魔法「ベート」を得意としている。
ゼル…突如ベルズの集落内の洞窟にできた『赤結晶の繭』から出てきた得体のしれないヒューマのような者。自身の役割と母親のこと以外は何も知らない。
アドュリ…39歳。身長196㎝。黒髪で全身傷だらけのドラコの男。ベルズの長であり、かつてのヒューマとの戦争の生き残りでありベルズ族最強の男。ヒューマを部族の誰よりも恐れており、ヒューマを部族の誰よりも知っているからこそ、セッカにゼルを任せた。