6
「シンさん! シンさん居ないの?」
時間をたっぷり掛けて降りたから辺りは暗い。
幸い月の明かりがあるから足元ぐらいは分かるが、満月の晩ではないから明かりが少なくどこに何があるのか分からないのがもどかしい。
それでも怪我1つなくあの岩場を降りられたのだから僥倖としか言い様がない。
シンさんが去って行った方角に歩き始めたものの、風もない生ぬるい空気の夜は何故だか居心地が悪い。
「シンさん? どこですか? シンさん!」
ダンジョンの方に向かって歩き続ければシンが居なくても誰かしらの冒険者が居るはずだ。
その人に保護してもらって街に帰ればいい。
そう思うのにさっきからずっとシンさんの名前を呼んで歩き続けている。
シンさんに運ばれていた時はあっという間だったのにあたしが歩くとどうしてこんなに時間が掛かるのだろう。
明日は筋肉痛になりそうだと思いながら歩く。
「シンさーん! お願いだから返事してください!!」
もしかしたらモンスターの生き残りが居るかもしれないと声を落としていたが辺りは静まり返ってて何か居るようにも思えない。
だから出せる限りの声量でシンさんの名前を呼ぶ。
「……居ないんですか?! 迎えに来るって言ったじゃないですか!!」
聞こえない。何も。あたしの声が岩場に反響して消えてっただけだ。
「あたし帰っちゃいますよ! 帰ってシンさんよりとびっきり言い人見つけて結婚しちゃいますよ!! 返事しろー!!」
しろー!! しろー!!
「……もう、どこに居るのよ。シンさんの馬鹿」
あたし1人馬鹿みたいに騒いじゃってるじゃない。
どこまで歩いても同じような景色に全然歩いてないけれど、休憩してしまおうか? と思いつつも歩くのはやめない。
少しでも歩けばいつかはダンジョンの入り口にたどり着く。そしたらそこに居る誰かに頼んで街に送ってもらおう。ううん、それよりもシンが無事なのか聞こう。
これだけ待っても姿を見せないんだもの何かあったに違いないわ。
「とりあえず歩かなくちゃ」
そうよ。シンさんの無事を確認するのも人の居る場所に行かないと始まらないんだもの。こんなところなんかで立ち止まってなんかいられないわ!
◇◇◇◇◇◇
ダンジョンに近付く程まだ火の手が残っているのか、焦げ臭い匂いとちらちらと踊る炎の中に鉄錆び臭い匂いが強くなってくる。
その内視界には焼け焦げたモンスターの死骸だけではなく人の死体に出くわすこともある。
悲鳴を上げて逃げ出したくなるけど、シンさんだったら嫌だし、もしかしたらまだ生きているかもしれないと一縷の希望にすがって声を掛けるもシンではなかった安堵と亡くなってしまった人への冥福を祈ってから先に進む。
「シンさん! シンさん! お願いだから返事をしてください!!」
もう生きているとかどうでもいい。ただ姿を見て安心したかった。
足も疲れて棒のように感覚がマヒしてる。だけど、ここで歩みを止めたらもい歩けなくなりそうで歩くのを止められない。
「シンさん居ないんですか?! 戻って来るって言ったのに!!」
もう恥も外聞もなく叫び始めた。
だってこれだけ歩いてても生きている人にもモンスターにも出くわさないから誰も居ないんだ。
戻って来るって言ってたのも嘘だったんだ……。
「あれ」
そんなことを考えていたら涙があとからあとから溢れ出てくる。
ここで大泣きしたって体力の無駄でしかないのに全然泣き止む気配がなく嗚咽まで出てきそうでどうしようもない。
「シンさんシンさん」
戻って来るって言ったのは嘘ですか。あたしが作ったお菓子が美味しいって言ったのも嘘ですか。あたしが好きだと言ったのも嘘ですか。
「シンさんシンさん」
どうして戻って来ないのよ。どうして……。