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「いいじゃない何が嫌なのよ」
「ジェシカまで……そうね、嫌って言う訳じゃないの」
「じゃあ、どういう訳よ」
話しなさいよとお店のお昼休みに近くのお店にジェシカと食べに来た時にあの2人に勝手に決められてしまったお出かけのことをぽろりとこぼせばあの双子と同じような返事にがくりとしてしまう。
「嫌じゃないんだけど、あの人のこと全然知らないし、顔はいいと思うのよ。でも、何て言うか何か物足りないっていうか……」
「イオって夢見る夢子ちゃんだったの? そんなトキメキというか、情熱的な恋がしたいってことでしょ? あんたいくつなの」
「情熱的かどうかは分からないけど、確かに好きになった人と一緒になりたいって思う」
「贅沢ね」
「そう?」
あたしからしたら選り取り見取なのに振り向きもしないジェシカの方が贅沢だと思うんだけど。
「じゃあ、シンだっけ? あの冒険者とトキメキようなことがあれば付き合うの?!」
「うーん」
付き合うって言われてもあの人と付き合うイメージが全く湧かないんだよね。
そんなことを言ったら今度は怒って来そうなので大人しくしておこう。
「で、デートはいつ?」
「定休日だから3日後よ」
何だか面倒臭くなって来ちゃったから当日は行きたくないけど、あの双子が前日から泊まりに来るから逃げられないのよね。都合よく風邪でも引かないかしら。
「……もしかしてジェシカも?!」
「何が?」
「あの双子みたく面白がって服とか選ぶんじゃないかって思ったんだけど……」
「そこまで暇じゃないわよ」
「あいたっ!」
デコピンまでするなんて酷い。思わずじゃないんだけど、を睨むも素知らぬ顔で憎たらしい。
「あんたが付き合うにしても断るにしても早めに決めた方がお互いのためよ」
「じっくり考えてから返事してもいいんじゃないの?」
「馬鹿ね。時間掛け過ぎると別の人のところに行く人も居るけど、そうじゃない人を断ったとしてもあなたの為にこんなに費やしたのにとか言って包丁持ってくるようなヤバい奴も居るんだから気をつけないと」
「何それ怖い」
ジェシカもそういう危ない人に付きまとわれたことがあるとかで昼休みはそういった怖い話を聞かされて終わってしまった。
そういう怖いことは考えたくはないし、あの人はそんなことしなさそうだけど、そういった怖いことをする人も居るって忘れないようにしておこう。
そしてあっという間にシンさんと出掛ける日。
朝からというか、昨日の夜から全身いじり回されてぐったりしてるけど、残念ながら風邪を引くようなことはことはなかった。
そしてあたしは今走っている。
何故かって? 約束はしたけど、時間は決めてなかったのよ!!
もしかしたら待たせてる可能性もあるから急いでるの。
どこに行くのか分からなかったから踵の低い靴にしてもらえたのは幸いだったわ。
でも、走ったせいでせっかく纏めてもらった髪か崩れてきそう。まだ来てない可能性もあるから髪整えてからゆっくり行こうかな。
「いたっ!」
「へ?」
諦めてゆっくり歩き始めた時、いきなり大声が響いたと思ったらぐいっと腕を引っ張られた。
「なっ……」
「よかった。中々来ないからどこかで怪我してるんじゃないかって心配になって探してたんです」
「あ、あの、すみません。あの日約束の時間決めてなかったのでうっかりしてました」
びっくりしたけど最近よく聞く声だったのと、あたしを心配する言葉が頭上から降って来たので振り返ればやっぱりシンさんだったので、とりあえず謝っておいた。
「時間……そういえば決めてませんでしたね」
「ええ、えっと、シン、さんでしたよね。何時から待ってたんですか?」
「それは……それより今日行きたいところありますか? なければ」
「何時からですか?」
「えっと、その、6時からです」
「6時?!」
びっくりして叫んでしまった。
あたしの声にびくりとシンさんの肩が揺れる。
「あの、6時っていくらなんでも早すぎませんか?」
あたし11時ぐらいに家を出ようとしてたよ。
双子は夜にじゃないかとかディナーを食べに行くとかじゃないかと騒いでいて五月蝿かったのでまだ10時ぐらいだったけど家を出てきた。
一緒に出掛けるの最初だからランチ食べてバイバイとかじゃないかと考えてたのに、シンさんは予想以上に早かった。
「いえ、あの、早く目が覚めてしまって……」
「そんな時間から待ってたらお腹空きませんか? まだお昼には早いですけどお昼にした方がいいですか?」
「大丈夫です! 冒険者なんてやってると食べない日もあるんで」
「いや、それ大丈夫じゃないです。それに今日は戦わないんでしょ?! だったら尚更食べられる時に食べとかないと!」
あたしなんて一食でも食いっぱぐれたら力が出なくてふらふらし過ぎて色んなところにぶつかったりして周りに迷惑掛けちゃうのに。
お店に入ったばかりの頃に思いっきりやらかして以降どんなに忙しくてもあたしが食事を抜くのは厳禁になった。
それなのに食べなくても平気な人が居るなんて!! そう思ったらいてもたってもいられずにシンさんの腕を引っ張って手近なお店に入る。
「何か食べましょう」
「いや、でも」
「行きたい場所は逃げないでしょ。それとも私と食事するのは迷惑ですか?」
「とんでもないです。食べましょう」
シンさんの返事を聞いてにこりと笑った。
「それで今日はどこに行くつもりだったんですか?」
お会計の時に支払う支払わないの悶着があったけど、それはあたしが勝って自分の分は自分で支払わせてもらった。
「実はダンジョンに行こうかと」
「ダンジョン?!」
ダンジョンってあのダンジョンよね?
モンスターのいっぱい出る洞窟や城跡なんかもいつの間にかダンジョンになってることもある。
ダンジョンの中は異空間になっていて空間そのものが危ないっていう学者も居るぐらいであたしのような戦えるスキルのない人間は入らない方がいいって言われてるぐらいなのに。
「いえ、ダンジョンって言っても弱いモンスターしか出ないところですし、そういったダンジョンの一階層は観光地みたいになってるんですよ!!」
「そうなんですか」
あたしなんかが行ったら死んじゃうんじゃないかっていう恐ろしさで固まってると慌てたようにシンさんが説明してくれた。
「それに何があっても俺がイオさんを守りますから!」
「えっと、じゃあ、よろしくお願いしますね」
この時見たシンさんの笑顔は多分一生忘れないだろうなというぐらい眩しかった。