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「また来たよ」
「また?!」
今日で何日目だ? あたしが店で会ってからかれこれ1ヶ月近く? よくやるもんだ。
「今日はどうする?」
「どうするもこうするもないでしょ。今手が離せないから断っといてよ」
そう、今日は大口予約のお菓子を作ってるところで、目が回りそうなぐらい忙しい。
あの冒険者らしきイケメンは名前をシンと名乗り、あの日以降何故かあたしが居るか確認するようになった。
暇な時はあたしが接客することもあるけど殆どは売り場の双子にお任せしてる。
「あんなに通い詰めてるのにイオは冷たいわね」
「本当。あたしたちが欲しいぐらいなのに」
「そんなんじゃないわ」
あの人が欲しいのはあたしのお菓子の腕だけなんだろうし。
そりゃジェシカに靡くと思ってたのに靡かなかったのを見た時はちょっとだけ見直したけど、それだけだ。
それに今日は本当に忙しい。売り場の2人、モカとラテに面白半分に聞かれても無理なものは無理としか言い様がない。
「砂糖足りてる?」
「足りてるけど小麦粉足んない! イオ増やしてよ!!」
「だから、あたしは素材までは増やせないわよ! 生地にしてから呼んでよ!!」
追加で注文した分はどうなってんのよ?! と叫べばそれも使い切ってしまって今エメティアが市場に買いに行ってるらしい。
「ってことはイオ暇になったってことよね?!」
「は?」
小麦粉が足りなくてもすることはあるわよと言う前に両腕をがしりと掴まれた。
「あの冒険者の人シンって言うんだけど、イオが出てこないとあからさまにしょんぼりして可哀想なのよ」
「そうよ。大型犬みたいでね」
「大型犬って大袈裟な……」
「大袈裟じゃないわよ」
「あ、いらっしゃいませ」
店舗の方に無理やり連れ出されてばっちりシンという冒険者と目が合った。
目が合ったのでとりあえず声を掛けるとぺこりと頭を下げた。
「今日は何にします?」
「イオさんの作った物は」
「あ、すみません今日は大口の注文があったのでそっちに掛かりっきりで今日はそんなに出してないです。ここにある分だと……そうですね、あっちの日持ちする焼き菓子しかないです」
「じゃあ、それを1つ」
「ありがとうございます」
焼き菓子は最初から袋に包んであるからお会計したら終わり。
今日は売り場は人が少ない。大口予約が入ったからいつもより品数少なめにしたせいかな。
「あの、」
「はい。ありがとうございました」
お会計も終わったのでお見送りだと頭を下げているとシンさんが何か言いたそうにしてる。
「あの、休みの日に何をしてますか?」
「休みですか? 他の店の味を知りたいので、食べ歩きか新しいレシピを考えたくてお菓子の本を読んだりしてますが」
嘘です。休みの日は心行くまでベッドでごろごろしてたまに新メニューを考えたりして過ごしてます。
休みの日は何もしたくないんです。出来るだけ寝てたいんですという心の欲望は前にジェシカに言ったらドン引きされてしまったので封印した。
「それなら今度一緒に出掛けませんか?」
「へ?」
「いいですねそれ!」
「私たちもそれがいいと思います!」
「ちょっと!」
どこに? と聞く前に売り場担当の2人が勝手に答えてしまった。
「次の定休日に噴水広場の前にめいいっぱいおしゃれさせて待たせておきます」
「だから……」
あたしの話を聞いてよ!
シンさんは売り場のモカとラテの返事に頷くとさっさとお店を出て行ってしまった。
「ちょっと何で勝手に決めちゃうのよ!!」
「いいじゃない。イオ今彼氏居ないんでしょ」
「そうだけどあたしの予定ぐらい聞いてよ!!」
「じゃあ、聞くけど家でごろごろする以外の予定ってあるの?」
「……ないわ」
悔しいけど何もない。
「はい、決定!!」
「当日の朝イオの家行って服と化粧しよう!」
「待って! この子休みの日はずっと寝てるだけだし、店に来る時の服もイマイチよ!」
「あたしたちの服持ってく?」
「どうせなら新しい服買いましょうよ。どうせこの子寝てるだけなんだからお金あるに決まってるわ」
イマイチって、あんなんでもあたしは似合ってると思ってるし、シンプルな服の方があたしは好きなんだ。
それなのに今日の仕事が終わったら早速とばかりに服屋に靴屋にとあちこち引っ張り回されてすっごく疲れてしまった。
今からこれじゃ当日行きたくないって言いにくいじゃないの。