♯9 花水晶
スミレが戦闘用機械人形を初めて見たのは、家族が生きていた頃だ。
その頃はまだアカツキとマスカレードの戦力が拮抗しており、帝都の街中まで侵入されて戦闘が行われる事もあった。
戦場は色々。帝都の中心である中央区は、何とか回避出来ていたが他は別だ。
裕福層が住む東区、商業が盛んな西区、観光の目玉とされる北区。そしてスミレが住んでいた、貧民街と呼ばれる南区。
スミレが産まれてから、南区が戦場になった事は二回あった。
その時スミレは、アカツキの操縦士が駆る戦闘用機械人形に助けて貰った事があった。
大きくて、強くて、格好良くて、人を守れる。スミレにとって戦闘用機械人形はそういう存在だ。
いつか就職する時、自分で選ぶ自由があるならば、戦闘用機械人形の操縦士になりたい。
そうすればきっと、色んな意味で家族を守れる。
「だから私、戦闘用機械人形の操縦士になって、皆に美味しいものたくさん食べさせてあげるね!」
「あらっ嬉しい事行ってくれるじゃない!」
「ははは、楽しみだなぁ。そうなったら父さん、ちょっと太っちゃおうかなぁ」
「お姉ちゃん、じゃあ、私、整備士になってお姉ちゃんのお手伝いするー!」
家族と交わした、約束のような夢の話。
――――それはもう、果たす事は出来ないけれど。
◇ ◇ ◇
「戦闘用機械人形の花水晶と同化……ですか?」
治安維持組織アカツキの格納庫。
二機の戦闘用機械人形を前に、スミレは目を丸くしていた。
するとミズキとコデマリが同じタイミングで頷く。
「そう。サクラさんの花水晶とね。彼女がどうやって戦闘用機械人形に搭乗出来たのかを調べたら、そういう事だったみたい」
「同化というと、どんな感じなんです? 花水晶自体がですか?」
「正確には花水晶のエネルギーですね!」
びしり、とコデマリが手を挙げて続けた。
戦闘用機械人形や自動人形などの動力部に使われている花水晶。それは電気のようなエネルギーを発生させる性質を持っている。
そのエネルギーは、発電機で作られる電気よりはるかに量が多く強力だ。
花水晶が発見された時は、新しいエネルギー源として注目され、数多くの実験が行われた。
しかし残念ながら、それは電気とまったく同じものではなく、市場で出回っている家電製品に流用が出来ないという結果が出た。
花水晶のエネルギーを使うためには、それ専用に作り直さねばならず、コストの面も相まってそちらの計画は頓挫した。
その代わりに考えられたのが戦闘用機械人形や自動人形に使う動力源だ。
戦闘用機械人形等の開発は、花水晶が発見するずっと前から続けられていた。大体の構造も出来ていたが問題は動力源だった。
戦闘用機械人形や自動人形は、理由こそ違えど、動かすために大量のエネルギーを必要とする。それをどうするか――と考えていた時に見つかったのが花水晶だ。
そして花水晶を動力源に、試行錯誤を繰り返して出来上がったのが、今の戦闘用機械人形である。
「自動人形が戦闘用機械人形に搭乗出来ないのは、お互いの花水晶同士が干渉し合うから。なのにサクラちゃんはそれがなかった」
「そうですね。通常なら誤作動を起こすはずです」
「その通り! それで、何が違うのかなって調べてみたんですけど、変換装置が原因の可能性が浮上しました」
変換装置というのは、動力源に一番近い場所にあるパーツの事だ。その名前の通り、花水晶から得られるエネルギーの強さを調整し、変換し、動力回路という人で言うところの血管のようなものを使って必要な部分へ流す役割を持っている。
例えば、腕を動かすために必要なのが、百のエネルギーの内、十だったとする。
そこへ百を与えたら過剰過ぎて不具合が生じる。それを失くすために変換装置を使って百を十にしているのだ。
「戦闘用機械人形の変換装置から、花水晶のエネルギーが僅かに漏れているんですよ」
「ああ、確かそういう話が本に書いてありましたね。でも、それこそごく僅かでしょう?」
「ほら、戦闘用機械人形の変換装置って、機体や花水晶に合わせて大きいじゃないですか。その『ごく僅か』の割合がちょっと違うんですよ。で、どうもその漏れたエネルギーを、自動人形の変換装置が拾っちゃうみたいなんですよね」
「もしかして、変換装置のキャパオーバーという?」
スミレが聞くとコデマリは「そうそう」と頷く。
「それで自動人形側の変換装置が壊れて、花水晶のエネルギーが一気に放出されて、そのエネルギーを戦闘用機械人形の変換装置が拾って、こっちでキャパオーバーして……という流れでした」
「あー……」
なるほど、そういう理由で双方が誤作動を起こしていたのか。その流れを理解して、スミレは軽く頷いた。
「となるとサクラさんの変換装置が通常と違うと?」
「それもあります。だけど、一番は先程も言った同化です!」
「同化」
「はい! ちょっと違ってて面白かったですよ! あと、これは戦闘用機械人形にも絡んでいるんですけど。戦闘用機械人形と動力回路を繋げているんですよ。で、一次的に自分の動力源を戦闘用機械人形側のそれにしているんです」
「戦闘用機械人形の!?」
これにはミズキも驚いたようで、スミレと同じタイミングで目を見張った。
戦闘用機械人形に使われる花水晶は、自動人形のそれより遥かに大きく強力だ。それに耐えられる設計である事がまず驚きなのだが、干渉を失くすために選んだ手段がそれだったとは。
あまりに予想外で、スミレはポカンと口を開けていた。
「……あ、そう言えば、最初に会った時に眠っていましたね」
「あれ、もしかして動力源を切り替えているタイミングだったのか」
サクラを発見した時の事を思い出しながら、二人は呟く。
てっきり撃墜した時の衝撃で、と思っていたが、別の理由だったらしい。もちろん強い衝撃を受けて一時的にシステムが落ちていた可能性もあるが――それにしても。
このサクラという自動人形の少女を設計した者は、一体どういう頭の構造をしているのだろうか。それほどの技術者が世の中に存在していたなんて。
「……会えるものなら、会ってみたいですね」
「色々と聞きたい事もあるしね。――――というわけで」
ポン、とミズキは手を鳴らす。
「上から指令だ。サクラさんの制作者を探すように、ってね」
願ってもない。スミレは大きく頷いて「了解です」と敬礼を返したのだった。