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♯8 はた迷惑な後輩


『世の中はわりと不公平だ。君はそう思わないかい?』


 そう言ってくる人間に、スミレは何度も会った事がある。

 大体はスミレの境遇を聞いて、共感を得ようと話しかけてくる相手だ。

 まぁ確かにそういう面もあるとスミレは思う。

 生まれやお金、地位や権力。それらを持つ者が優遇されて、持たざる者は踏みつけられる。


 ただ最初の一つはともかくとして、後者の三つは各自の努力によって手に入れたものでもある。

 だからスミレはそうは思わない。他人を羨んでいる間に、死に物狂いでのし上がった方が早いと考えているからだ。

 実際にスミレはそうだった。

 死に物狂いで勉強をしてアカツキに入って、戦闘用機械人形(オデット)の操縦士に選ばれて、戦場で戦果を上げた。

 そして今、英雄と呼ばれる白妙ミズキの部下として仕事をしている。


 もちろん勉強に打ちこめたのは白妙家に連れて行って貰ったからだ。そして白妙家の人達がとても優しい人だったからでもある。

 その事に関してスミレは今も感謝しているし、毎月給料からお世話になった分のお金を渡している。

 渡すたびに「そんな事しないで良いのよ」と言われるけれど、それがスミレなりの礼儀だった。


「――――というわけで! 世の中ってのは不公平だと、常々ボクは思うのですよ、スミレ先輩!」


 自治組織アカツキ。その食堂でスミレが食事をとっている目の前で、後輩の少女が熱弁を振るっている。

 彼女の名前は朽葉ヒナゲシ。スミレより一つ年下だ。

 アカツキに入る際に提出する書類をどこかに落としたとかで、困っていたところに偶然出くわし助けてから、このように付きまとわれている(、、、、、、、、、)

 少々悪意のある言葉になってしまったが、理由はある。それは――――、


「ですから! ボクが上に行けないのは実力じゃなくて生まれのせいなのですよっ! ですからスミレ先輩! スミレ先輩のお口添えで、ボクもミズキ先輩のところで仕事させてください!」


 彼女がミズキ目的で、度々こうして、自分も一緒にと言ってくるからである。

 アカツキの人事はスミレの与り知らぬところだし、それこそ生まれがどうのというのは関係ない。

 生まれがどうのと言うならば、それこそ貧民街の南区出身のスミレが、ミズキの部下になれるはずもない。


「あのね、ヒナゲシさん。何度も言っているけれど、私の人事は上の人間とミズキさんの判断です。ここは実力と実績で見てくれるところですよ」

「なら、なおさらおかしいですよっ! だってボク、実力があるのに! ミズキ先輩だって、ボクがいた方が良いと思ってくれます!」


 いや、あなた入ってまだ半年くらいでしょう、とスミレはため息を吐いた。

 アカツキは十五歳以上ならば誰でも求人に応募ができる。スミレは十五になって直ぐに応募し、試験に合格・採用され、二年経った。ミズキの部下として配属されたのは最近。戦闘用機械人形(オデット)の操縦士に選ばれたのだって去年の半ばだ。

 元々、スミレは操縦士を目指してアカツキに入った。だからそのために戦闘用機械人形(オデット)の操縦資格の取得とか、整備技術の勉強とか、アカツキでの仕事と並行して猛勉強したのだ。

 普通は入る前に勉強する者が多いらしいが、貧乏で学が無かったスミレは、その時間をすべて一般教養を身に着けるために使った。

 だからアカツキに入ってからでしか余裕がなかったのだ。戦闘用機械人形(オデット)が大好きだったので、何とかなったようなものである。


 それだけ勉強して、こつこつ仕事をこなして信用を築いて、ようやっと操縦士になって。

 それで戦場に行って大暴れ――派遣された戦場がちょうど最悪の状況だった事もあり――した結果が今の状況である。

 実力を証明というならば、まずは下積みの経験をした方が良い。その流れで認められるものだ。

 まぁ、あとは一つだけ、ちょっと特殊な条件があるのだけど。


 ――――という事を懇切丁寧にヒナゲシに説明しているが、あまり聞いてはもらえない。


「スミレ先輩は、ミズキ先輩と知り合いだから部下にして貰ったんでしょう? 家族ぐるみのお付き合いをしていたって聞きましたよっ」


 不意に、ヒナゲシがそんな事を言い出した。

 おや、とスミレは思った。この辺りの情報は、変に勘繰られても迷惑なので伏せているからだ。上層部は知っているが、その理由でミズキの部下に配属される事はない。

 ヒナゲシは一体どこでその情報を知ったのか。少々捻じ曲がって伝わっているのがスミレは気になった。


「お世話になっていたのは事実ですが、そんなに甘い人でも組織でもありません」

「でもでも、ミズキ先輩がべったりなの、スミレ先輩だけじゃないですかぁ」

「いや、アレは間一髪でセクハラを免れているだけで、ラインを越えたら蹴り飛ばしますよ」


 さすがにスミレもそこは真顔で補足した。

 確かに距離が近い事もあるが、あれはミズキがその場の空気を読んでやっている場合がほとんどだ。

 険悪な雰囲気だったり、ピリピリしていたり。そういう時にミズキがちょっかいを出してスミレが制裁する。するとそんな雰囲気が少し変わるのだ。

 だからべったりというのは語弊がある。

 しかしそれでも納得できないようで、ヒナゲシは「でもぉ……」と食い下がる。

 そろそろスミレも付き合いきれなくなってきた。昼食も終わったし、どうしたものかなと考えていると、


「ママ!」


 とサクラの声が聞こえた。

 声の方へ顔を向けると、にこにこ笑顔で駆け寄ってくるサクラと、その後ろにミズキの姿があった。

 サクラはととと、と走って来て、座ったままのスミレに抱き着く。


「ママ、サクラ、お仕事終わりました!」

「おや、それは素晴らしい。えらい、えらい」

「えへへ」


 ママと呼ばれ過ぎて慣れてしまったスミレは、そのまま受け入れてサクラの頭を撫でる。

 サクラは嬉しそうに目を細めた。

 そうしているとミズキもやって来る。


「うん、サクラさん頑張ったよ。おかげで良いデータが取れた。午後、その事でコデマリと相談があるから格納庫に来てね」

「分かりました」

「み、み、ミズキ先輩……」


 スミレが頷いていると、ヒナゲシが顔を真っ赤にして、あわあわしながらミズキの名を呼ぶ。ミズキは「うん?」と彼女の方を向いた。


「あの! ミズキ先輩、あの、ボク……」

「どうしたの?」

「ボクをミズキ先輩の部下にしてくださいっ!」


 ヒナゲシは同じ台詞をミズキに行った。スミレは手で目を覆う。

 この積極的な部分は褒められるべきなのか、どうなのか。ミズキは目を瞬いている。


「ぼ、ボクだったら、とってもお役に立てると思うんです! 戦闘用機械人形(オデット)だってバッチリです!」

「朽葉ヒナゲシさんだっけ?」

「はいっ!」

「確か君、まだ戦闘用機械人形(オデット)の操縦資格を持っていないでしょう」


 期待に目を輝かせているヒナゲシに、ミズキはそう返した。

 持っていなかったのか、とスミレは目を丸くする。あれだけ豪語しているのだから、てっきり持っているものだと思っていた。


「そ、それは……でも、次は受かります! ですからっ!」

「受かってからの話だね。操縦士に選ばれて、戦場での行動を見てから、上が配属先を判断する。俺もそういう流れで操縦士になってるから」


 縋るヒナゲシを、ミズキはそう言ってさらっと躱す。

 正論である。彼女はしばらく唸っていたが「もういいです!」と言って食堂を走って出て行った。


「たぶんまた来るよね、あの子」

「来ますねぇ……十回くらい同じ台詞を聞きましたから」

「向上心があるのは良い事だけど、俺の部下ってそんなに良いものじゃないよ」

「それを自分で言っちゃいますかね」

「言っちゃうよ~? だって俺、自覚しているもの」

「そうですか。……でも、それだけじゃないと私は思いますけどねぇ」


 ヒナゲシの背中を見送りながら、スミレとミズキは肩をすくめたのだった。



◇ ◇ ◇



「もう、もう、もう!」


 スミレとミズキににべもなくお断りをされたあと、ヒナゲシはむくれながらアカツキの建物の中を歩いていた。

 ヒナゲシの様子に、すれ違う人達が目を丸くしている。しかし彼女にはそれが見えていないようだ。

 不満と憤りを言葉にしながら、彼女は自分が配属されている部署に向かっている。


 ヒナゲシが配属されたのは『広報課』だ。

 治安維持組織アカツキの活動実績や、何かしらのお知らせ、イベントの連絡等を帝都市民へ伝えたり。

 また帝都市民からの要望などをアカツキへ伝え、両者の関係を円滑なものにするのが主な仕事である。


 これも大事な仕事だ。けれどヒナゲシは不満だった。


(広報なんて! ただの雑用みたいなものじゃないですかっ。ボクだって、もっと格好良く活躍して、皆に認めて貰いたいのにっ。スミレ先輩にも、ミズキさんにも! そうしたら、お父さんだって……)


 ヒナゲシの家族――特に父親は、彼女がアカツキへ入る事に反対していた。

 理由は危険な仕事でもあるからだ。

 アカツキとマスカレードの確執は、帝都市民もよく知るものだ。

 仕事自体は給料も良く人気はあるものの、反乱組織がターゲットにしているアカツキに入るという事は、危険な事に巻き込まれる可能性が高くなる。


 だからヒナゲシの父親は反対した。娘を心配しての事だったのだろう。

 けれどその反対を押し切って、ヒナゲシはアカツキに入ったのだ。

 

「……お父さんだって」


 父親の顔が浮かんで、ヒナゲシは足を止める。

 思わず視界が滲んでくる。


「…………どうしたら、皆、認めてくれるんだろ」

「あれっそんなところで立ち止まって、どうしたのー?」


 ぽつりと呟いた時、明るく声をかけられた。

 ハッとして目を拭うと、ヒナゲシは声の方へ振り返る。

 そこには軽く手を挙げ朗らかに笑うアカツキの先輩――――渋紙ルコウの姿があった。


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