♯6 サクラの処遇
サクラの件は思ったよりもあっさりと、上層部に認められた。
アケビの報告書とミズキの説得が効いたのだろう。
たぶん一番は、
「もしかしたら、自動人形による戦闘用機械人形の搭乗が可能になるかもしれません」
という部分が大きかったようにスミレは思っている。
もちろんサクラが敵機に搭乗していた事については危険視されていた。
その事でアカツキの本部に呼ばれ事情聴取等は行われたが、事前に提出されていた資料諸々のおかげで、スミレがどうの、という話は出なかったそうだ。
あと、予想外な話ではあるが、
「サクラちゃ~ん、ぬいぐるみ好き?」
「サクラ、ぬいぐるみ好きです」
「そうかそうか。なら、編みぐるみを編んであげようかのぉ」
「あら、素敵ね! なら私、それのお洋服を作ってあげようかしら!」
などと上層部の年配の面々からサクラは大人気だった。何でも孫みたいで可愛いらしい。
でれでれした顔でサクラを撫でる面々を見て、普段のキリッとした顔しか見た事がなかったスミレはわりと衝撃を受けた。
ただ、そんな彼らであっても、やはり歴戦のアカツキの人間だ。
「何かあったら一刀両断くらいは出来るからのう」
なんて腰に下げた刀を叩き、笑顔で言っていた。
冗談ではなく、実際にするだろうなとスミレは思っている。
まぁ、そんな調子でサクラの事は認められた。
彼女関係の事情については、上層部の面々が上手くやってくれるらしい。
とりあえず一安心である。
「ママ、ママ。サクラ、ママと一緒にいていいって言われました」
「ママではないんですが、そうですね。許可が出たので一緒で大丈夫ですよ」
「えへへ……」
サクラは始終にこにこして、スミレにそう話しかけてくる。本当にこんなに懐かれるなんて、自分の事はどういう風に組み込まれているのだろう。
スミレはサクラと手を繋いで歩きながら、そんな事を考える。
するとサクラを挟んで反対側を歩くミズキが、
「スミレさん、顔がちょっとにやけている」
と言った。えっと思って窓に移った自分の顔を見ると、やはりちょっと締まりのない顔をしている。
空いた手でスミレは頬を揉んだ。
「最初は渋い顔をしていたのにねぇ」
「そこは否定しませんよ。……ただ、まぁ、こういうの。ちょっと懐かしいなって思ったもので」
「そっか」
スミレがそう答えると、ミズキは少し目を伏せた。
そんな会話をしていると、
「あっ! スッミレちゃーん!」
なんてやたらと元気な声が聞こえて来る。
顔を向けると、アカツキの制服を着た赤毛の女性が、こちらに向かって走って来るところだった。
名前は渋紙ルコウ。歳は二十七で、スミレがアカツキに入った頃から気にかけてくれる先輩だ。
「ルコウさん、こんにちは」
「はーい、こんにちはー! ミズキもついでにこんにちは!」
「ついでというのがちょっと気になるけど、こんにちは」
ルコウに挨拶を返すと、彼女はにこにこ笑ったまま、ふとスミレと手を繋いだサクラに気が付いた。
彼女は目を瞬くと「あら、可愛い!」としゃがむ。そしてサクラと目線を合わせると、ことさら笑みを深めて「こんにちは~」と言った。
だが、
「…………」
何故かサクラは無言で、スミレの後ろに隠れてしまった。
これは意外だった。先程、お偉いさん達の前でも彼女は堂々としていた。なのにルコウは駄目らしい。
スミレは後ろを見て「サクラさん?」と呼び掛けるが、彼女は出てこようとしない。それどころかスミレの服をぎゅっと掴んで、顔を隠してしまった。
「……すみません、ルコウさん。この子、人見知りなんです」
咄嗟にスミレはそう言った。自動人形に人見知りがあるかどうかは分からない。けれど先程までの彼女の様子と違っていたので、少し気になったのだ。
するとミズキも、
「そうそう。俺も最初、なかなか顔を見て貰えなくてねぇ」
と話にのってきた。実際にはそんな事はなく、普通にやり取りをしていたが。
ルコウは「そっかぁ」と残念そうに言うと立ち上がった。
「それは悪い事しちゃったな~。ところでこの子、どうしたの? スミレちゃんの妹さん?」
「ああ、スミレさんの知り合いから預かった自動人形なんだよ。しばらく一緒に行動するからよろしくね」
「へえー、そうなんだ!」
上層部と相談した内容をミズキが伝えると、ルコウは目を丸くした。
自動人形である事を隠しても、何かのきっかけで露見する可能性が高い。人と同じ見た目をしていても、やはり根本が違うのだ。
黙っていてバレるより、多少の嘘を混ぜて、最初からバラしてしまった方が問題が大きくなりにくい。
そういう結論が出た。
なのでサクラは『スミレの知人の自動人形』という経歴になっている。
「そう言えば、ルコウさんはお仕事帰りですか?」
「うん、そうよぉ。悪い人を捕まえてきたの!」
「抽象的!」
「悪党は大体一緒だわっ」
そう言ってルコウは胸を張る。
確かに法を犯したという一点に置いて、悪党という区分は大体一緒である。
それは分かりやすくて良いな――なんてスミレが思っていると、
「スミレさん。顔に全部出ているからね?」
なんて言われてしまった。バレている。
スミレは少し慌てて眼鏡を押し上げて「いえ、そんな」なんて誤魔化したが、ミズキは半眼になっていた。
「アハハ。本当に仲良いわよねぇ、二人って」
「仲良いよ~。気の合う上司と部下だからね!」
「気の合う……?」
訝しんだ顔になるスミレ。
ミズキは話やすいし、仕事もしやすい上司だ。しかし気が合うかと言われるとよく分からない。
そこまで気が合うかな……なんて思いながら、スミレはこれまでの事を思い出してみる。
食事の好みはコデマリが作ってくれている料理が好きだから同じだ。
本の好みもオススメしてもらっているものはどれも面白かった。
映画に関しても――――とまで考えて、スミレは「あれ?」と思考を止める。確かに、そこそこ合うのかもしれない。
「私達、気が……合っていたんですか?」
「すごく真顔で聞かれた」
「いえ、あまりに予想外で」
「心底そう思っていたって顔してるぅ……」
がっかりと肩を落とすミズキ。
その様子をルコウはくすくす笑って見ていた。
「ま、良かったじゃない、今分かって!」
「はあ」
そういうものだろうか、よく分からない。
スミレが首を傾げていると、ルコウはハッとした顔で、懐から懐中時計を取り出した。
「あ、まっずい。呼び出しの時間まであと一分」
「まずいどころの話じゃないと思いますよ」
「アハハ、だよねぇ。それじゃ、私は行くわ。またね~」
ルコウはそう言うと、手をぶんぶん振って走って行った。
それを見送って三人は家へ――――スミレの自宅へと向かったのだった。