♯5 料理以外の家事全般
「結論から言うと、この子はマスカレードで作られた自動人形ではなかったわ」
しばらくして、サクラと共に部屋から戻ってきたアケビはそう言った。
「どういう事?」
「前にマスカレードの自動人形を調べた事があったけど、この子に組まれたプログラムは、それと違うのよ。パーツは流用されているけれど」
「敵の機体に乗っていたのに?」
「そう、不思議よねぇ」
聞き返すと、アケビは頷いた。
それは本当に一体どういう事だろうか。
敵の戦闘用機械人形に搭乗していたのだから、関係はあるだろう。
しかも帝都に向かって小型機つきでやって来たのだ。
双方の関係性から考えても、帝都を攻撃に来たと考えて間違いがないだろう。
で、あるにも関わらず、乗っていた自動人形は別物。
そんな事はあるのだろうか。
スミレがサクラを見ると、彼女はにこにこ笑って、また抱き着いて来た。
「ママ。サクラ、がんばりました」
「えーと……えらい、えらい」
「えへへ……」
とりあえず褒めてみると、サクラは嬉しそうに笑った。
ダメだ、ちょっとコレ絆されそう。一瞬きゅんとしてしまった自分に気付き、スミレは頭を抱える。
「ああ、一応、敵対行動を取らないように、新しくプログラム追加しといたわ」
「今の時間で。さすがですね、アケビさん」
「うふふ、まっかせて! あとその子、やっぱり製造者絡みの情報には、かなり強いプロテクトが掛かっているわ。アタシの腕でもしばらくかかるわねぇ」
「なるほど……」
「それ以外の報告書出すから、ちょっと待ってて」
「ありがとう、アケビさん。それ貰えれば上を説得しやすいよ」
「いえいえ~。じゃ、その辺で座ってて」
手をひらひら振りながら、アケビはデスクの方へ歩いて行く。椅子に座ると、彼はキーボードを叩き始めた。
その音を聞きながら、スミレ達はソファーに腰を下ろした。サクラはスミレの隣にちょこんと座った。
「ミズキさん。この子、どうしましょうか?」
「保護……というか監視かな。分からない事が多すぎる。特に戦闘用機械人形に乗れた事が気になるね」
「確かに……。従来だとお互いの『花水晶』の干渉で、誤作動が起きるはずです」
「そう。だけどそれが無かった」
そう言いながらミズキは顎に手を当てる。
そのままサクラを見る。
「この子は一体『何』なのか」
「サクラはサクラです?」
「うん。サクラさんはサクラさんだね。そんな君はどうして、あの機体に乗っていたの?」
ミズキが聞くと、サクラは足をぷらぷらさせながら、
「これに乗ってママのところへ行きなさいって。それで、ママのお手伝いをしてあげなさいって」
と答えた。スミレは首を傾げる。
その言葉だと、この子を作った『誰か』はスミレの事を知っている様だ。
しかしスミレには心当たりがない。自動人形絡みの知り合いなんて、帝都外にはいない。
「ますます理由が分かりませんね……。そもそもお手伝いって、私は特に困っていないのですが……」
「サクラは洗濯と裁縫と掃除が出来ます」
「こんなに小さいのに!?」
思わずスミレは慄いた。どちらも苦手――というわけではないが、仕事の疲れでまとめて後回しにしてしまっているものだからだ。
その様子にミズキは若干呆れた顔で、
「スミレさん、スミレさん。見た目七歳前後だけど、この子、自動人形だからね」
と言った。そう言えばそうだった。
「サクラさん、料理は出来ないんだね」
「サクラは味見が出来ないので、料理はしない方が安全です」
「そっかぁ」
自動人形は基本的に飲食は出来ない。そういう風に見せるような機能を搭載したタイプもいるが、基本的には無い。
人間のような見た目をしていても、そこはやはり違うのだ。
「まぁとりあえず……上が認めて、安全だって証明出来たら、うちで引き取るか」
「本気ですか?」
「本気本気。それにこれだけ懐いてるんだもの、引き離せないでしょ」
そう言ってサクラを示すミズキ。うっ、とスミレは言葉に詰まりながら、サクラを見る。キラキラした目を――まぁそういう素材だが――向けられている。
これは断りにくい。
しかし確かに問題なければ、家事が出来る子が自動人形が一緒にいてくれるのは嬉しい話だった。
(……ま、でも、いいか、うん)
分からない事が多いけれど、自動人形は言葉に裏がない。理由は分からないし、プログラム上のものだとしても、自分を慕ってくれるのは嫌ではない。
それに、こうも思った。ママではないけれど、何だか家族が出来たみたいだと。
それがスミレには少し嬉しかった。
◇ ◇ ◇
三人が帰った後の海老名探偵事務所。
窓から、スミレ達の後ろ姿を見守って、アケビは小さく微笑んでいた。
そうしているとドアが開いて誰かが入って来る。
買い出しに出ていたアケビの助手だ。
「たっだいまー戻りましたーよー! アッケビさーん!」
朗らかにそう言う十五前後の少女は、これでもかというくらい詰まった紙袋を二つ抱えていた。見た目以上に力持ちである。
それにしても、何週間分の買い物をしてきたのだろうか、この子は。
彼女を見てアケビが目を丸くする。
「さっき外でミズキさん達とすれ違いましたけど、来てたんスか?」
「ええ、お仕事でね」
「へぇー。あっ、ていうか、あのちっちゃい子誰ですか? めっちゃ可愛いですね!」
「スミレちゃんのむす」
……娘と言って良いのだろうか。
一瞬、アケビは考えた。いくらサクラがスミレのことを「ママ」と呼んでいても、やはり外見年齢でおかしな事になる。
うーん、と少し悩んだあと、アケビは、
「スミレちゃんの妹だか娘だか、そんな感じの子よ」
と曖昧に話す事にした。助手の少女は首を傾げて、
「へぇー。何か面白いッスね~」
とさして疑問に持たなかったようだ。
大らかなのか、何なのか。探偵助手を名乗るくらいなのだから、もう少し深く考えて欲しいものだが。
アケビが苦笑しながら「そうね」と返すと、もう一度窓の外を見る。
三人の姿はすでに見えなくなっていた。
「でも、あれッスよね。スミレさん、何か嬉しそうでしたよ~」
「そうね。あの子に……ああいう存在が出来るのは、良かったって思うわ」
色々と謎の尽きない子ではあるけれど。
だけど――失う事の多かったスミレに出来た縁だ。
「……家族みたいに、なれるといいわね」
「え? 何スか?」
「何でもないわ。……で、アンタはちゃんと買った分の領収証、貰ってきたのよね?」
「もっちろんです! ……これレシートでした。やべぇ! 貰ってきます!」
助手の少女はサッと顔色を変えると、戻ってきたばかりの事務所を飛び出していった。
慌ただしい事この上ない。
アケビは小さくため息を吐くと、
「うちの家族はほんと賑やかだわ」
なんて笑ったのだった。