♯31 ヒナゲシの理由
太陽珈琲館の地下にある戦闘用機械人形のコックピットで、スミレは各地の情報を得て「ふむ」と呟く。
どうやら数機、こちらへ向かって来ているようだ。
意図はスミレ達の排除か、脱出か。一端通信を切って、そんな事を考えながら、スミレはコックピットから顔を出す。
ヤナギにも同じ情報が届いているので、彼も苦い顔をしていた。
「ヤナギさん、聞きましたか」
「ああ! 闘犬型がこっちにもか、厄介なモン出しやがって」
「まったくです。というわけで脱出しましょう」
そう言いながら、スミレは部屋を見回す。
ここに戦闘用機械人形を置いてあるのだ、外へ出す手段は作っているだろう、と思ったのである。
(―――あった)
ちょうど、入り口と反対側。
戦闘用機械人形の後方、空いたスペースの天井に、それらしき線が見える。
「あそこを開けましょう。ルコウさん、ご協力は」
「アハハ」
「しませんよね、そりゃあ」
「そうね。……フフ、でも、ほんとお人好しだねスミレちゃん。たった今、殺されかけた人間に協力をだなんて」
「今だけ、というわけでもないでしょうが」
スミレがそう返すと、ルコウは意外そうな顔になる。
「十年前のアレ、あなたでしょう?」
そう続けると、彼女は目を瞬いたあと「……そうね」と、僅かに間を空けて軽く頷いた。
少しだけ声のトーンが落ちた気もするが、今は気にしている暇はない。
「ヤナギさん、ヒナゲシさんを。とりあえず私、これを動かして、あの天井開けてみます」
「さっき爆発してたが、使えそうなのか?」
「何事も挑戦ですよ。南区のドブネズミだって、努力すればこれこの通り、操縦士です」
「冗談言ってる場合かい」
「いや冗談言ってないと、わりと緊張してもたないんですよ。時間制限付きなんで」
そんな調子でやり取りを返すと、スミレはハッチを閉じる。
そしてボロボロになった椅子に座り、操縦桿を握る。そして開いた手でモニター前のコンソールを叩く。
「よし、一応は動くな。装備は……」
呟きながら戦闘用機械人形の状態を確認していく。
火器系はないが、腕部分を変換し、爪剣状に出来るようだ。
もともと近接系装備で戦闘を行っていたスミレには有難い。
一通りの動作チェックを終えると、スミレは下にいるヤナギ達の様子をモニターに映す。
そして彼らに向かって、
「動かしますので、気を付けてください」
と声をかける。直ぐにヤナギから「ああ! オーケーだ!」と声が返って来た。
よし、と思いながらスミレは慎重に戦闘用機械人形を動かす。
そして目的の天井の下まで来ると、右腕を爪剣へ変換した。
爪の部分は三本。
スミレはその先を、天井に突き刺し、線に沿って動かしていく。
ややあって、ズズ、と天井が動く。スミレは開いた手でそれを掴み、ぐい、と引っ張って開けた。
そこに広がっていたのは、真っ直ぐ上に伸びた通路だ。その先にはガラス越しに空が見える。
これだけ奇妙な構造だ。たぶん、片側からは見えない加工がしてあるものだろう。
あれは突き破れば良い。
そう考えて、スミレは戦闘用機械人形の向きを変え、膝をつかせ、ハッチを開ける。
「ヤナギさん、全員中へ入れますかね」
「いや、さすがに人数オーバーだろ。俺と渋紙は手の上で良い。外へ出たら、適当な場所に下ろしてくれ」
「分かりました。慎重に行きますね。では、ヒナゲシさん、こっちへ」
「えっあっはい……」
スミレが呼び掛けると、ヒナゲシはおずおずといった様子でコックピットに入って来た。そしてスミレの座る椅子の後ろにつく。
それを確認して、スミレは変形させていない方の手を、ヤナギ達が乗りやすいように開いた。
「よし、いいぞ」
ヤナギからそう返って来ると、スミレは再度ハッチを閉じて、ゆっくりと立ち上がる。
そして背中の飛行ユニットを起動し、上昇を開始した。
(……そう言えば、こういうの昔、ミズキさんがやろうとしていたな)
そんな事を思い出しながら、スミレは目をヒナゲシの方へ向ける。
彼女は落ち込んだ顔でスミレの椅子に両手で掴まっていた。
「ヒナゲシさん」
「ひゃい!?」
スミレが名を呼べば、ヒナゲシはびくりと肩を跳ねさせた。
驚かせてしまった―ーというか、怯えさせてしまったようだ。もう少し柔らかく話しかけるべきだったか、と思いながら、スミレは続ける。
「先ほどはありがとうございました」
「え? さ、さっき?」
「ヒナゲシさんが呼び掛けてくれたから、こうして無事でいられます。助けてくれて、ありがとうございます」
「――――」
そう言えば、彼女は目を見開いた。それからくしゃり、と顔が歪んで、
「うぇぇぇん、しゅ、しゅみれせんぱぁい、ごめんなさぁいぃぃぃ!」
と泣き出してしまった。
これにはスミレもぎょっとして振り返る。
ヒナゲシはぼろぼろ泣きながら、ごめんなさい、と繰り返していた。
「私の態度が悪かったんです。ごめんなさいは私の方です、ヒナゲシさん。追い詰めてしまって、ごめんなさい」
スミレがそう返すと、ヒナゲシはしゃくりを上げながら、首を横にぶんぶん振る。
「ぼっボク、ボク……皆に、認めて、欲しくて……っ。いっしょ、ひっく、先輩達と一緒に仕事したくて……っ」
だから、と彼女は言う。
ルコウの誘いに乗ったのも、それが理由だったようだ。
その話を聞いた時、ちょうど戦闘用機械人形が一番上のガラスのところへ到着した。
スミレは爪剣を動かし、そのガラスを突き破る。破片がキラキラと空中を飛ぶ。
「ヒナゲシさん、ちゃんと止まれたじゃないですか」
「え?」
「治安維持組織アカツキの一人として、ちゃんと、止まれたじゃないですか。その判断が出来る人を、仲間として認めない道理はありません。まぁ、ちょっとは怒られるかもですけど」
というか、とスミレは続ける。
「アカツキに入った時点で、仲間として認められていますよ。あとは努力次第です。それに聞きましたけど、操縦士の資格試験、点数がちょっと足りなかっただけみたいじゃないですか。次ですよ、次」
「…………次」
「そうです。練絹さんも気にしていましたよ」
「…………」
スミレは微笑んでそこまで言うと、ヒナゲシは、こくん、と小さく頷いた。
どうやら涙は止まったみたいだ。
(態度はもちろんだけど。……言葉は、ちゃんと全部言わないと伝わらない)
面倒に思って、そんな態度を取ってしまっていた事をスミレは反省する。
自体が落ち着いたら、上へ、彼女の事についてフォローしよう。
そう思いながらスミレは戦闘用機械人形を太陽珈琲館の前に通りに下ろした。
その時、そこの通り沿い――――目視できる位置で、爆発音が鳴り響いた。




