♯3 自動人形の少女
「スミレさんは見かけによらず、ごりっごりに壊すよねぇ」
「えっ、そうですか? 花水晶は残しましたよ?」
「うん。これでどうしてそこがちゃんと残るのか、いっつも不思議なんだよ」
さっくりと戦闘を終えた二人は、撃墜したマスカレードの戦闘用機械人形の状態を確認していた。
周囲にはスミレが撃墜した小型機の残骸も落ちている。
戦闘用機械人形はともかくとして、小型機は原型を留めていない。ただ、その中央にある動力源の『花水晶』だけは、ひび割れ一つなく残っていた。
金色に輝くそれを拾い上げ「意外と硬いんですよ、これ」とスミレは答える。
「硬度で済む話じゃないと思うんだけど、変なところで器用だよねスミレさん」
「あらやだ、普段は不器用みたいな言い方」
「不器用じゃない、色々大雑把だよ。ホラ、料理で使う食材の切り方とか」
「大きい方が美味しいと思いません? カレーとかシチューとか」
「そこは同意するけど、そこじゃないんだよ」
そんな話をしながら花水晶を回収していく。すると、ピピ、と微かな電子音が聞こえて来た。
瞬時に二人の顔に緊張が走る。それぞれ腰のホルスターから自動拳銃を抜いた。
「コックピット」
音の出所を特定し、ミズキが短くそう言う。スミレも頷いた。
そして慎重に戦闘用機械人形へ近づいていく。
一度、ミズキがスミレを見た。その眼差しに頷くと、スミレは銃口をコックピットへ向ける。
ミズキはそれを確認すると、コックピットのハッチを開けた。
音を立てて開くそれ。その中身を確認して、二人は目を丸くした。
そこには桜色の着物に身を包んだ少女がいた。
歳は七、八歳前後だろうか。眠っているのか、気絶しているのか、目を閉じている。
何故こんなに小さな子が、こんなものの中に。
いや、それよりも――――。
「これは……生体反応はなかったはずです」
「確かに。……いや、待って」
何故、と思っているとミズキが少女に近づく。
そしてじっと見つめた後、
「この子、自動人形だ」
と言った。見て、と指された場所には、確かにうっすらと関節部分がある。
自動人形とは、機械仕掛けの身体を持った機械人形の事だ。
戦闘用機械人形を製造するにあたって、試作品として作られたのが自動人形。AIという人工知能を持って動く人ならざる者。その身体にも花水晶が使われている。
帝都でも一部の施設で稼働している。
今では特に珍しいものではなくなっているが、それでも戦闘用機械人形に搭乗するなんて、スミレは聞いた事がなかった。
もちろん、設計当初はそのつもりで考えられていたらしい。
しかし実際に実験してみたが、戦闘用機械人形の動力部である花水晶と、自動人形自体に組み込まれた花水晶が、お互いに干渉し合ってしまい、双方で誤作動が起きた。
その結果、実験に使われていた施設が一つ吹き飛んだのである。
なのでその計画は頓挫し、今は別の用途で運用されている――というのが自動人形の現状だ。
スミレは自動人形は好きだ。人間よりもはるかに理性的に行動してくれるからである。
感情が無い――とは言わないが、それに左右されない。言葉に裏がない。
だから安心するのだ。言葉や心に隠された思惑を考えなくて済むから。
それにしても、と思いながら目の前の自動人形を見る。
「どうしますか、ミズキさん」
「うーん……。破壊するしかないかな。敵の自動人形だからね」
「そうですね。でも、見た目で心が痛みますね、これは……」
「分かる」
ミズキが何とも言えない顔で頷く。
自動人形とは言え、見た目が子供なのだ。それを破壊するとなると、やはり思うところはある。
しかし放っておいても危険なので、ミズキの言葉通り破壊するのが一番だ。
二人はカチリ、と銃口を自動人形に向ける。
その時、自動人形の目が開いた。
桜色の瞳だ。その子はぱちぱちと瞬きをすると、スミレを見上げる。
「……ママ?」
そして一言、そう呟いた。
言葉を理解するまでに数秒かかった。スミレが「え?」と困惑していると、隣でミズキが、
「スミレさん、この子、お子さん?」
なんて聞いて来る。
そんなわけあるか、と軽くミズキを睨んでいると。
「ママ!」
自動人形はパアッと嬉しそうな顔で笑って、スミレに抱き着いて来た。
「ママ……」
「違いますから! 何でそんな訝しんだ目で見て来るんです、ミズキさんっ!」
抱き着かれ、ママなんて呼ばれ、スミレがあわあわと慌てているのを他所に。
自動人形の少女だけは嬉しそうににこにこ笑顔になっていた。
◇ ◇ ◇
戦いの場から、だいぶ離れた場所。
岩場の間に作られた狭い通路を通った先に、コンテナのような小さな建物があった。
空からも、陸からも見つかりにくいように上手く考え、作られている。
中へ入るとまるで研究所にように、機材や機械が所狭しと置かれていた。
その中に、三十代半ばくらいの男がいた。人の良さそうな表情を浮かべている顔の右半分は前髪で隠れており、右手も手袋がはめられている。
そんな男はデスクに座り、カタカタと軽快な音を鳴らしながらキーボードを打っていた。
「……うん、うん、よし。うまく接触出来たみたいだな」
ディスプレイに表示された荒い画像を見ながら、男は満足そうに呟く。
それから彼は椅子の背もたれに寄りかかると、天に向かって両拳を大きく突き出して、伸びた。
「はー……緊張したぁ……。でも、うん、これできっと大丈夫……かも。うん、大丈夫だといいなぁ」
上を向き、ぽつりと呟く。その時さらり前髪が揺れ、その下に隠れていた顔が現れた。
火傷の跡が残る顔だ。前髪を伸ばしているのは、これを隠すためだろう。
だが、ここには男以外に誰もいない。普段であれば直ぐに直しているだろうが、今は必要ない。
男は天井を見上げると、手袋をはめた右手で、右側の顔に触れた。
「…………頼んだよ、サクラ」
そして男はそう呟いたのだった。