♯29 罠
「さらっと言うじゃねぇか」
そう言ってヤナギがルコウを睨む。
けれどルコウは怯まない。動揺もない。世間話でもされたような雰囲気で肩をすくめてみせた。
「だって、ねぇ。バレちゃったものは仕方ないもの。それとも、もうちょっと面白い演技をした方が良かった?」
「いいえ、話が早いです。ルコウさん、ヒナゲシさんはどこですか?」
「うふふ」
スミレが問うと、ルコウは戦闘用機械人形の方へ指を向ける。
まさか、とスミレは見上げた。
ハッチも閉じているし、ここからはコックピットの中は分からないが、あの中にヒナゲシがいると言うのか。
「ヒナゲシさんに何をさせようとしているんです」
「彼女の望んだ事だよ~」
「望み?」
「そう。――――戦闘用機械人形操縦士になって、活躍して、皆に認めて貰う事」
話しながらルコウは僅かに首を横に傾げる。
普段通りの笑みを浮かべているのが、いっそ不気味に思えた。
「私はね、スミレちゃん。彼女の願いを叶えてあげただけ。まー、ちょっとはね? ホラね、見返りというか? それはしてもらうけどねぇ」
「御冗談を。資格がないければ操縦士にはなれない。その状態で戦闘用機械人形を動かしても、活躍どころか危険人物とみなされる。認めて貰うなんて遠くなる!」
無責任なルコウの言葉に、スミレは怒る。
「願いを叶える手段が違法であれば、正当な対価を求めるのは違います!」
「結果が成れば過程は関係ないよ。だってホラ、ここの店だって、そのおかげで持ち直したもの。お礼って、大事でしょ?」
ルコウはそう言うと、両手を広げた。
そう言えば、確か太陽珈琲館は二年前に経営を立て直したはずだ。
なるほど、とスミレは理解する。
「脅しましたか」
「やだぁスミレちゃんってば、人聞きが悪いなぁ。さっきも言ったでしょ、見返りだって。親切にすがるだけじゃ、世の中はやっていけないよ」
「親切を装ってする事じゃねぇって言ってんだよ」
ヤナギが目を吊り上げて言うと、ルコウは「うーん」と腰に手を当てる。
「じゃあ、誰か助けてくれた? 経営が苦しいですって訴えたら、アカツキは手を貸した? 貸さないでしょ。綺麗事だけを並べて、実際は本当にやり方がぬるいったらないもの」
だから、とルコウは続ける。
「私が手を貸してあげた。それだけだよ~」
その言葉を聞いてスミレは僅かに反応する。
私達ではなく、私とルコウは言った。もしかしたらマスカレード側の指示や判断ではないかもしれない。
この間のバショウとのやり取りでも、マスカレード側で認知していない行動をしている雰囲気はあった。
「もういい、後はアカツキで事情聴取する。山吹、確保するぞ」
「はい」
「アハハ。確保ねぇ……できたらいいねぇ。ねぇ、ヒナゲシちゃん!」
ルコウがそう言った途端、ぐん、と黒色の戦闘用機械人形の目に光が灯る。
機動した。
ヒナゲシが動かしていると言うのか。
「ヒナゲシさん! 資格を持たず戦闘用機械人形を動かすのは、禁止されています! アカツキから罰せられる!」
聞こえるかどうかは分からないが、スミレは戦闘用機械人形に向かって呼び掛ける。
しかし反応はない。
「無駄だよ~スミレちゃん。聞こえてないもの」
「聞こえていないって……何をしたんです!?」
「抵抗されちゃったから、ちょっとねぇ。大人しく協力してくれた方が楽だったんだけど」
ルコウは悪びれた様子もなく言い放つ。
スミレは彼女を睨みつけ、
「ヤナギさん、ルコウさんをお願いします! あれは、私が止めます!」
と言うと、起動途中の戦闘用機械人形に向かって走る。
ヤナギはぎょっとした様子だったが、
「おい、山吹!? ああ、くそ、分かった! 無理するなよ!」
直ぐにルコウに掴みかかった。
ルコウはにこにこ笑って「やだ、こわーい!」なんて茶化しつつ、それに応戦し始めた。
横目で一瞬だけそれを見て、スミレは戦闘用機械人形の足元へ駆ける。
(……こちらを止めようとする素振りが一切ないのが気になるけれど)
とにかく、戦闘用機械人形を止める方が先である。
スミレはコックピットを目指して機体を登り始めた。
ガタガタと起動の振動で揺れる戦闘用機械人形から振り落とされないよう、必死に手と足を動かす。
そして何とか登りきると、コックピットのハッチを拳で叩き、呼び掛けた。
「ヒナゲシさん、いますか! ここを開けてください!」
ダメ元で呼びかけたが、やはり反応はない。
スミレはハッチを自動拳銃で撃つ。ガウン、と音を響かせて数発。
出来た隙間に指を差し込んで、スミレは力づくでそれをこじ開けた。
――――しかし。
コックピットは無人だった。
◇ ◇ ◇
自分の名を呼ぶ声に、ヒナゲシの意識はフッと浮上する。
気が付くと、冷たい床の上に、ヒナゲシは縛られて転がされていた。
「あれ……ボク……何で……」
頭がぼうっとする。
何がどうしてこんな事に――と思った所で、頬に痛みを感じて顔をしかめる。口の中に鉄の味もした。
(確かボク、ルコウさん達に……)
ルコウに連れられて太陽珈琲館へやって来た。
彼女に提案された、戦闘用機械人形に乗って敵を倒す、という作戦のためだ。
だけど直前にスミレの顔が浮かんできて、こんな事はやっぱり出来ないとルコウに断ろうとして――――。
「そうだ、黒色の戦闘用機械人形!」
そこまで思い出して、ようやく意識がハッキリした。
治安維持組織アカツキに入って、ヒナゲシはまだ半年くらいだ。だけど、あの黒色の戦闘用機械人形に塗装されていたマークが、何であるかは知っている。
アカツキと敵対する、反乱組織マスカレードのマークだ。
それを見て、ヒナゲシはアカツキに知らせなければとその場を逃げ出そうとして、殴られて意識を失った。
『うーん、君もダメかぁ。素直に言う事を聞いてくれたら良かったんだけどな』
『この子、腕は良いんですか?』
『まだ駆け出しだから微妙かな。でも、スミレちゃんかミズキ君用の餌にはなるよ。コックピットにアレ、しかけといて』
意識を失う間際、そんなやり取りが聞こえた。
何から何まで情けない。そう思って泣きそうになったヒナゲシ。
その耳に、
「ヒナゲシさん、いますか! ここを開けてください!」
――――スミレの声が聞こえた。
ヒナゲシは目を見開く。そして声が聞こえた方を探す。
すると黒色の戦闘用機械人形のコックピットハッチに、スミレがいるのが見えた。
「あ」
目の奥が熱くなる。
そして同時に、気を失う前のやり取りが脳裏に浮かぶ。
まずい、危ない、とヒナゲシは思った。
「――――ッせん、せんぱい!」
床を這いながら、上半身を反って、ヒナゲシはスミレに呼び掛ける。
声は、スミレに届いた。ハッとした顔でヒナゲシの方へ顔を向け、
「ヒナゲシさん、無事でしたか!」
ホッとした様子で応える。そんなスミレに向かってヒナゲシは叫んだ。
「離れて! 離れて、先輩! 後ろ! 危ないッ!」




