♯27 太陽珈琲館
「ルコウさんと朽葉さんが向かった先が分かったよ」
サクラから話を聞いてから直ぐ、総司令の所へ話をしに行ったミズキは、特務課に戻って来るなりそう言った。
陽珈琲館の本館らしい」
「ルコウさんがいつも買っている珈琲豆の店ですね」
「そうらしいね。領収証がかなりの枚数だ。まさかあの老舗が、マスカレードとグルだとは思いたくなかったよ」
そう言ってミズキは肩をすくめた。
太陽珈琲館は帝都にある珈琲関係の高級ブランドの店である。
先日、サクラと出かけた際に、ルコウが見せてくれたのも、あの店の珈琲豆の袋だ。
値段的にお高いために、スミレは買った事がないが、雑誌でも美味しいと評判だった。
と、言うか。
「マスカレードの財源ってもしや……」
「あそこの、いいお値段だからねぇ……」
バショウとのやり取りを思い出しながら、スミレとミズキは乾いた笑みを浮かべる。
給料とか賞与とか。あの辺りに関連しているのはここではないだろうか、と。
嫌な事実が発覚したものである。
「経理課に頼んで領収証遡って貰ったけど、大体二年くらい前から数が増えているね。ルコウさんが防衛課に異動になったあたりだ」
「え、異動ですか?」
「そうそう。知らなかった?」
「はい」
ミズキの言葉にスミレは頷く。
二年前と言えば、スミレがルコウに出会った頃だ。その時には、すでに彼女は防衛課に所属していた。
てっきりもっと前からいたと思っていた。それに今までルコウと話した時にも、前の部署の話題なんて、一度も出なかったので意外だった。
「ちなみに前の部署はどこだったんですか?」
「広報課だよ。朽葉君と同じね」
「広報……」
それはまた、色々と動きやすい部署だったなとスミレは思う。
広報課で情報を収集し、あちこちに繋がりを作り。そして準備を整えた上で防衛課に異動した、というところだろう。用意周到とも言える。
尊敬していた先輩なだけに複雑だった。
でも、それならば。
(ヒナゲシさんと、話を合わせられやすいだろうな)
スミレはそうも思った。
考えれば、自分も――他人と上手く合わせられなかった時に、一番最初に声をかけてくれたのはルコウだった。
あれが親切心ではなく、意図的なものであったとしたら、上手い。
(私は、ヒナゲシさんの事を避けてしまったから)
朽葉ヒナゲシは向上心はあった。出世欲もあった。たぶん好いてくれていたと、思う。
けれど押しの強さや、暴走しがちなところを苦手に思い、距離を取ったのは自分だ。
何だかんだでヒナゲシは、アカツキに入ってまだ、たった半年しか経っていない。
そんな後輩に自分がしたのは――かつて自分がされたのと、同じ様な行動だった。
(…………最低だった)
苦手でも何でも、取るべき行動は別にあった。
今後悔したところで時間は戻せない。
ルコウに唆されて、大事を起こす前に止める事ができれば、彼女が何らかの罪に問われる事はないはずだ。
ならとにかく、今はそれを考えよう。
「ミズキさん、太陽珈琲館へ踏み込みますか?」
「うん。捜査令状は取れてる。ただ、こちらも手薄にするわけにはいかない。俺か君のどっちかだ」
「なら、私が行きます」
スミレは胸に手を当てて直ぐに答えた。
ミズキは「ふむ」と一呼吸を置いたあと、
「理由は?」
「マスカレードや何かしらの動きがあれば、戦闘用機械人形での出撃が必要になります。その際に、ミズキさんが残っていた方が戦力的に安心です。士気向上にも。あなたはうちの英雄ですから」
「なるほど。で、それは建前だね」
にこり、とミズキは笑う。
「何年の付き合いだと思っているの。それくらい分かるよ、さすがにね。本音は?」
「ヒナゲシさんの暴走の原因の一端は、私にもあります」
「責任?」
「そんな立派なものじゃありません。私の自分勝手な後悔です」
「そうか」
スミレが正直に答えると、ミズキは軽く頷いたあと、少し目を細くする。
「朽葉さんね、たぶん俺より、君に見てもらいたがっていたと思うよ」
「そう……でしょうか?」
「うん。だいぶ懐いてたからね。……スミレさんはそういうところ、まだまだ疎いねぇ」
「……今になって嫌と言うほど実感してます」
「んふふ」
スミレの言葉にミズキは小さく笑う。
それから彼は真面目な顔になって、
「分かった。だけど一人ではなく、防衛課の人間も一緒だ。いいね?」
と言った。スミレは彼の目をまっすぐ見て「はい」と頷く。
するとミズキは満足そうに頷いた。
「でも、そうか。それなら一つ、ちょっと試してみたい事があるんだ」
「試す? 何をですか?」
「うん、サクラさんの事なんだけど」
「サクラさん?」
ここでどうしてサクラの話が出てくるのだろうかと、スミレが首を傾げる。
ミズキはにっこり笑いつつ、周囲を確認しスミレの耳に口を寄せる。
そして小声で何かを言うと、スミレは目を大きく見開く。
「本気ですか?」
「本気本気。こっちも許可取れてるからアジサイに頼んで調整して貰うよ」
「しかし、それではサクラさんが危険じゃ」
「君もしっかりママだねぇ」
「茶化しています?」
「してない、してない。まぁ、大丈夫だよ。俺もフォローするし」
「はあ……」
スミレは若干複雑そうな顔になりながら「分かりました」と返した。
ミズキは「うん」と満足そうに頷いて、
「こっちはいつでも出られるようにしておくよ。さーて、それじゃ……頑張ろうか!」
と言ったのだった。
◇ ◇ ◇
同時刻、帝都クロガネ、西区。
多くの商業施設や、昔ながらの店が多く立ち並ぶそこは、帝都の中でも一際賑わう場所だった。
毎日の食材に、お惣菜から高級品まで。欲しいと思った大体の物は、ここを探せば見つかる。
帝都の商業の中心、流行の最先端。それがこの西区だった。
その西区の大通り沿いに、老舗の珈琲店が存在する。
掲げられた看板にた太陽珈琲館、と刻まれていた。
そこに朽葉ヒナゲシと渋紙ルコウはやって来ていた。
「あ、あの、ルコウさん……ここで何が……」
勤務中に職場を離れてしまったヒナゲシは、その事を気にしながら不安そうにルコウに尋ねる。
しかし彼女からは、
「うん、ここに知り合いがいてね! 今回の作戦に協力してくれる事になっているのっ」
なんてにこやかな笑顔が返って来る。
そして彼女は建物の中に入り、近くにいた男性従業員と話をし始める。太陽珈琲館の制服に、金色の襟章をつけた男だ。
彼はちらりとヒナゲシを見ると、軽く頷いて「どうぞ」と店の奥へ手の平を向けた。
「ヒナゲシちゃん、オーケーだよ。それじゃ、いこっか!」
ルコウはそう言うと歩き出す。ヒナゲシは「は、はい!」と後に続いた。
(……どうしよう、何だか大変な事になって来ちゃった)
歩きながら、両手をぎゅうと合わせて、ヒナゲシは顔を青くする。
本当に大丈夫だろうか。勢いのままに承諾してついて来てしまったけれど、時間が経って、少し冷静になってくるにつれて不安が大きくなる。
それでも「やっぱりやめます」とは言い辛くて、ヒナゲシはルコウの後ろをついて歩く。
店の奥のドアを開け、従業員用の通路を進み。
さらに奥の階段を降りて行く。
その間、会話はなく、靴の音だけが辺りに響く。
(スミレ先輩……)
歩きながら、スミレの事が頭に浮かんだ。
ヒナゲシが何か行動すると、スミレからは大体「ダメですよ」というような言葉が返って来た。
でも、ただダメと言うのではなく、何がダメなのか理由も併せて教えてくれていた事を、ヒナゲシは思い出した。
後で冷静になって考えれば、本当にダメだった行動に対して、スミレはそう言って諫めてくれていた。
(……スミレ先輩、この事、ダメって言うだろうな)
戦闘用機械人形操縦士の資格もなく乗ろうだなんて。そもそもこれに関しては、スミレでなくたってダメだと言うだろう。
戦闘用機械人形は兵器だ。強力な反面、扱いを間違えば危険を引き起こす。だから操縦するには資格が必須とされている。
ダメな事には理由がある。ヒナゲシだって、それは分かっていた。
考えながら顔を上げて、ルコウの背中を見た。
スミレよりずっと前からアカツキに所属しているこの先輩は、すべてを肯定して受け入れてくれた。
ダメとは言わない。頑張ったね、大変だったねと励ましてくれる。
自分の行動を、気持ちを、初めて認めて貰えた気がして、ヒナゲシは嬉しかった。
(――――だけど)
ルコウは優しいけれど、ヒナゲシの過ちを止めてはくれない。
そう考えたら、ヒナゲシの足は止まった。
「あ、あの! ルコウ先輩、ボク、やっぱり……」
「よーし、ついたついた! ここだよ~、ヒナゲシちゃん」
やめます、そう断ろうとした時。
ルコウは大きな鉄製のドアの前で立ち止まり、そう言った。
そして彼女はヒナゲシの言葉をまるっとスルーし、それを押す。
ギイ、と音を立ててドアは開き。
「――――え?」
ヒナゲシの目に飛び込んできたのは、月の無い夜のように黒色の戦闘用機械人形だった。




