♯25 アカツキの上層部
「――――なるほど、バショウがそんな事を」
スミレが喧嘩を止めていた頃。
ミズキはアカツキの上層部の数人に、昨日のバショウとの会話の報告をしていた。
会議室に置かれた円形のテーブルについているのは五人。
その中で、今の言葉を発した六十代の男性が、治安維持組織アカツキの総司令、裏葉ケヤキだ。
「当時の資料や、彼と面識のあった山吹スミレの話からも考えるに、関係者ではあったけれど明確にマスカレードの一員ではなかった可能性が高いです」
「となると、我々は偽の情報に踊らされ、違った人物と捕えていた事になるわね」
「ふむ……。まぁ、完全にシロ、というわけでもなかったようじゃがのう」
上層部の面々はそんな事を言いながら腕を組む。
ケヤキも少し思案して、
「十年前の爆発事件は彼の仕業ではない、と」
「そう考えます」
「なるほど……」
ミズキの言葉にケヤキは軽く頷いた。
それから腕を組み直し、
「……山吹君は大丈夫だったか?」
と少し心配するような声色でミズキに聞いた。
意外だった。ミズキは軽く目を瞬く。
黛リンドウが起こしたとされていた爆発事件。
その際のスミレの家族が命を落とした事は、その後に白妙家に引き取られた事も含めて、ケヤキ達上層部は知っている。
けれど、こうして気遣ってくれるとは思わなかった。
「ええ。思ったより落ち着いていました。むしろ、安堵している様子でしたよ」
「そうか。あまり無理はしないようにと伝えてくれ」
「承知しました」
ケヤキの言葉に、ミズキは胸に手を当てて頷く。
「……しかし、十年前か」
そう言いながら、ケヤキは机の上に置いてあった資料を手に取る。
「先日報告のあった渋紙ルコウだが、その頃にはもうアカツキに在籍していたな」
「彼女が関わっていると?」
「はっきりとはまだ。だが、ここしばらく、少々気になる行動を取っている事が分かった」
「と言いますと?」
ミズキが聞くと、ケヤキは資料の中から、写真が添付されているものを数枚、ミズキに見えるように並べ直した。
どれもアカツキの職員のものだ。その中に、スミレの後輩である朽葉ヒナゲシの写真もある。
一枚一枚と見ていて、ミズキは「あれ?」と思った。
その写真の人物は、ヒナゲシを始めとして、周囲とあまり上手く行っていない者達ばかりだったからだ。
「これは……」
「渋紙ルコウが積極的に関わりを持っている者達だ」
「ルコウさんが……」
それを聞いて、ミズキは頭の中に一瞬、スミレの顔が浮かんだ。
彼女も最初は周囲から浮いていて、ルコウと関わった事がきっかけで、少しずつ周囲との関係が変化していたはずだ。
しかし、彼女はない。スミレはスミレで、意外と単純で素直なのだ。何かおかしな事が出来るタイプではない。
何か言った方が良いか、そう思った時、
「山吹君については調べが済んでいるので、安心しなさい」
ケヤキから先に言われてしまった。どうやら考えている事が筒抜けだったらしい。
それなら良かった、とミズキは胸をなでおろす。
「この写真の子達は、何かしら権力がある家とか、そういうのじゃありませんよね」
「ああ。ただ、周囲と距離があるだけだ」
ケヤキはそこまで言って言葉を区切り、
「懐に入り込めば、扱いやすいのは、そういう人間だ」
と続けた。
確かに、とミズキも思う。
例えば自分から望んでその環境に身を置いた、もしくはそういう風に距離を取っている人間なら別だろう。
けれどそうではなく、何らかの理由で他者と距離が出来てしまったなら。
そういう人間は、気丈に振舞っていたとしても、心のどこかに孤独感を持っている。
そこへ優しい言葉と気さくな態度で近づかれたら、どうなるか。
周囲と距離が出来たまま、その人物だけは味方だと、頑なに信じるようになるだろう。
もちろんスミレのように、それが周囲と関わるきっかけになり、そうならなかった者もいるだろう。
ただ、その過程が『自分に都合の良い味方』を作るためのものであったとしたら。
もし渋紙ルコウが敵で、そういう人物であったなら、吐き気がするとミズキは思う。
「彼女達が何かの合図で動き出す、と?」
「そうでないと良い――としか今は言えないが。現時点では、それぞれに監視をつけているくらいだ」
問答無用で捕らえてしまった方が楽だが、法律としてもそういうわけにもいかない。
それに泳がせておいた方が、逆に利用できるだろう、という判断なのだろう。
「白妙君。先ほど山吹君については調べがついていると言ったが、彼女と関りがある者は数人いる。未だ渋紙ルコウがよく接触している事から、何かしら狙いがあるかもしれない。それに……」
「サクラさんですね」
「ああ。あの自動人形が、山吹君を守るために送られたというのなら、何かしらアクションがあるはずだ」
「分かりました。こちらでも十分気を付けます」
「頼む」
もちろん、頼まれなくたってそのつもりだけど、とも、ミズキは心の中で呟いた。
◇ ◇ ◇
会議が終わって、しばらく経った後。
裏葉ケヤキは自分の執務室に戻り、書類の確認をしていた。
自治組織アカツキのトップであるケヤキの仕事は、いち職員であった頃と比べると、だいぶ違っている。
硬質なペンの音を響かせ、書類仕事をしていたケヤキの机には、古い写真が飾られていた。
ふと手を止めて、写真を見る。
同僚達の姿だ。
この中に、白妙ミズキの祖母ユリの姿がある。
すでに引退した彼女は、ケヤキの先輩だった。
優しく、穏やかで、芯の強い女性。
それがケヤキからの印象だ。孫であるミズキは、彼女によく似ているとケヤキは思う。
アカツキを退職してからは、ほとんど交流がないが、それでも元気でいる事はミズキからたまに聞いていた。
そんな彼女と久しぶりにしっかりと会話をしたのは二年前。
山吹スミレが治安維持組織アカツキに入職が決まった時だ。
『ケヤキ君、こんな事を頼んだら駄目なのは分かっているのだけど、あの子を、それとなく見守っていてやってくれないかしら?』
ケヤキはユリからそう頼まれた。
すでに総司令の立場にいたケヤキだ。一人の職員を特別扱いは出来ない。恩ある先輩からの頼みでもだ。
それをユリに伝えると、
『ええ。特別扱いに、ではないわ。ただ……死なないように見守っていて欲しいの』
と言った。死なないように、とはどういう事だろうか。
怪訝に思いケヤキが聞くと、
『あの子は家族を失ってから、一人で生きようとしているわ。いつでもどこかへ行けるように、どこへ行っても良いように、一つの場所に根を張ろうとしないの』
と言った。それからユリはこうも続ける。
『自分に出来る事を全力でやって、家族の下へ行きたい。無意識にそう思っているのではないかと、私には見えるのよ』
『それはユリさんの想像ですか?』
『ええ、そうね。私の想像でもあるわ。本当はそんな事、ひとかけらだって考えていないかもしれないもの』
『…………』
『うちで引き取ってからずっと、あの子はいっさい弱音をこぼしてはくれなかった。私には、あの子の心の傷を、想像する事しか出来ないの。だから最悪の事態を想像して、動く事にしたのよ。あの子に負担を感じさせない形で』
実際にスミレがどう考えているかは、本人にしか分からない。
そもそも、その本人にだって分からないかもしれないのだ。
人の心を推し量るのは難しい。だから自分にとっての最悪を防ぐために、こうしているのだとユリは言った。
『どうしてそこまで?』
『あら、家族を守りたいのに、理由が必要かしら』
『血の繋がりはないのに?』
『ふふ。結婚相手だって、血の繋がりなんてないでしょう?』
ユリとそんな話をした末に、ケヤキは彼女の頼みを受ける事にした。
特別扱いはしない。贔屓もしない。
ただ、見守るだけだ。
(……しかし、自分で危険な場所に近づいてしまうのは困ったが)
どうやらスミレは戦闘用機械人形に憧れていたようで、あっという間に試験に合格して操縦士になってしまった。
やる気があって腕が良いのだ。どうしようもない。
真綿に包んで危険から遠ざけて守るというのも違うと思い、とりあえずと見守っていたら、死に物狂いの大乱闘をして生還してきたではないか。
さすがのケヤキも青褪めた。そしてその時初めて、ユリの言葉が現実味を帯びたのだ。
約束をした手前、何とかしなければと思った。
しかし腕の良い操縦士は、アカツキにとって貴重なのもまた事実。
ケヤキはさんざん悩んだ結果、ユリの孫達のいる『特務課』への配属を決めた。今回の件でミズキからも、スミレの異動について強い希望が出ていたのもある。
白妙家の人間が二人もいるのだ。生きる側へ繋ぎとめる手段としても、悪くは無いだろう。
利用して申し訳ないと思っていたら、何故かミズキと、その妹のコデマリからはとても感謝されたが。
「…………とは言え、厄介そうなものが自分から寄って来る、というのはな」
思わずぽつりと言葉に出た。
何というか、厄介事ホイホイ、みたいなところがある気がする。
本人に言えば全力で否定されそうだが。
そんな事を考えながら、ケヤキは仕事を再開した。




