♯24 口喧嘩は結構だけど
バショウと話をした翌日は、雲の多い晴れだった。
その日、スミレはいつも通り、サクラと一緒に治安維持組織アカツキに出勤していた。
手を繋ぎながら中へ入ると、数人の同僚が「おはよう」と声をかけてくれる。二人揃って返しながらスミレは、
(サクラさんの力は偉大だなぁ)
なんて思っていた。
どうもスミレは、近寄りがたい印象を与えるらしい。
話せるようになれば、そうでもなかったと言われる事が多いのだが……人付き合いは難しいものである。
(羨ましいか、羨ましくないかと言われれば、まぁ)
人付き合いが自然と出来る人は、やはり羨ましいとも思う。
サクラ以外だと、ミズキやルコウみたいな人だ。相手の懐にするりと入り込めるような、そんな。
まぁ、それはともかく自分は話題の確保が最優先なのだけど。
なんて事を考えながら歩いていると、ふと言い争うような声が聞こえて来た。
あれ、と思いながら声の方を向くと、二人の女性職員の姿が見える。
片方はスミレの後輩で朽葉ヒナゲシ。
もう片方は、数日前にスミレに絡んできた三人組の一人――名前は確か、今様カンナだったか。
「ママ、ママ。喧嘩です」
「喧嘩ですねぇ。人でなしな発言になってしまいますが、すごく関わりたくない……」
「ママは人間ではないです?」
「生物学上は人間ですねぇ」
どちらと関わっても話がこじれそうな気がする。
いっそ、見なかった振りでも……なんてスミレが一瞬考えた時、ヒナゲシがカンナに掴みかかるのが見えた。
「ストップ!」
反射的に、スミレは制止の声をかけた。
ハッとしてヒナゲシとカンナはこちらを見た。
スミレはサクラに「ちょっと待っていてくださいね」と言うと、二人のところへ近づく。
「口喧嘩は結構ですが、さすがに手を出すのはダメですよ」
「先輩……」
そう言うと、ヒナゲシはバツが悪い顔になる。
衝動的なものだったのだろう。カンナに伸ばしていた手をひっこめた。
そしてぽつりと「ダメ……」と呟く。
「はい、それはね。さすがに。アカツキのルール的に問題が……」
「……ダメ、ダメ、ダメ。先輩は、いつもそれしか言ってくれない! ルコウ先輩とは大違いですよ!」
「え?」
ヒナゲシはキッとスミレを見上げると、その場を走り去ってしまった。
(……それは確かに)
そうかもしれない。遠ざかって行く背を見ながら、スミレはこれまでのやり取りを思い出す。
怒っていたのか、悲しいと思っていたのか。去り際に僅かに見せたヒナゲシの表情から、スミレはそれが何か読み取れなかった。
もう少し言い方があったかと、スミレは少し反省する。
空いた手の指で頬をかいていると「あの」とカンナに呼びかけられて、ハッとした。
「あ、そうだ。大丈夫ですか?」
「う、うん。……何で助けてくれたの?」
「助けたとは違いますが、物理的な喧嘩になるのを見過ごせなかっただけです。サクラさんもいますし」
そう言いながら、スミレはサクラの方を向く。
彼女はスミレから言われた通り、少し離れた場所に立って待っていてくれている。
手招きして呼ぶと、サクラはこくりと頷いて、こちらに駆け寄って来た。
「そう。……あの。……あの、ありがとう」
するとカンナからお礼を言われてしまった。
意外な言葉にスミレは目を丸くする。
「ああ、えっと、いえ。でも、何があったんですか?」
「何がってほどの事じゃないのよ。私が戦闘用機械人形の操縦士の資格を取れたって話しただけ」
「それだけですか?」
「そうよ。どこかで聞いたのか、あの子から話しかけてきて。そうしたら、あたしのせいで落ちたとか言われて……意味がほんと分かんない」
「あなたのせいで……?」
「ねぇ、あの資格って、別に人数上限なかったわよね?」
「そうですね。合格点を越えれば誰でも取れます」
「そうよねぇ……」
軽く手を広げて言うと、カンナはため息を吐く。
それは確かに意味が分からないな、とスミレも思った。
今言った通り、戦闘用機械人形の操縦士の資格の試験に、上限はない。
筆記と実技と面接で合格点を越えれば、誰でも取得できるものだ。
だからヒナゲシの言葉は八つ当たりのようなものだった。
だが……。
(いつも少々から回っていましたが、少し様子が)
スミレは、先ほどのヒナゲシの振る舞いから、そんな事を感じた。
厄介なところはあるが、彼女は決して、自分から相手に暴力を振るうタイプではなかったはずだ。
考えながら、忘れるところだったと、スミレはカンナに向かって、
「あ、そうそう。合格おめでとうございます」
と言った。するとカンナは目を大きく見開く。
「え!? きゅ、急に何!?」
「いえ、資格が取れたと伺ったので。任務で共闘する時はよろしくお願いします」
「え? え、あ、う、うん……ありがと……」
スミレの言葉に、カンナは少し頬を赤くする。
それから視線を彷徨わせたあと、
「……あんたって思っていたより、その。普通なのね」
なんて言った。そして彼女はこうも続ける。
「……ドブネズミなんて言って、ごめんなさい」
「いえ、いいですよ。慣れていますし」
「他にも酷い事を言ったわ」
「いえいえ。それも慣れてますから。気にしていませんし」
スミレは軽く手を振ってそう返す。
ちなみにこれはカンナを気遣ったわけでもなく、ただの事実だ。
言われ慣れているというのもあるが、アカツキに入った当初に聞いたミズキの言葉で、気にならなくなっている。
なのでドブネズミだの何だの言われても、スミレは特に気にしていない。むしろ言われた事も忘れていた。
けれどカンナはそうではなく、しっかり覚えていたようで、とても申し訳なさそうにしていた。
「……ごめんなさい。……あの。えっと……また、話しかけて良い?」
それから、彼女はもう一度謝ると、そう続けた。
スミレは目を瞬く。
「はい、構いませんよ」
「ありがと。……あの、またね!」
カンナはようやく笑顔になると、そう言ってその場を走って行った。顔は、まだ赤いままだった。照れていたのかもしれない。
珍しい事もあるものだ、なんて思いながらスミレも手を振り返して見送っていると、
「ママ、顔の温度が上昇しています」
なんて、サクラに言われたのだった。
◇ ◇ ◇
あの場を離れた後、ヒナゲシは行く当てなくトボトボと歩いていた。
息をするたびに涙が出そうになる。
じわりと視界が滲むと、ヒナゲシは制服の袖で強く目を拭いた。
(何で上手くいかないんだろ……)
認められたい。
そのために努力だってしている。
だけどいつも上手く行かない。
自分が空回っている事は、ヒナゲシ自身も分かっている。
だけど、だからなおさら何とかしようと必死になって、どうにもならなくなっていた。
先日受けた戦闘用機械人形の試験だって、結果はダメだった。
落ち込んでいた時に、たまたま「資格が取れた」と聞こえて来て、ついカッとなって絡んでしまったのだ。
それを先輩であるスミレに見られた。止められた。
「……スミレ先輩」
アカツキに入って、初めてヒナゲシを助けてくれたのがスミレだった。
そしてスミレが戦闘用機械人形の操縦士で、なおかつ英雄と呼ばれるミズキの部下だと聞いて、自分もそんな風になりたいと思っていた。
だが今の自分はどうだ。
仕事も、周囲との関係も上手くいかない。憧れた人達にも届かない。
そこまで考えて、ヒナゲシの瞳からぽたりと涙が落ちた。
「ヒナゲシちゃん、大丈夫?」
すると、そっと肩に手を置かれた。顔を向ければ渋紙ルコウの姿がある。
「ルコウ先輩……」
「どうしたの、そんなに悲しい顔をしちゃって、かわいそうに。はい、ハンカチ。使って使って」
「う、うう……せんぱぁい……!」
その優しさにジンとして、ヒナゲシは飛びつく。
ボロボロと涙が後から後から落ちて来る。声を上げて泣くヒナゲシの背中を、ルコウはポンポンと手でさすってくれた。
そしてぽつりぽつりと胸の内を吐露すれば、ルコウは「うんうん」と辛抱強く聞いてくれる。
「ボク、ボク、どうしたら上手く行くんですかねぇ……っ」
「そうだねぇ……。……あ、そうだ! こういうのはどうかなぁ。ヒナゲシちゃんが、戦闘用機械人形に乗って、敵を倒してくるってどう?」
「え……」
ルコウの言葉に、ヒナゲシが目を見開いた。
何を言っているのかよく分からなかったからだ。
戦闘用機械人形の操縦資格も持っていないのに、それはさすがに無理だろうとヒナゲシは困惑する。
「あの、ボクまだ資格持ってなくて……」
「大丈夫大丈夫、実力を見せて、認めさせちゃえば資格なんて特別に発行して貰えるわっ。そういう人、何人か知ってるし!」
「そ、そう……なんですか?」
そんな話は初めて聞いた。けれど、ルコウはアカツキの職員になって長い。そんな彼女が言うのだから、そういう例もあったのだろうとヒナゲシは納得する。
「でも、どうしたら……」
「うふふ、大丈夫! 良い作戦があるのよ。えっとね……」
ルコウはにっこり笑って、人差し指を立てる。
そして内緒話をするように、ヒナゲシの耳に唇を寄せた。




