♯23 偽物か、本物か
それから二日後。
帝都クロガネから離れたとある岩場に、三機の戦闘用機械人形の姿があった。
二機はスミレとミズキが駆るワダツミとシノノメ。もう一機は敵であるマスカレードの人間、バショウの駆るクラウンである。
三人それぞれ戦闘用機械人形から降りて、ある程度の距離を取り、顔を合わせた。
「私を呼び出すなんて、どういう風の吹き回しですか? いやはや、情熱的でシビレますね!」
まず口を開いたのがバショウだ。彼は大げさに手を広げると、にこやかにそう言う。
相変わらずの調子である。何が情熱的なのか――とはスミレは思ったが、いちいちツッコミを入れていたらキリがない。
なので話を進めることにした。
「バショウさんに聞きたい事がありまして」
「ほほう? うちの給料ですか? もしくは賞与?」
「違います。というか、そちら賞与もあるんですか?」
「ほら、そういうの、あるとやる気出るでしょ?」
「そうですね。あなた方の財源を潰したい」
「ストレートに物騒!」
歯に衣着せぬスミレの言葉に、フフ、とバショウは楽しそうに笑った。
それから少しだけ真面目な雰囲気になり、
「……で、何です? 私を呼び出してまで聞きたい事って」
「黛リンドウについて」
「――――」
名前を出したとたん、バショウの目が軽く開かれる。
その反応に、なるほど、とスミレはミズキに目配せする。彼も小さく頷いた。
「知ってらっしゃいますね」
「んー、ええ、まぁね。名前は」
知っているという部分は誤魔化さず、バショウはそう答えた。
否定せず頷いたという事は、その辺りは出しても良い情報なのだろう。
「黛リンドウは十年前、アカツキに捕まって、脱走して、そして行方不明になった」
「ああ、知っていますよ。確か、爆弾使って逃げたんでしょ? いやぁーハデで良いですね!」
「あまりオススメはしませんが」
「んー、でも、ホラ! 私も脱走の時はああいう演出をしてみたいですよ!」
その物言いはいつもの彼だ。悪びれなく言うバショウに、スミレは少し目を細くし、
「……二度目の爆発で、私の家族は死にました」
と告げる。するとバショウの表情が固まった。
へらへらと笑っていた顔が、スッと真剣なものへと変わる。
戦場で何度か通信を交わした事はあるが、バショウのこの表情をスミレは初めて見た。
すると、
「……それは失礼した。あまりに無神経な言葉だった」
と、彼は謝罪した。
正直に言えば意外だった。スミレは少し驚きながら「いえ」と軽く首を横に振る。
「帝都内だって、貧民街の誰が命を落としても「かわいそうだったね」くらいで、あまり気にされませんから。そもそも明確な情報だってそう届かないでしょう」
まぁ、届いていたらいたで困るのだが。
そんな事を考えながら、スミレは話を続ける。
「私が知りたいのは一つ。黛リンドウは、今も昔もマスカレードにいたか、です」
「…………。なるほど。予想がついたわけですね」
「ええ、まぁ。答え合わせがしたいようなものですよ」
「なるほど」
バショウは数回頷くと、
「――――いませんよ」
と答えた。
「黛リンドウという人物は、マスカレードにはいない。昔、戦闘用機械人形の件でごく僅かの期間に協力して貰っただけです。お金に困っていたみたいなのでね。で、その後で、ある人物の提案で、そのままお名前を拝借したんですよ。アカツキに捕まったのは、その辺りが原因でしょうねぇ」
「爆発については?」
「あの人ね、そんな大それた事が出来る人間じゃないですよ。たぶん、誰か別の人間の仕業では?」
「……意外とあっさり答えてくれるんですね」
「フフ。……知らなかったと言えば、理由としてはアリですが」
バショウはそこでいったん言葉を区切り。
「家族を奪われた私達が、無関係な人間の家族を奪っていた。――――サイアクだ」
と、最後は吐き捨てるように言った。その目には怒りの色が浮かんでいる。
別の人間の、とは言ったが、今の言葉を聞く限り、爆発自体はマスカレードの人間が起こしたものなのだろう。
感じたズレは間違いではなかった。その事に、スミレは少しホッとする。
「サイアクだ、ああ、サイアクですよ本当に。私達にもね、一応は、信念ってもんがあるんです」
バショウは乱暴に髪をかき上げてそう言った。
珍しく苛立つ様子のバショウは、一度深呼吸をし、スミレをまっすぐに見た。
それから胸に手を当て、
「お詫びを、レディ。そして――――お悔やみを申し上げる」
と、深く頭を下げたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
一通り話を終え、スミレとミズキが戦闘用機械人形へ戻って行くのを、バショウは眺めていた。
そこへ、一人の女性が近づいて来る。左目の下に泣きボクロのある妖艶な美人――苔野ヤマアイだ。
どこかおっとりとした雰囲気も纏う彼女は、頬に手を当ててバショウと同じように空を見上げる。
「ああん、もう、行っちゃったわぁ~。私も挨拶したかったのに……」
「何を仰る。ついてくるのだってダメだったんですよ? そういう条件ですからね。ミズキ君には直ぐに気付かれたせいで、一言もしゃべってくれないし。最初から最後までずっと警戒していたんですから」
ハァ、とバショウがため息を吐く。
ヤマアイは悪いとは思っていなさそうな雰囲気で、うふふ、と微笑んだ。
そう、元々の条件として提示されたのが、戦闘行為を行わない、お互いが指定した人間だけで話す、であった。
もっともこの条件はスミレ達側から勝手に提案されたもので、別にバショウが素直に呑む必要はなかった。第一、罠の可能性だってあったのだ。
だからバショウからすれば、部下を隠して連れて行って、スミレ達を一気に叩くくらいしたって構わなかったのだ。
実際にそちらの方が、敵であるアカツキの戦力を減らすのに良いチャンスだった。
それをしなかったのは、彼女達からの通信に真剣なものを感じたからである。
なのに、この人は。バショウはヤマアイを軽く睨みながら、肩をすくめる。
今回のことはマスカレードに報告していない。バショウの独断だ。まぁそれで責めて来る輩はマスカレードにはいないのだが、黙って行動していた。
それがどこかでヤマアイに気付かれて、どうしてもとついて来てしまったのである。
ヤマアイは「だってぇ」と口を尖らせる。
「私だって、ミズキ君とスミレちゃんに会いたかったんだもの。私が二人のこと気に入っているって、バショウも知っているでしょう?」
「知っていますよ。隠し撮り写真をあんなに部屋に飾っていればね」
「だって、可愛いんだもの~」
「まぁ可愛いですけどね。それを知られたら絶対、嫌がられますよ、アナタ」
「あら、それじゃ墓場まで持っていかなきゃね」
悪癖を気を付けるどころか、バレないように続けようとしている。
バショウは、うわ、と珍しく引いた顔になった。
そうしていると、
「……それで、さっきの話だけど」
と彼女は少し真面目な顔になった。
「ええ。爆発の件ですね。……黛リンドウ絡みの件は、彼女に一任していたはずです。だけど、その辺りの情報は何もよこさなかった」
「そうなると、今回の作戦、ちょっとまずい気がしてきたわ。成否はともかくねぇ」
「…………」
マスカレードは反乱組織だ。アカツキのやり方が許せなくて、変えたくて、集まった者達が行動している。
非道である。悪である。それはバショウを始めとした、ほとんどのマスカレードの人間が思っている。
自分達は決して、正義の味方ではない。
だけど。
だけど本心から悪になりたいわけでもない。
自分達にだって信念があるのだ。
家族を奪われて反旗を翻した自分達が、当時まだ無関係だった人間の家族を殺した。
その事実はマスカレードにとって――バショウにとって、耐えがたいものだった。
「……調べる必要がありますね」
帝都の方へ顔を向け、静かに、バショウは言ったのだった。




