♯22 記録と記憶のズレ
アカツキに戻って直ぐに、スミレはサクラをアジサイに預け、ミズキに会いに行った。
一緒でも良い――とは思ったが。何となく、彼女に聞かせたくないと思ったからだ。
ちょうどミズキは特務課の部屋にいて、何か書類を作っているところだった。
「あ、スミレさん。戻ったんだ。サクラさんは?」
「アジサイさんと一緒に、格納庫の方にいます。少しお時間、良いですか?」
「良いよ~。何かあった?」
スミレがそう言うと、ミズキは手を止める。
そして立ち上がって二人そろってソファーの方へ移動した。
向かい合って座ると、直ぐにスミレは海老名探偵事務所での話を彼にする。
ミズキは目を少し目を見開いたあと、指を顎にあて、
「なるほどねぇ……。黛リンドウか……」
と呟いた。思案するように目を細くしてから、彼は再び顔を上げる。
「スミレさんはどう思う?」
「違和感があります」
「と言うと?」
聞き返すミズキに頷きで返し、スミレは続ける。
「私、一応、ここへ入ってから黛リンドウに関する記録は、閲覧可のものはすべて読んだんですよ」
家族の命を奪った仇敵だ。その人物の情報を知りたいと考えるのは、自然な話だろう。
だからスミレは、アカツキに入ってからその都度の権限で閲覧できる記録は、すべて目を通していたのだ。
「ですが、あの事件以降、彼の名前は一切挙がらなかった」
あの、とは、スミレの家族が亡くなった事件の事だ。
それ以前であれば、黛リンドウの名前はあちこちに記されていた。
けれど、不思議な事に、あの事件以降は一切、名前が出て来ない。
あの事件。あの爆発現場に、黛リンドウの遺体はなかった。
ならばあの男は生きているという可能性が高い。
「あの男が生きているはずなら、名前の気配すら一切感じさせないのはおかしいです」
「……そうだね。あの事件以降に作られたとみられる、撃墜した戦闘用機械人形のプログラムにも、彼の痕跡はなかった」
スミレの言葉に頷きながら、ミズキは「だけど」と続ける。
「あの爆発で生き延びたとして、その後で死んだ――という可能性はある。名前が挙がらなくなってからは俺もそう思ってはいた。けれど、サクラさんが来た」
「はい。だからこそ、名前がないのはおかしい。それに……」
自動人形のサクラを作った人物の名前は黛リンドウだと分かった。
それすら偽名であったなら、仕方のない話だ。
けれど十年間音沙汰の無い男の名前を敢えて出して、そしてそれをスミレに差し向けるなんてことをされれば、無関係だとは思えない。
そもそもスミレを名指しで来ることがまずおかしいのだ。
戦闘用機械人形の操縦士で、ミズキの部下という肩書ではあるものの、スミレ本人は重要人物ではない。
アカツキの一職員なのだ。
それこそ英雄と称えられるミズキや、天才と呼ばれるアジサイなど、名が通っている者に送るほうがよほど自然である。
なのにリンドウは、サクラを送る相手にスミレを選んだ。
だから『偽名である』という可能性をスミレは早々に消した。
サクラを作った黛リンドウという男は、恐らく、過去にスミレが出会ったあの男だ。
で、あれば。
もしかしたら黛リンドウは利用されていた。もしくは罪をかぶせられたのではないだろうか。
「調べれば調べるほどに、私が出会った黛リンドウと、記録に残された黛リンドウの人物像が一致しないんです」
スミレは胸に手を当てる。
十年前。
あの日、スミレが出会った黛リンドウは、始終自分達の事を心配していた、人の良さそうな男だった。
「あの黛リンドウの振る舞いが演技であったなら、私の見る目がなかった。ですが、どうしてもそのズレが拭えないんです」
「ズレか」
「はい」
違和感一つ感じず、あの男が最低な敵であると断ずることが出来れば楽だった。
けれど記録を読むたびに残ったのは疑問だ。
「……サクラさんが現れなければ、そう思っただけで済ませられたんですが」
「そうだね。……うん。君の目が、恨みや怒りで曇らなかったことを、俺は誇りに思うよ」
するとミズキが優しい眼差しでそう言った。
思いもよらない言葉に、スミレは目を瞬いた。
そんなスミレを見ながらミズキは続ける。
「仮に。仮にだ。彼が冤罪をかぶせられたとしたら。――――身内に敵がいることが確定する」
「……はい」
「その前提で、さて、どうする?」
ミズキに問われ、スミレは頷き、
「マスカレードの一人と接触したいと考えます」
と答えた。想定していた言葉だったのか、ミズキは驚いた様子はなく、
「聞いて、まともに答えてくれると思う?」
とさらに聞き返してくる。
「そこは分かりません。ただ、サクラさんの戦闘用機械人形の話をした時に、バショウさんの様子が変でしたので」
「なるほど。……んー、通信の履歴から、アジサイに解析してもらうかな」
バショウは敵であるマスカレードの人間ではあるが、話が出来ない相手ではない。
引っ張り出せるかは条件次第だとスミレは考える。
ミズキは腕を組み、思案したあと、
「オーケーだ、スミレさん。上は俺が説得する。だから、バショウとの交渉はまかせるよ」
と、ニッと笑ってそう言ったのだった。




