♯21 黛リンドウ
スミレが黛リンドウと出会ったのは、今から十年ほど前。スミレが七歳の頃だ。
出会った、というより、拾ったという方が正しいかもしれない。貧民街と呼ばれる南区の路地裏で、リンドウは倒れていたのだ。
ボロボロの服を身に纏い、あちこち怪我をした彼は、うつ伏せに倒れていた。
リンドウを見つけた時それが誰かは分からなかったが、怪我人を放っておけるほどスミレは非情ではなかった。
家族を呼んできて、彼を家まで連れて帰り、介抱したのである。
スミレの家は貧乏で、他人の世話をする余裕はない。
けれど、
「貧しさは心を弱くするけれど、でも、それに負けたら駄目なんだ」
というのが山吹家の家訓だった。
なのでスミレ達はリンドウを助けた。
その男が治安維持組織アカツキの留置場から逃げ出した、反乱組織マスカレードの人間だとは知らずに。
ただ不思議な事に男は――黛リンドウは、助けたスミレ達に始終申し訳なさそうだった。
自分を助けては迷惑が掛かる。ここにいてはいけない人間だ。
そう言って、ボロボロの身体を無理に動かし、出て行こうとしていた。
それをスミレ達が引き留めて、世話をしたのだ。
男が何者であるかをスミレが知ったのは、男の怪我が治った頃だ。
ちょうどスミレが、小銭稼ぎに靴磨きのアルバイトをしていると、アカツキの職員から声をかけられたのだ。
写真を見せられ、この男を知らないか、と問いかけられた。
――――スミレの家がある方角から爆発音が聞こえたのは、その直後だった。
アカツキの職員達と共に走って戻ると、家は囂々と音を立てて燃えた。
火は何時間も燃え続け――――消化後の焼け跡からは、黛リンドウ以外のの遺体が発見されたのだった。
◇ ◇ ◇
「スミレさん、大丈夫……?」
名前を見て、しばらく呆けていたら、アジサイからそう声をかけられた。
ハッとしてそちらを向いて、スミレは頷く。
「すみません、ちょっと驚いてて」
「そうね。……あたしもだわ」
アケビも同意し、サクラを見る。彼女は目を閉じ、機材に繋がれたまま、作業台で横になっている。
プログラムの解析のため、いったんスリープ状態にしているので、会話はたぶん聞こえていないだろう。
「正直、出て来るとは思わなかった名前です」
「ええ。……そうなると、やっぱりサクラちゃんはマスカレードの関係者なのかしら」
「でも、プログラムとか、パーツ諸々はマスカレードのものじゃないんですよねぇ……」
うーん、とアジサイが腕を組む。
加えて言えば、マスカレードから奪取された戦闘用機械人形に搭乗していた。
関係者――ではあるかもしれないが。一概に敵だと言えないのが現状である。
それに、
(――――気になっている事もある)
スミレの家で匿っていた時の、黛リンドウの様子だ。
彼はとにかくスミレ達に申し訳なさそうで、出来るだけ早く家を離れたそうだった。
アカツキの捜索から逃れたい一心だとするなら後者は分かる。しかし、ならば前者はどうだろうか。
何故、申し訳なさそうだったのか。
そして迷惑をかけるから、と彼は言ったのか。
アカツキの手が伸びた時、スミレの家族ごと爆破して逃げるくらいならば、最後まで同情を引いて協力させれば良かったはずだ。
少なくとも、自動人形を作り出せるくらいに頭の良い人間ならば、もっと上手く立ち回る事が出来たのではないか。
彼の様子と行動が、ずっとスミレには気になっていた。
「……これは話を聞く必要がありますね」
「サクラちゃんにね。分かったわ、直ぐに」
「あ、いえ」
アケビの言葉にスミレは首を横に振る。
そして、
「マスカレードの人間に、です」
と、言ったのだった。
「は!? 正気!?」
「正気ですとも。彼はマスカレードの人間として捕まりました。なので、直接聞くのが一番です」
「すっごく道理に適っているような、それはそれとして何か違うような気が……」
「そうですかね」
「そうですよ。……まぁでも、確かに、聞くってのは一番手っ取り早いんですよねぇ。返って来る答えが、嘘か真実かはともかくとして」
言いながら、アジサイは眼鏡を押し上げる。
それからもう一度ディスプレイに表示されたデータを見てから、サクラの方へ顔を向けた。
「…………サクラさん自体がって事じゃないんですけど、な~んか、僕、いや~な予感がする」
「おや、私もですよ。勘違いだったら、良いのか悪いのか分かりませんけれど」
「ううん……戦闘用機械人形の関係者の勘は、なかなかどうして、当たるのよねぇ」
アケビも頬に手を当てて、苦い声でそう続けたのだった。




