♯20 アケビとアジサイ
「あらー、珍しい! アジサイちゃんじゃないのー!」
スミレとサクラ、そしてアジサイの三人が、海老名探偵事務所へやって来ると所長のアケビが手を合わせ、嬉しそうにそう言った。
実はアジサイはアケビの事が少し苦手で、あまりここへ来たがらないのだ。アケビの仕事や技術は、一人の技術者として尊敬しているが、彼の勢いにはついて行けないらしい。
なので到着して早々に、アジサイはスミレの背中に隠れた。そしてそこから少し顔を出し、
「お、お久しぶりです……」
と挨拶をする。なかなかの警戒ぶりである。
しかしアケビは気にする事もなく、
「やだー、ほんっと久しぶりねぇ。嬉しいわっ」
と、にこにこ笑顔だった。
まぁ問題ないなら良いのかな、とスミレは思う。
「それで、今日はどうしたの?」
「アジサイさんも、サクラさんのプロテクトを見たいと言っていまして」
「ふーん? なるほどねぇ」
スミレが説明すると、アケビは納得した様子で数回頷く。
それから直ぐに「いいわよ」と続けた。
「ちょうど誰かのアドバイスも欲しかったところだし。アジサイちゃんなら腕が良いし、文句なしに大歓迎だわっ」
「い、いやぁ、それほどでも……」
褒められて、少しおどおどしつつ、アジサイは指で頬をかく。
これはアジサイが照れた時の癖だ。
何だかんだで嬉しいんだな、と思ってスミレは小さく微笑む。
まぁ、それはともかく。とりあえずアケビからの許可は出た。
なら後はする事はない。二人がサクラのプログラムを調べている間、自分は待つだけである。
ミズキからの頼まれ事だったり、何か他に用事があれば待ち時間に済ませてしまうのだが、生憎と今回は何もない。
報告書でも書いてしまうかな、とスミレが考えつつ、
「それではアケビさん、私は少し待たせて頂きますね」
と言うと、
「あっ、スミレさん、あの、その、出来れば一緒にいてもらえると助かります……」
アジサイがそんな事を言い出した。
助かるとは何だろうか。一緒にいても、そちら方面で自分は役に立たないと思うのだが。
そう思ってスミレが「と言いますと?」と聞き返すと、
「あの、いえ、そのう……あの、僕が……助かると言うか、ほっとすると言うか……」
アジサイは言い辛そうな様子で、ちらり、とアケビの方へ目をやった。
その眼差しでスミレは察した。
……苦手なので置いていかないで欲しい、という事らしい。
思わずスミレは半眼になる。
「アジサイさん……」
「うふふ、いーわよ、いーわよ。気にしてないわっ」
そして直ぐにアケビに理由がバレた。
しかし彼は言葉通り気にした風でもなく「誰にでも苦手はあるもの」と笑っている。出来た大人である。
「まー、普段、作業部屋はあんまり立ち入らせないんだけど、スミレちゃんなら変な事をしないって安心感があるし」
「変な事をした人、いるんですか?」
「いるわ。ミズキちゃんよ」
スミレが聞き返すと、アケビはスッと真顔になってそう教えてくれた。
朗らかな表情が一瞬で無になって、アジサイがヒッと短く悲鳴を上げる。
「い、一体何を……」
「フフ、アジサイちゃん。好奇心は猫を殺すわよ……?」
「ひい!」
恐る恐る聞いたアジサイに、心なしか顔に影を作りながらアケビは言った。
聞かない方が良いらしい。
本当に何をしたんだ、あの人は。そんな事をスミレが思っていると、
「ま、それは良いじゃない。さっそく始めましょ!」
と、元の調子に戻ったアケビがウィンクをして言うと、奥の作業部屋へ向かって歩き出した。
触らぬ神に祟りなしである。スミレとアジサイは大きく頷くと、彼の後に続いたのだった。
◇ ◇ ◇
それからしばらく経った後、アジサイとアケビのおかげで、サクラにかけられた情報のプロテクトは解けた。
つまり、サクラを作った人物の名前が判明したのである。
「…………え、これって」
アジサイが目を剥いてスミレの方を向く。気づかわし気な眼差しだ。
何故なら。
「黛、リンドウ……」
そこに記されていたのは、スミレの家族を殺したとされる、マスカレードの男の名前だった。




