♯17 情報が必要
スミレが渋紙ルコウと出会ったのは、アカツキに入って少し経った頃だった。
その頃のスミレは貧民街である南区出身という事で、奇異の目を向けられていた。
『ドブネズミ』なんて揶揄る言葉があるくらいだ。南区出身者はそれだけで、帝都では下に見られる事が多い。
もちろん南区出身で優秀な人間はたくさんいるし、出世だってしている者はいる。しかし、植え付けられた価値観は、そう簡単には変わらない。
いくら初日にミズキが釘を刺してくれたとしても、そういう『目』は完全に払拭される事はない。
それに加えて、スミレは同年代と共通の話題を持っていなかった。
アカツキに入るまでずっと勉強に集中していたからだ。帝都の流行や、人気のあるドラマなど、そういう話のタネがほとんどなく。
会話をしても話題が通じない、話が続かない。まぁつまり、どうにもこうにも浮いていた。
前者はともかく、後者に関してはスミレも少々落ち込んでいた。
話しかけてくれる人はいても、何となく気まずい顔をさせてしまうのが、心にくる。
ドブネズミだの、南区出身だの、そういう類の陰口は気にならなくなったが、これは駄目だった。
スミレが一人、ずーん、と沈みながら建物の外で弁当を食べていると、ルコウが話しかけてくれたのだ。
「あらー、どうしたの? そんなところでお弁当なんて。ぼっちか!」
なかなか確信をつく声のかけ方だった。ぐさりと言葉の刃が胸に突き刺さる。
うぐぐ、と顔を引き攣らせながら「そんなところです」と答えると、ルコウはにっこり笑って「じゃあ、私もここで食べよーっと」と隣に座ったのだ。
何でそうなったのかよく分からないが、スミレはルコウと並んでお昼を食べた。
翌日も、またその翌日も。
ルコウはやって来て、隣に座った。一緒にお昼を食べる内に、ルコウの知り合いも集まって来て。
気付いたら、スミレは『ぼっち』ではなくなっていた。会えば雑談出来る知り合いが出来たのだ。
スミレにとって、ミズキ以外で普通に接してくれるアカツキの仲間が出来たのは、ルコウのおかげだった。
◇ ◇ ◇
「なるほど、緊急で呼び出した理由は、そういう事か」
帝都の路地裏にある、小さな喫茶店。
珈琲ゼリーとオムライスが美味しいこの店は、スミレの行きつけだ。
スミレはそこにミズキを呼び出したのだ。
勤務日だったミズキだが、ちょうど時間が空いていたらしく、直ぐに来てくれた。
何も頼まないのもアレなので、珈琲とクッキーを頼んで、スミレは先ほどのサクラの話をミズキに伝える。すると彼は神妙な顔で腕を組んだ。
「サクラさんを作った人が、ルコウさんに気をつけろと言っていた、ねぇ……。確かに、初めて会った時の反応が、ちょっとおかしかったね」
「ええ。あの後も、サクラさんの様子を見ていましたけれど、あの態度を取ったのはルコウさんだけでした」
「ふーむ……」
ミズキは呟き、少し思案するように目を細くする。
それからサクラの方を向いた。
「ねぇ、サクラさん。どうしてルコウさんに気を付けた方が良いんだい?」
「ママ達の敵だからです」
「めちゃくちゃストレートのアレがきちゃったぁ……」
これにはさすがのミズキも頭を抱えた。
こうもはっきり『敵』と言われて、スミレも「ううむ」と唸る。
「情報に信憑性が足りないので何とも言えませんが……率直な感想を言えば『ルコウさんが?』になりますね」
「だね。俺もだ。あの人、特に問題行動は起こしてないし……あ、食品で経費使い過ぎるくらいか」
「さっきも買い出ししてましたよ。食べ過ぎで」
「たまに思うんだけど、あの人、胃袋おかしくない?」
ミズキが半眼になる。スミレも聞いた事があるが、ルコウは飲食可能な集まりに来ると、一番食べるらしい。
まぁ、それはともかく。
ルコウが自分達の敵とはどういう事だろうか。
現状、スミレ達が敵対しているのはマスカレードだけだ。サクラの言葉をそのまま信じると、ルコウはその一員という事になる。
(サクラさんを作った人が、味方と言う確証もまだないですし)
ただ、先日のバショウの言葉の件もある。
彼は近い内にマスカレードが何か仕掛ける、というような事を言っていた。
サクラの登場、バショウの言葉、そしてサクラが示した敵。
すべてを丸っと信じる事は出来ないが、繋がっていないとも言い切れない話だ。
「……上に相談して、情報を貰うか」
ミズキがぽつりとそう言った。
無条件に信じられると断言するのは心が楽だ。誰だって仲間を疑いたくなんてない。
けれどスミレ達の仕事は、帝都の治安維持が最優先される。
『敵』という物騒な言葉を耳にした以上は、調査する必要があるのだ。
調査し情報を集め、並べて精査して、そして結論を出す。
事実を導き出すために心情にはいったんフタをする。
その過程でルコウが自分達をどう思うかを考えると、少し気は滅入るけれど。
「サクラ、ママ達を困らせてしまいましたか?」
考えていると、サクラが少し心配そうな顔でスミレ達を見ている。
スミレは彼女の頭を優しく撫でて、
「いえいえ。情報は大事ですから」
と答えた。
「そうそう。実際に、ルコウさんがどうって話じゃないけど、可能性としてはあるからね。常に」
ミズキもそう続ける。
情報は大事だ。それは別にアカツキにだけ言える事ではない。
敵にとっても情報は大事なのだ。
「――――さて、ちょっと忙しくなりそうだ」
ミズキはそう言うと、珈琲をぐいと飲み干した。




