♯16 スミレとサクラの休日 下
「やっぱりスミレちゃんだ。やっほー!」
ルコウは紙袋を片手に持ち直すと、ぶんぶん手を振って、こちらに駆け寄ってきた。
アカツキの制服姿である事から、たぶん仕事中なのだろうなとスミレは思う。
どんな時も元気な人だと思って見ていると、サクラがサッとスミレの背中に隠れてしまった。
「サクラさん?」
「…………」
呼びかけるが答えはなく、彼女はそのままスミレの服で顔を隠してしまう。
これは、とスミレは軽く目を見張る。
彼女がこのような行動を取ったのは、スミレが把握している限り、二度目だ。
サクラと一緒に行動するようになってから、スミレはずっと彼女の事を見ていた。
見守っているか、監視しているか、そのどちらかと問われれば半々だが、そんな感じだ。
サクラが接触した人間は多い。スミレや、特にミズキが近くにいるのが理由だろうが、大勢の人間と話す機会があった。
そしてサクラはその誰に対しても、明るく対応していた。それこそアカツキに所属している自動人形達と同じように、穏やかに丁寧に。
だが一人だけ、彼女が違う対応をした人間がいる。
渋紙ルコウだ。
サクラがルコウに始めた会った時もそうだった。彼女はルコウの姿を確認すると、スミレの後ろにサッと隠れてしまったのだ。
あの時は「人見知り」と誤魔化したものの――自動人形にもAIの成長具合でそういう個体もいる――その後のサクラの様子を見るに、やはりあの一度はおかしかった。
(ルコウさんに、何かある……)
アカツキに入った頃からお世話になっている先輩だ。
スミレとしては疑いたくはないけれど、やはり気になる。
スミレはさりげなくサクラを庇いながら、にこりとルコウに笑顔を返した。
「こんにちは、ルコウさん。お仕事ですか?」
「そう! いやー実はねぇ。私がうっかり、うちの課のお菓子と珈琲、全部食べちゃってねぇ。大慌てで買いに行ってたの!」
「あー……」
それはまた、とスミレは苦笑する。
ルコウが所属しているのは『防衛課』だ。ちなみに彼女は戦闘用機械人形の操縦士ではない。ルコウが担当しているのは、帝都の治安維持の方。見回りなどの仕事を行っている。彼女の言葉から考えると、その仕事がてら買い出しに行った、というところだろう。
「お菓子はともかく、どんな飲み方をしたら珈琲が全部なくなるんです? インスタントでしょう?」
「フフ、実は豆よ。豆から挽いているのよっ」
「豆?」
「豆」
そう言いながら、ルコウはスッと紙袋から珈琲豆の包みを出す。
珈琲を豆からとはなかなか通ですね、なんて思っていると、出てきた包みには『太陽珈琲館』と書かれていて、スミレは咽た。
太陽珈琲店は帝都にある珈琲関係の高級ブランドである。
確かここ数年は売り上げに伸び悩んでいたが、二年ほど前に経営を立て直してからは、再び勢いを取り戻している。
まぁ、そんなお店である。
つまるところ、とてもお高い。
「……経費?」
思わずスミレはそう聞いた。ルコウは大きく頷く。
「ええ、もちろん経費よ!」
「もちろんって話じゃない気もしますが、値段的に経理課に怒られませんか?」
「大丈夫大丈夫。うちだけ珈琲費って項目があって、超過した分はそれぞれの給料から天引きね」
一回買っただけで超えそうだなとスミレは思った。
たぶん内容で怒られた後で、改善されないから経理課がそういう形で対処したのだろう。
あらまぁと思っていると、ルコウが後ろに隠れているサクラに気が付いた。
「ところで、後ろにいるのサクラちゃんよね」
「はい、そうです」
「ううーん、まだ怖がられちゃってるかぁ~。上から話は聞いてるから、仲良くしたいんだけどなぁ」
じー、とルコウはサクラを見る。しかしサクラは何も反応しない。
「うう、残念だなぁー……」
「まぁその内慣れるんじゃないですかねぇ」
「そうだといいなぁ。……フフ、でも、良かったねスミレちゃん」
「何がです?」
「サクラちゃんと仲良さそう。で、スミレちゃん嬉しそう」
そう言われ、スミレは目を瞬く。ルコウはフフ、と笑った。
それから彼女はポン、とスミレの肩を叩くと、
「ちょっと心配してたけど良かったぁ。どこの自動人形か分からないけど、これなら安心だわ」
と言った。
(――――どこの?)
その言葉にスミレはぴくりと反応した。
表情には出さなかったので、ルコウは気づかなかったようだ。
「……あ、まずーい! あんまりゆっくりしていると怒られちゃうわ。それじゃ、そろそろ行くね!」
「あ、はい。お疲れ様です」
「うん! 二人共、お休み楽しんでねー!」
ルコウはそう言うと、来た時と同じように手を振って、アカツキの建物がある方へ走って行った。
その後ろ姿を見つめながら、スミレは目を細くする。
『どこの自動人形か分からないけど、これなら安心だわ』
ルコウはそう言った。
しかしスミレは彼女に「知り合いから預かった」と伝えたはずだ。そして上から流して貰った話もそれである。
にも拘わらず、彼女は『どこの』と言った。
「…………」
ルコウがいなくなったので、サクラはひょいとスミレの背から顔を出した。そしてスミレを「ママ?」と見上げる。
「サクラさんは、今の人、前に会った事がありますか?」
「いいえ。でも、知っています」
「知って……?」
スミレが聞き返すと、サクラはこくんと頷く。
「―――――さんから、気をつけろと言われた人物です」




