♯10 新入職員研修
サクラの制作者を探せ、という指令が下ったものの、何の手がかりもない状態で人を探すのは難しい。
とりあえずサクラのプロテクトの解除を海老名探偵事務所のアケビに頼み、スミレはミズキの付き添いで新入職員の研修へやって来ていた。
自治組織アカツキの就職試験は、春と秋の年に二回。例外もあるが、基本はその流れで新人を受け入れている。
「今回はずいぶん人数が多いねぇ」
「アカツキの英雄が有名ですからねぇ」
研修会場に集まった新入職員を見ながら言うミズキに、スミレはそう返した。
アカツキの英雄、白妙ミズキ。白銀の戦闘用機械人形『シノノメ』を駆り、敵機を颯爽と殲滅していくその姿は、帝都の住人達の憧れだ。
操縦士としての腕も良く、顔も良く、頭も良い。おまけに優しい――という印象を持たれやすい――彼は男女問わず人気者である。
お伽話にあるような理想の王子様、なんて話も出ているくらいである。
実際にはそこまで王子様ではないし、感覚は年相応の少年だ。それを知っているのは、スミレ以外なら彼の家族や、海老名探偵事務所のアケビ、あとは上層部くらいだろうか。
そんな事を考えながら、スミレは会場をぐるりと見回す。新入職員達はミズキに向かってキラキラとした目を向けていた。
その眼差しを微笑ましく思って、スミレは小さく笑う。
「さて、それじゃ行ってくるよ」
「あんまり飛ばし過ぎないでくださいね」
「俺、そんなに暴走した事あった?」
「私の研修の時、それじゃあ皆を戦闘用機械人形の手に乗せて帝都を一周するよ! なんて言ったのはどの口で?」
「俺ですね、ハイ……」
当時を思い出したのか、ミズキは苦笑する。ちなみにそれは周囲から全力で止められていた。後でスミレがその時の話を聞いたら、上層部からしこたま怒られたらしい。
「まぁ、私はすごくテンション上がったんですけどね」
「そう?」
「そうです。あの時は本当に惜しい事をしたなって。でも、今日はやったら駄目ですよ」
「んふふ。はーい」
スミレの言葉にミズキは少し嬉しそうに笑うと、新入職員達の前に歩いて行く。
そして指定の位置に到着すると、ミズキはにこりと笑みを作った。
「初めまして、後輩諸君。試験の合格おめでとうございます。俺は白妙ミズキと言います」
そんな口上からミズキの話は始まった。
新入職員達は食い入るようにミズキの話を聞いている。
やはり全く知らない相手よりは、有名な人間が話をする方が、聞いている側の集中力が違うなとスミレは思う。
「…………」
そう言えば自分の時もと、スミレは思い出した。
南区出身者でアカツキに入職する者は少ない。理由はやはり学の無さだ。
各家庭の経済状況は学力に影響する。もちろん一様にそうとは言えないが、基本的にはそうだ。日々の生活を維持するために、どうしても勉学は後回しになってしまう。
他国では自国民に対して、一定年齢までの教育費用を無料にするという政策をしているところもあるが、帝都ではそれはまだ遠い。
学びたければお金がいる。ごく最近、奨学金制度と言うものも出来たが、それを申請できるのは一握りだ。
だから南区出身のスミレは目立っていた。どこから情報が漏れたのか分からないが、研修会場でも奇異の目で見られたものだ。
『運良く白妙家に拾われて――――』
そう言われた事もあった。家族を失った事が運が良いなんてあるか。スミレは憤りを感じたし、悔しくも思った。だけどそれを言葉にすれば、良くしてくれた白妙家の人達に申し訳ない。
だからスミレは黙って耐えた。白妙家にお世話になっていた事を伏せる理由は、その辺りが絡んでいる。
感謝している、迷惑をかけたくない。
だけど。
だけど、その状態が良かったと、他の誰にも言われたくない。
アカツキに入職した初日、矛盾している感情がスミレの中で渦巻いていた。
その時ミズキは、新入職員達に向かってこう言ったのだ。
「アカツキは実力主義だ。誰であっても、帝都のために働き、努力し、結果を出せば認めてくれる場所だ。アカツキに入ったからと言って、周囲を見下し、胡坐をかいている者の多くは、努力を重ねた者に追い抜かれて、その事実に耐えられず、ここを去って行ったよ。どちらに立つかは君達次第だ」
その言葉を聞いて、スミレの陰口を言っていた者達はバツが悪そうな顔で目を逸らしていた。
ミズキがフォローしてくれたのか、それとも当たり前の事を言ったのかは分からない。
だけどスミレには彼の言葉が「胸を張れ」と言ってくれているように聞こえた。
その時から、南区だから、というような陰口が、スミレは気にならなくなった。
(王子様かどうかは分からないけれど、搭乗する白銀の戦闘用機械人形のように眩しい人)
ぽつりと、スミレは心の中で独り言つ。
その時、
「というわけで、スミレさーん! ちょっと模擬戦しよう! 戦闘用機械人形で!」
なんてミズキが言い出した。
ぎょっとして、スミレはずれかけた眼鏡を押える。
ミズキはにこにこした笑顔でこちらに向けて手を振っている。
「そんな予定はなかったでしょうに!」
「でも格好良いところ見せたいじゃない?」
「何を仰る。戦闘用機械人形が格好良いのは当然ですが!?」
「食いつくのそっちかぁ」
ミズキがそう言うと、新入職員達から噴き出す声が聞こえる。
ああ、なるほど、緊張とか諸々を解すためか、とスミレは理解した。
(まったく、この人は。本当に周りを見てる)
口元で一瞬笑みを作ったあと、スミレは眼鏡を押し上げて、
「駄目です。時間も押していますし、上からまた怒られますよ」
「えー?」
「二年前、めちゃくちゃ怒られたでしょう、あなた」
「うん、減給しかけたよ!」
堂々と言うミズキに、周囲から再び笑いが起こる。
「というわけで、期待させてすみませんが駄目です。でも戦闘用機械人形の模擬戦自体はその内、見られると思いますよ」
「えっ本当ですか!?」
スミレが言うと、新入職員からそんな声が返って来た。声の主へ顔を向けると、少女が目を輝かせていた。
「はい、本当です。研修日程のスケジュールの中に入っていますから。誰が担当かは今は言えませんけれど」
「やった……!」
ガッツポーズをする少女を微笑ましく見てから、スミレはミズキへ視線を向ける。
彼はニッと笑って頷くと、
「うん、という事でね。残念ながら今日は駄目だけど、そっちを楽しみにしておいてね! それじゃ、次へ行こうか!」
と新入職員達に向かって言ったのだった。




