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ロールド旧市街の花

作者: のぶ

 その花を見た人はその花の正体が何か、なんてことはよくわからないのだ。あまりにも赤いから血のように思えたし、どうように、あまりに甘い匂いを放つから近くに寄りたくな人だっているだろう。その花は食べることが出来てロールド旧市街で売っているのだ。ロールド市民で食べたことがない人はいないくらい有名な食材だから、ロールドではその花を栽培するのが専門の業者だっているのだ。ロールドはパリからちょっと離れた都市で、近いからという理由でパリ市民はいちいちロールドを訪れない。ロールドは小さな旧市街で人口はパリと違い2万人ほどしかいない。


 ぼくがロールドに来た初めての日のことを、ぼく今でも昨日のことのように回想出来る。戦争が始まったために、ぼくはフランス語が通じる地域まで行かなければいけなかった。いとこがたまたまロールドに住んでいたから、ぼくはいとこを頼ってロールドまで来た。最初にぼくがロールドに来た時に第一印象は石で出来た建物がやたらと多い、と感じたのだ。ぼくが話している中部レルテ語はフランス語の方言だ。ロールド旧市街にいたいとこに「空襲により両親が死んださ」と、そう、ただ簡潔に言った。不思議なことに、ぼくの両親を空襲で殺した敵国にはなぜか憎しみの念は抱かなかった。「そうか、大変だったね」といとこは云った。ぼくはその日に初めていとこから紹介されてロールド旧市街の名物である花を食べた。少し甘かった。ぼくはその日はいとこが寝る部屋で寝て、次の日に仕事を探すことにした。ぼくは職業安定所まで行って仕事を探した。賃金は安くても文句は云えない。ぼくは異邦人なのをやや感じていたからだ。ロールド旧市街ではみんな髪が白いのに、ぼくだけ茶髪なのだ。ぼくは仕事を探すための案内所まで行ってその花の栽培の仕事を見つけた。なぜか不思議な直観に思えた。この仕事がぼくがするべき仕事なのだ、と。ぼくはただちに応募をした。その日にいとこに「花の栽培の仕事を応募した」と云った。そしてその日も花を夕食で食べた。


 空襲により両親が死んださ、これは夢? 両親が死ぬなんて思わなかった。そりゃいつかは人は死ぬけれど。ぼくはたまたま空襲時には列車に乗っていてトンネルにいたから難を逃れたのだ。ぼくが見える限りの風景で空襲により街は廃墟と化した。

 その日、寝ている最中にそんな夢をした。死んだぼくだけがなぜか罪に問われるような、そんな感覚を覚えた。誰が悪いのか? 空襲をした敵国兵? 死んだ両親? 一人だけ難を逃れたぼく? ぼくにはそんなことは到底わからなかった。

 ロールド旧市街では花を食べない日の方が少ないから、若干ながら甘い香りがしているように気がした。ぼくは死んだ両親のことをどうとも思ってはいない。

 ぼくが仕事を始めて、ロールドの食品販売店では花を見ないことの方が少なかったので、ぼくはこの花はロールドの誇りなのだろう、と感じた。ぼくが話すフランス語はロールド旧市街の市民が話すフランス語とはちょっと違うため、意思疎通が出来ないことがなくはなかった、会話が出来ないという致命的な状態のはずなのに、なぜかぼくの両親を殺した敵国兵には不思議なことになんとも思わなかった。両親から逃れてせいぜいしたような、そんな気がした。

 ぼくは仕事で得た給料でアパートを借りた。そして、少しして、ぼくもようやくロールド市民になれたのか、中部レルテ語からパリで話すフランス語を会得した。

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