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異世界アリーナは今日も廻る  作者: nanaせん
ロンシア騒乱篇
7/28

第七話 お前は弱い

「……何? あんた今、何て言った?」


唖然とする近衛に、溜息をつくメアリ。近衛はこの女よく溜息つくなと思ったが、それは口に出さない事にしておいた。


「はあ、よくもまあこんな状況で相手の言葉を聞き逃せるんもんですね」


濁りなき深紅の瞳が近衛を見据える。


「理由次第じゃ逃がしてあげるって言ったんですよ。このロンシアから」

「……意味がわからない。なんだってそんな事を聞く?」

「いいから答えてください。それとも自主的に話したくなるまで待ってほしいですか?」


メアリは再び近衛の体内の血を起動させようと腕を上げる。それを見て近衛は観念した。

理由は全く分からないが、この奇怪な吸血鬼は自分がここに来た理由を知りたがっている。それを話す事でここから逃げられる目があるなら、それに賭けるのが賢い選択だ。


「……俺がここに来たのは、この世界に死んだはずの親友が居ると聞いたからだ。神を名乗る輩からな。だから俺は探しに行かなくちゃならねえんだ……あだだだだだだだ‼ ふざけんなお前‼」

「つくならもっとまともな嘘ついてください。ホントに心臓潰しますよ」

「嘘じゃねえって!」

「なんで『無理矢理連れて来られた』先の世界に知り合いがいるんですかッ、馬鹿言わないでください」

「てめえと一緒にすんじゃねえ! 俺は自分の意思でここに来たんだよ‼」

「えっ?」


メアリはうっかり血の活性化を解除し、近衛は激痛から解放される。その自分勝手さに怒りさえ湧いて来た近衛だったが、そんな事は気にも留めずメアリは怪訝な顔をして顎に手を当てる。


「自分の意思でここに来た?……そんな事があり得る、のかな?」

「……ったく、ふざけやがって。大体、自分の意思じゃないならあんたは何でこんな世界に来たんだよ」

「……っ、私は……まあ、いいでしょう。話してあげます」


近衛の素朴な質問に一瞬詰まるが、話しても問題ないだろうとメアリは再び口を開く。


「私が吸血鬼なのは話しましたね?」

「ああ……そういえばそんな事言ってたな。俺の世界に吸血鬼はいねえけどまあ大体どんなもんかはわかるよ」


「私の世界は今三百年くらい戦争が続いてましてね。ようやく勝てそうって時に……神を名乗る男が出てきましてね。拒否したんですが、無理やりこの世界来させられたってわけです」


滔々と過去を語るメアリの表情には、怒りと悔しさが僅かに零れていた。彼女の言葉を聞いて、近衛の脳裏に浮かび上がったのは自分が転移した経緯。

本人に従う意思がなければ、どんな手を使っても従わせる。いずれにせよ、自分たち英雄を引っ立ててきた『神』という奴らは、こちらの都合など考えない傲慢なクソ野郎という事だ。


「その辺の手口は俺の時と大して変わんねえな。こっちはたまたま利害が一致しただけだ。後、神は女だった」

「! そうですか。ならば、恐らく神は複数体いるものと見ていいでしょう。この世界の文献にそれらしき記述がありました……まあ、それはさておき、貴方が来た理由ですが」


メアリは先程とは一転、険しさは消えて少し呆れたような表情になる。


「……貴方、ホントに友達一人の為に来たんですか? 正直ちょっと理解できませんね」

「まあ、自分でも馬鹿な選択をしたってのはわかってるさ。もしかしたら神様が俺をこの世界に釣り出す為に、ダチがここにいるなんて嘘をついたのかもしれねえしな」


そんな彼女の反応を軽く流し、笑ってみせる近衛。はぐらかされたような気がして、メアリは近衛に詰め寄った。


「いやそれ以前の問題でしょう、貴方元居た世界に未練とか無いんですか? 大事なものはそれだけじゃないでしょうに」


その言葉を聞いた近衛の脳裏に、自分の世話を焼いてくれていた少女の顔が浮かぶ。だが一度振り切ったものを今更後悔するほど近衛は愚かではなかった。


「ああ、大事なもんが無かったと言えばウソになる。でも、誰にだって何を犠牲にしてでも護りたいものがあるだろ? 俺にとってそれは親友なんだよ。そいつの名前を出されたならもう行くしかねえ。たとえ真っ赤な嘘だったとしても、そこに本当かもしれない可能性が一分でもある限りな」

「……」


それを聞いたメアリの瞳は少しだけ開かれた。


「言葉にしてみりゃ馬鹿そのものだが、俺はそう考えちまったし、それについて後悔することはねえ。ただそれだけの話さ」


そう言い切る近衛の眼には、地球で暮らしていた頃には見られなかった強い決意が宿っていた。メアリの赤い瞳と視線がぶつかる。偶然でもなければ殺気でもない、奇妙な緊張が二人の間に流れる。

だがそれはすぐにメアリの苦笑によって解かれた。


「はぁ……どうやら、あながち嘘でもないみたいですね」

「で、どうなんだ。逃がしてくれるのかよ」

「ええ、どこへなりとも好きに行くがいいです」


どこか晴れやかな声でそう言うと、メアリは立ち上がって部屋を出ようとする。

慌てて近衛は立ち上がり、彼女の肩を掴む。まだ少し胸の傷が痛むが構わなかった。それより、近衛はどうしても解せない事があった。


「待てよッ、なんで俺を逃がしてくれる? あんたが吸血鬼で、無理やり連れて来られたのはわかった。でもそれと俺の身の上話に何の関係が」

「あっ! そういえば忘れてました」


不意に振り向いて近衛の手を振り解き、右手を近衛の腰に回して身体を密着させる。


「なっ、お前何を」


2人の顔の距離が狭まる。視界に映る白い肌と赤い大きな眼、黒い髪。その気になれば接吻さえ叶う距離。腹部から伝わる柔らかい感覚。それらの慣れない状況に硬直する近衛に、メアリは蠱惑的な笑みで応えると、左手の爪を近衛の手首に突き刺した。


「ッ⁉」


驚愕と痛み、液体が流れ込んでくる感覚で、官能的な気分から一気に現実に引き戻される。その一瞬の隙に、メアリの頭は近衛の首筋に滑り込む。


「ちょっと我慢してくださいね————」


一対の鋭いものが近衛の首筋に突き立てられる。それが牙であることは血を吸われ始めてから理解した。

その血液交換の中で、近衛は自分の体内を血液が巡っていたことを初めて実感した。

メアリの血を受けた身体が、その代謝を極限以上にまで高める。細胞が活性する痛みと共に、肉と骨に纏わりついていた疲労が霧散していく。

視界も冴えていく。胸の傷が熱い。閉じたばかりの傷口に内側から湧き出でる熱が溢れる。

その永遠にも感じられる十数秒の後、メアリは牙と爪を抜いた。


「んー、見た目の割に健康的な味ですね。ご馳走様でした」


未だ体内を駆け回るメアリの血液に翻弄されてまともに立てず、尻餅をついてしまう近衛。

熱の原因を探るように胸の包帯を解くと、傷が綺麗さっぱり無くなっていた。


「傷は治してあげるって約束は果たしましたよ、んじゃ」

「ま、待ってくれ!」


溢れる力に暴走気味の意識を抑えつけ、近衛は去ろうとするメアリに手を伸ばす。


「なんで俺を逃がしてくれる⁉ それをしてあんたに何の得があるってんだ⁉」

「ああ……色々考えましたが、まあ貴方弱いですからね」

「……え?」


想定外の回答に、近衛の動きは停止した。一瞬『弱い』という単語の意味を疑った。自分が弱いなど、考えた事もなかった。

近衛の呆然とした表情に既視感を覚えながらも、メアリは続けて説明する。


「あなた、自分のこと強いと思ってるでしょう。ええ、そりゃその辺の有象無象よりかは遥かに強いでしょうよ。でもそれだけ。勘は鈍い、魔術についての知識は皆無。おまけに私相手に手加減なんて愚の骨頂。そんな素人を無理くり戦場に引き出して死なせるほど、私は馬鹿じゃあないんですよ」


ですがね、とメアリは続ける。


「たとえ素人でも、貴方には意思と目的があります。この国の人間たちと違ってね。そういう所を私は評価したんです」


立ち上がれないままの近衛を尻目に、メアリは扉を開けた。


「じゃ、適当なタイミングを見計らって出ていくといいですよ。その時はまた教えてください。国境まで案内してあげますから」


扉が閉まり、メアリの居なくなった空間は静かになった。だが、近衛は相変わらず床に座り込んだままだった。

この国を出る上で最大の障害だったメアリ・シェリダンが、自分の目的に理解を示し、脱出に協力してくれる。理想的な状況であるはずなのに、近衛の心に喜びはなく、ただ先程放たれた言葉だけがぐるぐると渦巻いていた。


「……弱い、か」


薄々気づいてはいた。

自分が今まで好き勝手にやってこれたのは、魔力を持つのが自分しかいなかったからだ。だがこの世界は違う。俺と同格かそれ以上の力を持ち、なおかつ知識と経験を持つ者たちで溢れている。メアリのような手練れから見れば、間違いなく自分は『素人』なのだ。


「……っ」


その事実が何故だか受け入れ難くて、近衛はしばらく動けないままであった。

そんな様子の彼が、誰かが部屋を覗き見ている事を知る由もなかった。


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