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08


 ワルターさんからの突然のプロポーズに動転して、走って部屋に帰った私は、めちゃくちゃに後悔していた。


 きちんと、プロポーズをお断りするべきだったと。


 だって、考えるとは答えだけど、考えている間、私はこのお屋敷にお世話になるしかないのだから。 結婚する気もない癖に、何もせずにこのお屋敷に居座り続けるなんて、図々しいにもほどがある。

 自己嫌悪していると、部屋のドアがノックされた。

 ピアナが追いかけてきてくれたのかと思ってドアを開けると、そこにはブリキの箱が立っていた。


「はじめまして。こんにちは。ぼくは、ゴーレムのテディです。よろしくお願いします」

「よ、よろしく、ね」


 ブリキの箱が、喋った。


 戸惑いながらも見上げた先。

 箱だと思っていたものに、頭がついていることに気が付いた。


 全体的に四角いテディは、頭部だけはドーム型で、その前面には長方形の黒い窓がついている。

 そこに灯った赤い明かりは、にっこりと笑顔の表情を見せていた。


「ゴーレムって、伝説上の存在だと思ってたわ。さすがディナス家ね……」

「ぼくは、現状最期の一体です。部屋に入っても良いですか?」

「どうぞ」


 機械的な声で淡々と聞いてくるテディに頷く。

 私の身長の2倍はありそうなテディは、器用に身をかがめて室内へと入ってきた。

 彼? 彼女? が動く度に、ガションガションという音が鳴る。


「ぼくは、このお屋敷の住人のサポートを任されています。あなたはアコナさんですね」

「ええ。よく知ってたわね」

「ピアナさんが、事前に教えてくださいました。外敵ではない、との情報です」

「外敵は、やっつけてくれるの?」

「はい。外敵は、ビームで倒します」

「ビームが出るのね!? なんだか、かっこいいわ……!」


 どこからビームが出るのかしら。

 やっぱり、目?


 テディは、観察し始める私には目もくれず、パカッと自身の胴体部分についていた扉を開く。

 中からは、ほかほかのおじやが現れた。


「わ、おいしそうね。テディがつくったの?」

「はい。人間の料理は、プログラミングされていいます。アコナさんが起きたら、運ぶようにピアナさんから指示されていました。どうぞ」


 テディは、器用に自身の胴体の中から、おじやの入った器を取り出して、近くにあったテーブルへと運んでくれる。

 そっと椅子を引いてくれるところも紳士的だ。


 促されるままに席についた私は、テディがくれたスプーンでおじやを掬い、そのまま口へ。

 寝込んでいて、久しぶりに食べた食事はおなかに染み渡るような優しい味だった。


「おいしい。たまごがとっても優しい味がするわ」

「ありがとうございます。食事を終えたら、就寝してください。体力の低下が見られます」

「そんなことまでわかるのね」


 確かに、精神的にとても疲れた。


 結婚もダメになって、お母様に殺されかけたかと思ったら呪われていて、余命は約1年。

 そんな残酷な現実を突きつけられて元気いっぱいでいられるほど、強くはなかった。


 なによりも、マティアスのことを考えると、まだ胸をえぐられたような想いがする。

 こんな気持ちで、やっぱりワルターさんの求婚を受けるわけにはいかないだろう。

 

 それにしても、どうしてワルターさんは私なんかに求婚してくれたのだろう。

 首を傾げて、疑問をテディにぶつけてみた。


「テディ。私、ワルターさんに結婚を申し込まれたの。でも、どうしてなのかわからなくて……。このお屋敷でなにか聞いたことがない?」

「記憶を検索します」


 少しの間黙ったテディから次に聞こえた声は、完全にワルターさんの声だった。


「テディ。プティエで今日、見ない少女がいてな。アコナというらしい。彼女の魔法が生み出す花は、特別だ。本当に素晴らしい。彼女と出会えたことは、俺にとって最高の幸運だ」

「テディは声まねが上手なのね」


 驚く私に、テディは今度はテディの声で答えた。


「これは記録音声です」

「じゃあ、ワルターさんは、テディにもそんな冗談を言っていたのね!? ワルターさんが私と結婚するメリットって、冗談を言って楽しむ以外にない気がするわ。 花魔法は好きそうだったけど、求婚するほどのものとも思えないし……」

「解答を検索します」


 テディがまた黙る。

 しばらくして、テディはピーという音を立てた


「検索不能。申し訳ありません」

「それは、そうよね……。無茶を言ってごめんなさい、テディ」


 ここで考えていても、ワルターさんにきちんと聞いてみなければわからない。

 テディも憶測でものは言えないだろう。

 

 その後は静かにおじやを食べて、綺麗になった器を返した。


 テディは「また明日。朝食を持ってきます」と言って、部屋をガションガションと出て行った。


 テディに言われたとおり、とりあえず寝ようとベッドに潜ったのは、もう一晩はこのお屋敷で厄介になるしかないと覚悟したからだ。


「ワルターさんと結婚だなんて……、困るわ」


 魔法具のひとつである明かりを消した部屋の中で、ぽつりとこぼす。

 言わずにはいられなかったのは、本当の本当に、困るからだ。


 だって、私はまだ、情けないくらいにマティアスのことが大好きだ。


「マティアスのバカ……。絶対に、許さないんだから」


 じわっと滲んだ涙を拭い、無理矢理目を閉じる。

 失恋の悲しみは、時が癒やすしかないのだろうとわかっていたから。


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