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「いつ見ても綺麗なお花! わたし、このお花大好きなの」
中庭に明るい声が響く。
日課のロゼッタの花畑への水やりをしていた俺が振り返ると、かわいいひ孫は書庫から駆け寄ってきた。
赤い髪に黄金の瞳。
まだ幼い彼女に、出会った頃のアコナがその姿に被って頬が緩む。
「ロゼッタという名の花だ。ひいおばあさまが開発した花だぞ。これが絶品なんだ」
「花言葉は『あなたの幸せを祈る』でしょ?」
「よく覚えてたな」
わしゃわしゃとひ孫の頭を撫でると「ひひひっ」と彼女は嬉しそうに笑った。
半分だけ吸血鬼の血を持っていた俺の子ども達にも、吸血鬼の血は僅かに流れていった。
だが、少しずつその血も薄れているようで、このひ孫に至っては吸血欲求どころか吸血鬼の魔力すら感じられない。
人の世で長く生き続けることは辛いことが多すぎる。
人間と同じ時を生きられるこの子がうらやましくもあり、俺より確実に早く去っていくことを思うと寂しくもあった。
「書庫ではなにを読んでいたんだ?」
「勇者ジュール様の伝説よ。テディが読んでくれたの」
「ああ、あいつ意外にも子供好きだからな。ピアナから菓子はもらったか?」
「うん、おいしかった」
あれからピアナも結婚し、ユリウスとの子を産んだが、彼女はずっとここで働き続けてくれている。
そのうちピアナの家族まで引っ越してきたものだから、部屋数が足りなくなってしまい、屋敷は建て直しになった。
今では、昔からは考えられないくらい立派な屋敷が建っていて、世間ではちょっとした有名スポットだ。
「テディが教えてくれたよ。ワルター様とアコナ様は、引くくらいラブラブだって」
「なんだその話は」
「テディがお姫様のお話も読んでくれたから、恋バナをしたの!」
「ほう。ピアナのひ孫のあのひよこみたいな坊主の話だろ」
「なんでわかるの!?」
「俺はみんなをよく見てるからな。大切な家族だ。なんでもわかる」
意地悪い笑顔で言ってやると、ひ孫は丸い頬を膨らませて赤くなる。
「もう! ワルター様はデリカシーがない! 恋する乙女は知られたくないものなのよ!」
「それは悪かったな」
「もういいもん! 遊びに行ってくる!」
「勉強もちゃんとしろよ」
走り去っていく背中に軽く声をかけると、かわいい顔で舌を出して去って行く。
その姿にくっくと喉を鳴らしていると、杖をつく音が聞こえてきた。
じょうろを置いて、屋敷の出入り口に向かう。
そこには、年をとっても変わらず愛しい俺の妻が居た。
「ワルターさん。今日は暖かいですね」
「ああ、そうだな。散歩にでも行こう。ロゼッタの花が満開だ」
しわの増えた手を握り、中庭へと踏み出す。
頼りない足取りの彼女とたくさんの思い出を紡いできた。
あと少し。もう少し。
彼女と同じ時を過ごしていたい。
そうして、その後はアコナとの思い出を糧に、俺はどうにかこうにか生きていこうと思う。
大切な家族とよく笑い、時々君を思い出して涙を流したりしながら。
《終》




