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 時間は残酷だ。

 上がったり下がったりを繰り返す高熱にうなされ、夢うつつを繰り返す内に、私の余命はあと僅か1日となってしまった。


 目覚めた時、手首を確認するのはもう癖になってしまっている。

 そこに刻まれた数字が1になっている悲しみと言ったらなかった。


 涙が滲んだけれど、こぼれないように拭ったのは笑うためだ。

 みんなの記憶に残る最期の私は、笑顔がいい。


 魔導銃の商談はうまくすすんでいるという話を聞いた。

 ギゼラと共にワルターさんも、わざわざ城に出向いて話をしたらしい。

 魔導銃の性能を王も認めて、グロウ家は晴れて呪いから解放されるそうだ。

 

 そうなれば、グロウ家が公爵家である理由もなくなる。

 聖域に娘であるアコナ・ジュール・グロウと入っていき、そしてひとりで出てきたギゼラを証拠は無くても裁ける機会はあるだろうという噂だ。


 実家のことは片付いた。

 けれど、私にはまだたくさんやることがある。


 ワルターさんのためにロゼッタも完成させたかったし、彼と一緒にいろいろなところへ出かけたかった。

 古代語をもっと勉強して、ワルターさんの研究の役にも立ってみたかった。

 やりたいことが、たくさんあったのに。


 指一本を動かすことも、もう辛い。

 いつこの命が尽き果ててしまうのかがわからなくて怖い。


 暗い部屋の中。

 自分が生きていることを確認するために、手を握ったり開いたりしているとドアが開いた。


「アコナ」


 書庫に籠もって、禁忌以外の方法を探してくれていたワルターさんが、そこには立っていた。


 彼もここ数日で痩せた気がする。

 疲れ果てたその顔を見ると、申し訳なくて仕方が無かった。


「ワルターさん……。迷惑ばかりかけて、ごめんなさい」

「迷惑なんてかけられていない。俺はわがままでアコナに長生きしてもらうために足掻いているだけだ」


 どこまでも優しい声で言うワルターさんは、私のベッドの傍まで歩み寄ると私の髪を撫でてくれる。

 その暖かい手が心地よかった。


「ワルターさん」

「うん?」

「長生きするって約束。守れそうにないんです……。ごめんなさい」


 ああ、笑顔でいたいのに。

 流れる涙をどうしても止められない。

 微笑む目の端からこぼれ出す涙を、ワルターさんは指先ですくってくれた。


「死なせるものか。俺はこんなにも君を愛しているんだぞ。まだ君との記憶が足りない。俺が生きていくには、アコナが足りなさすぎる。だから、死ぬな」

「ごめん、ごめんなさい、ワルター。私もあなたのことが大好き。でも、」


 でも、きっとあなたをもう置いて逝ってしまう。


 命の灯火が消えかかっているのがわかる。

 もう私はあと数分後にも生きているかわからない。


 ワルターさんの手が頬に触れる。

 震える手をその手に重ねた。


「アコナ。ひとつだけ。ずっと考えていた禁忌があるんだ。それを試して、君がいなくなってしまうのなら、俺は仕方が無いと思っている」

「どんな、禁忌ですか?」

「これは俺のわがままだ。俺が幸せになるためのわがまま。君は怒るだろうが、それでもいい。許されなくても構わない。だから、力を抜いていてくれ」


 なにをするのだろう。

 不思議に思って首をゆっくりと傾けると、ワルターさんは私に上半身で覆い被さってきた。

 驚いている暇も無く、晒された首筋にワルターさんが唇を寄せる。


 ハッと、何をされようとしているのかに気がついたけれど、抵抗する体力はどこにもなかった。


「だめっ。だめです、ワルターさん。あなたが死んでしま、うっ」


 首筋に吐息が掛かったかと思うと、鋭い痛みが首筋を襲う。


 噛まれた。


 そう思った瞬間、彼の肩に手を当てて押したけれどビクとも動いてはくれない。


「ワルターさんッ」

「おいしいよ、アコナ」


 かすれた声にぞくりとする。

 ワルターさんの喉が鳴っている。


 彼が死んでしまう。

 私の毒で、死んでしまう。


 ボロボロと涙を流して首を横に振っていると、ワルターさんが首筋から顔をあげた。

 口元についた血を拭って、彼は私を見下ろしている。 

 その赤い瞳にも涙が光っていた。


「一緒に死んで欲しくなんて、なかったのに……!」

「死ぬつもりはない。こうしてみるまで確信は無かったが、きっとこれが禁忌だったんだ。『毒血(どっけつ)の呪いを受けた勇者が、愛した吸血鬼に血を与える』。これほどまでに罪深いことなんて、この世には存在しない。現に、これだけ血を飲んでも俺の体にはまったく異常はない。それにほら、手首。見てみろ」


 ワルターさんが私の手首を掴んで眼前に持ってくる。

 ひぐっとしゃくり上げながら、恐る恐る手首を見る。


 そこには、あれほど見慣れた数字が、どこにもなかった。


「……呪いは、解けたんですか?」

「ああ、今までの呪われた者達の中で吸血鬼を愛した人は、アコナだけだったんだろう。もしものことがあっては、アコナが悲しむだろうと最期にとっておいた禁忌だ。本当に、本当によかった」


 ベッドの中で彼に抱きすくめられる。

 首筋の噛まれた場所はじんじん痛むけれど、さっきよりもずっと体調もいい。


 生きられる。

 生きられる。

 私は、まだ生きていられる。


 ここまでの喜びは初めてだ。

 体の中で爆発するような感情を、そのままワルターさんに抱きしめる力にぶつけた。


「ワルターさんっ」

「ああ」

「ワルターさん、私生きています! 生きていられます! これからも、あなたと長い時をずっと」

「ああ、そうだ。アコナ。愛してる」

「私も、私も大好きです」


 お互いに大泣きしながら抱きしめ合って、そのぬくもりに生きていることを実感する。


 これからの長い人生も私は彼とこうやって過ごしていたい。

 お互いわがままに、お互いの幸せを願って、笑顔で。

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