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「はじめまして。ディナス魔法伯。あなたにお会いできるとは思いませんでしたわ。直接商談していただけることは稀と聞きましたので」

「この商談に関しては、しっかりと自分の目で見届けたいと思っていましたので。ご足労いただき、ありがとうございます」


 グロウ家に夜盗が入り、全員が眠らされたのにもかかわらず、なにも盗まれなかったという奇妙な事件の報せが街を駆け巡った数日後。

 ディナス家の屋敷には珍しくお客様が来ていた。


 赤い髪に黄金色の瞳。

 私と身体的特徴が一致するその人は、まさに今噂のグロウ伯爵夫人、ギゼラだ。


 娘を殺してしまったという噂が流れているけれど、証拠がないため騎士も引っ張れずにいるらしい。

 ……ということに、記憶はすべて改ざんされた。


「奥様でいらっしゃいますか」


 玄関ポーチでワルターさんと挨拶をかわしていたギゼラが、こちらに気づく。

 ギゼラの中で私は死んでいるのだから、姿が殺した娘と瓜二つであろうとも疑われることはない。

 一瞬びっくりしてしまったけれど、私は笑顔でお辞儀(カーテシー)をした。


「はじめまして。グロウ伯爵夫人。先日の事件は災難でしたね」

「お気遣い感謝いたします。けが人が出なかったことは不幸中の幸いでした」


 丁寧に返してくれる彼女は新鮮だ。

 複雑な想いでいる私を気遣ったのだろう。

 ワルターさんは、食堂の方を手で指し示した。


「我が屋敷には応接室がございません。申し訳ないのですが、食堂でお話しさせていただいてもよろしいですか?」

「もちろんですわ」


 しずしずとギゼラは食堂へと入っていく。


 想像もできなかったような光景を前に、私はいつのまにか顔をしかめてしまっていたらしい。

 ひょこりと隣に立ったピアナに頬をつつかれた。


「アコナったら、顔怖いよ。ギゼラの前だけど、しゃんとしなくっちゃ」

「あ、ごめんなさい。なんか変な感じがしちゃって」

「ギゼラって今大ピンチなんだってよ。娘を殺したんじゃないかって疑惑があるから、どんな話もうまくいかないみたい。今までは配下に話しさせに行ってたことも、こうやって自分で出向かなきゃ進まないんだって」

「今回の話は、たとえそんな噂がなかったとしても、ギゼラは自分で来ていたのではないかしら。だって、吸血鬼を倒す武器だなんて紹介されたら、ギゼラは黙っていないでしょう? 『アコナ』が死んだ今、次に呪われるのはお姉様だもの」


 今日のワルターさんとギゼラの商談は、魔導銃に関する商談だ。

 お姉様のためなら、ギゼラはきっといくらでも出す。

 「限界までふっかける」と力んでいたワルターさんが、珍しく自ら商談に出たのはギゼラへの意趣返しなのだろう。


「ん?」


 ぺたりと、ピアナの冷たい手のひらが額に触れる。


「どうしたの?」

「顔が赤いなぁって思ったんだけど、やっぱり熱あると思うよ、アコナ。寝た方が良いんじゃない?」

「ちょっとふらつくなと思ってたの。ロゼッタのお世話をしたら寝るわ」

「も~、無理しちゃダメだよ」


 心配そうなアコナに微笑みを返す。


 自分の体調は自分が一番良くわかる。

 最近ものが食べられなくなったし、よく熱が出る。

 体力の衰えも前の比ではなくなった。


 自分の命は確実に削られている。

 そうわかっていても、私にできることは限られている。


「ピアナはお客様にお茶出しだとかがあるでしょう? ワルターさん張り切ってたから、ふっかけすぎないように見守っていてあげて」

「うん。気をつけてね」


 心配そうにするピアナに見送られて、中庭へと向かう。

 ロゼッタの花畑にたどり着くと、私は座り込んだ。

 抱えた膝に額をくっつけて、深く息を吐く。

 少し歩いただけでも息切れを起こすようになってきて、試せる禁忌も限られてきていた。


 そっと手首に刻まれた余命を見る。

 10と刻まれたその数字にため息しか出ない。


 ワルターさんも私の残り時間に焦っていて、いろいろなことを試してくれている。

 今日だって本当は商談を延期にしようとしていたくらいだけれど、私は断固反対した。

 魔導銃の話が進まないと、グロウ家の子孫たちはこれからも苦しむことになる。

 私の命がたとえ尽きてしまったとしても、魔導銃の話は進めてもらわなければいけなかった。


「長生き、するんだから」


 でも、どうやって?


 そんな弱気な声が心の中で聞こえるようになったのも最近のことだ。


 何をやっても呪いは消えない。

 そもそも禁忌を犯すという方法が間違っていたのだろうかと、ワルターさんとテディが必死になって調べてくれているのは知っているけれど、私にはそれを手伝うだけの体力がもう残っていなかった。


 だから、せめてロゼッタだけでも完成させたい。


 ロゼッタは水分が多くいる花だから、毎日の水やりはかかせない。

 とりあえずはお水をやらなくてはと足に力を入れたところで、隣に誰かが座った。


「テディ。どうしたの?」

「ぶっ倒れそうなうちの女主人がいたから見に来たの。なにしてんの。寝てなよ。真っ青通り越して、真っ白なんだけど」

「ロゼッタにお水をやったら寝ようと思ってたの」


 よいしょと立ち上がった私を、座り込んだままのテディが見上げている。

 その目は不安げに揺れていた。


「アコナ。そんなんで長生きできるの?」

「……ワルターさんに秘密にしてくれる?」

「仕方ない。いいよ」

「難しいかもしれないわ」


 絶対に長生きしてみせる。

 その気持ちは今も変わらない。

 ワルターさんには気丈に振る舞うし、最後まで諦めるつもりはない。


 けれど、体が血の毒に犯されてきていることは確かだ。


 私の弱音を聞いたテディが、ぐっと眉間に力を入れる。

 かわいい義弟に悲しい事実を告げてしまったことに胸が痛んだ。


「最後までがんばるけれど、もしものときは、ワルターさんをよろしくね」

「……そんな約束、したくもない」


 低く言ったテディは、「けど」とぼそぼそ続ける。


「仕方ない。義姉さんの頼みだから」

「……ありがとう」


 中庭を爽やかな風が抜けていく。

 心地よい風に花畑が踊った。


 蔦の中で見た夢を思い出す。

 しわくちゃのおばあちゃんになった私の隣で、ワルターさんが笑っている夢。

 あの夢の通りの未来は、来ないのかもしれないと思うと、胸が痛んで仕方がなかった。


「お水、汲んでくるわ」


 悲しみを振り切るように、転がっているじょうろを拾う。

 体勢を低くしたからだろうか。

 その瞬間、頭の血がサッと下ったような感覚がした。


「アコナ?」


 テディの声に答えられない。

 視界が回って、気がつけば空を仰いでいた。


「アコナ!」


 駆け寄ってきたテディが覗き込んでいる。

 その姿もぼやけてきて、私はふっと意識を失った。


 それから、私が起き上がれることは余命が尽きるその日まで一度も無かった。

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