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 ――アコナ。


 暗闇の中に声がする。

 すがるような声だ。

 この世の終わりような声に、意識が少しずつ浮上する。


 ――アコナ。起きろ。


 体に絡みついていた蔦がゆっくりとその姿を消していく。

 はらはらと花びらが落ち、花が咲くように私は蔦の塊から救いだされた。


 額に張り付いた髪をワルターさんが撫でてくれる。

 その心地よさに身を委ねながら、私は薄く目を開けた。


「迎えに来た」


 ぼんやりとした視界が赤い瞳を捉える。

 優しいその目を再び見ることができたことが、心から嬉しかった。


 床に倒れる私を支えてくれている彼の首に腕を回す。

 抱きしめてくれた彼の頬に頬をくっつけた。


「待っていました」


 蔦の中で、ワルターさんの夢ばかり見ていた気がする。

 私はしわくちゃのおばあちゃんになっていて、そんな私の隣で綺麗なままのワルターさんが笑っている。

 弱々しい私の手を握ってくれるワルターさんの手が、とても温かい夢。


「もう大丈夫だ。帰ろう、アコナ」

「帰さないわ」


 コツ、と石畳を踏む音がする。

 ワルターさんの背後。

 地下牢の入り口に立ったギゼラは、ぎろりと私たちを睨みつけていた。


 ワルターさんは私を支えて立ち上がり、ギゼラに杖を向ける。


「もう毒血(どっけつ)の呪いは必要ない。吸血鬼を倒す他の手段を俺が用意した」

「そんな世迷い言を信じるわけがないでしょう」

「ワルターさんは、魔導銃を開発してくださったの。あれがあれば、誰かを犠牲にする必要はなくなるわ」

「黙りなさい」


 ギゼラの静かなのに、たたきつけるような声が地下牢に響く。

 ギゼラの目は、まっすぐに私を捉えていた。


「おまえは道具なのに、なぜそんなにあらがうの。役割を果たさなければ産んだ意味がない。価値がない。リーリスのために、おまえは永遠の時をこの地下牢で生き続けるの。それがおまえの生まれた意味なのだから、果たしなさい」

「違います!」


 突きつけられる言葉の刃に、少し前の私なら傷ついてしまっていたと思う。

 けれど、今の私にはそんな言葉は通用しない。


 私にはワルターさんがいる。

 そして、ピアナが、テディが、店長がいる。

 お母様とお姉様にだけ支配されていた私の世界は、もう変わったのだ。


「あなたの道具としては生きません。あなたをお母様とも、もう思いません。私は、私の幸せのためだけに生きます!」

「よく言った、アコナ。君から母を奪うことになることを申し訳なく思っていたが、もう心配はなさそうだな」


 ワルターさんの言葉に、ギゼラが怯む。

 命の危機を感じたのかもしれないけれど、ワルターさんがそんな危険なことを犯すはずがない。


「どんなに記憶に書き換えるのですか?」

「察しが良いな。アコナ・ジュール・グロウは、婚約破棄された晩に母に殺されたということにする」

「それは……、間違った記憶ではありませんね」


 アコナ・ジュール・グロウは、あの晩、血の湖の中で殺された。

 ワルターさんに救われたときから、アコナ・ディア・ディナスとしての人生は始まっていたのだ。


「さようなら、お母様。お姉様を大切に」

「アコナァァァァァ!」


 耳をつんざくような叫びをあげるギゼラに、ワルターさんが魔法を放つ。

 全身を引きつらせた後に、ギゼラは床へと倒れ込む。

 伏した彼女の顔を、最後にじっと見つめてから私はワルターさんと共に実家を出た。


「よがったよぉ、アコナ! 本当に本当に心配じだんだがらね!」

「ごめんね、ピアナ。もうこれで実家とのゴタゴタはおしまい。だから、安心してね」


 門を出た先の馬車の前。

 飛びついてきたピアナを抱きしめると、テディがふうと息を吐く。


「疲れた。一滴くらい血を分けてくれても良いんだよ?」

「ダメだぞ、アコナ。絶対に許さん」

「ごめんなさいね、テディ。血はあげられないけれど、本当にありがとう」


 潤んだ目で礼を言うと、テディはぷいと顔を背けてしまう。


「あんたが早死にしたら、ワルターが悲しすぎて死んじゃうかもしれないんだよ。責任もって長生きしてよね」

「もちろん。絶対に長生きしてみせるわ」


 無事の帰還を喜び合って、馬車に乗り込んでいく。

 全員記憶の改ざん処理のために眠らされているディナス家の屋敷は静かなものだった。


 もう二度と帰らない実家を振り仰ぐ。

 良い思い出はあまりないけれど、それでもやはり実家だ。

 夜風に髪をさらわれながら、私は実家に深く一礼する。


「さようなら。幸せになります」


 馬車の中から手を差し出してくれるワルターさんに微笑んで、彼の手を取る。

 引き上げられた馬車の中。

 私は見えなくなるまで実家の屋敷を見つめ続けた。

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