07
「ちょっと、考えさせてください……!」
「ま、待て、アコナ!」
俺からのプロポーズに「なんで?」と返したアコナは、はっとした様子で立ち上がると、走って書庫から飛び出していく。
俺の伸ばした手は虚しく空をつかみ、目の前で扉はバタンと大きな音を立てて閉まった。
「やーい、ワルター、フラれてやんの」
「俺はフラれたのか? アコナは、考えると言っていたのだぞ。まだ、可能性はあるだろう」
小馬鹿にしてくるピアナに、眉を寄せる。
遠慮のないメイドは、容赦なく口を開いた。
「無理無理の無理だよ、ワルター。好きなら、速攻オッケーするのが女の子。考える余地があるってことは、アコナはワルターのこと好きじゃないんだよ」
「そういうものか……」
「ていうか、結婚式当日に婚約破棄されちゃった女の子に、なんで結婚しなかったって聞いちゃうような奴アウトっしょ」
「それは……、悪かった。だが、どうしても聞かずにはいられなかったんだッ」
「しかも、いきなりプロポーズだもんね。そんなんじゃ、心は動かないっしょ。オッケーもらえるって、思ってたの?」
ピアナは、今度は馬鹿にした感じではない。
本気で意味がわからないといった表情の彼女に、俺はうなだれて答えた。
「もらえると思っていた。俺は顔は良い方だ。それに、その、最低なことを言うが、アコナは行く宛てもないだろう。頼ってくれるものかと……」
「わぁ。サイテー。さすが、ワルター。ひとりぼっち大好きマン!」
「わかっている。最低だ。もっと最低な話だが、俺はアコナに愛されたいわけではない。ただ、彼女と結婚がしたい」
「なんで?」
アコナの口調の真似をして、ピアナが首を傾げる。
ふーっと息を吐いたのは、今から言うことが一番最低だとわかっているからだ。
「アコナの花魔法が、喉から手が出るほどに欲しいからだ。一生傍にいて、俺のために花魔法を使って欲しい……」
「マジ最低! 出たなぁ、食い意地魔神め!」
「彼女の花は、格別だ! 他の花とは全く違う! どれだけ工夫しようとも、彼女の花と同じ味は再現不可能なのだ!」
彼女が生み出す花は、他のどの花よりも繊細で美しい味がする。
彩りも素晴らしく、彼女が幸せであればあるほど、花は味のレベルが上がる。
結婚式前日にもらった、あの青い花のおいしさと言ったら……。
あの味を思い出すだけで、うっとりしてしまう。
ピアナはあきれた調子で肩をすくめた。
「も~っ。そんな理由でアコナが結婚してくれるかなぁ? なんで花を食べるんですかって聞かれたら、なんて答えるつもりなの?」
「それは……そうだな。なんと答えれば結婚してもらえるだろうか。正直に話して、結婚してもらえると思うか?」
「うーん、思えないけど」
「だが、黙って結婚することになるのは、詐欺のようなものだろうしな……」
腕を組み、しばし考える。
俺は、本当にアコナに愛されたいわけではない。
むしろ、愛さないで欲しいとさえ思っている。
俺が、アコナを愛してしまわないように。
そんなひねくれたことを考えてしまうのは、相手がアコナだからという話ではない。
俺は誰も愛したくないし、愛されたくない。
いつか失うものを抱えたくないと思うのは、そんなに悪いことではないだろう。
だから、俺はピアナの言うようにひとりぼっち大好きマンを貫いている。
そんな、周りから見たら最低だろう俺が求めてしまうほどに、アコナの花魔法は素晴らしかった。
「……アコナがどうしても嫌だというのなら、仕方がない。その時は本当に惜しいことだが、彼女のことは諦める」
「ほほう。もう一回プロポーズしてみるってこと?」
「そうだ。俺が花を食べることも、食べる理由も、愛されたくないことも。すべて伝えてみる。それでダメなら、仕方がないということだ」
「さんせーい!」
ピアナが元気よく手を挙げた声が、耳にキンと響く。
体は小さいくせに、声はデカい。
「いろんな恋愛の伝説でも、秘密を抱えたままの結婚は大体酷い目にあってるもん。ちゃんと伝えるべきだよ! でも、大丈夫? 話しちゃって。ディナス家の秘密なのに」
「問題はない。ディナス家には記憶操作魔法がある」
「断られたら、記憶を消すってこと?」
「アコナには申し訳ないが、そうするしかないだろう。そうなっても、毒血の呪いは必ず解明してみせるが、アコナには自由に生きてもらおう」
「へえ。断られても、呪いを解くお手伝いはしてあげるんだね」
「当然だろう。理不尽に呪い殺される前に、あの子は幸せにならなければならない」
ピアナが大きな青い目を細める。
「ワルターは最低だけど、最も低いってわけではないよねぇ。プロポーズがダメだったら、あたしが元気が出るダンス踊ってあげるね……!」
「いらん」




