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 久しぶりに帰った実家は変わっていなかった。


 ずらりと並んだメイドが頭を下げてお母様を出迎える。

 その後ろに私は続いた。

 拘束こそされていないものの、両脇には黒装束のふたりが控えている。


「お姉様は、どこにおられるのですか?」


 いつもなら、お母様の帰宅に合わせてお姉様はエントランスホールで待っていたはずだ。

 結婚式以来、お姉様の姿は見ていない。

 どうしているだろうかという純粋な疑問だったのだが、お母様は忌々しげに表情を歪めた。


「おまえのせいでリーリスは心を病んだ。今は別宅で療養しているわ。おまえなんかをあの子に見せられるわけがない」


 淡々と話すお母様にしては珍しく、その声には怒気が含まれている。

 お母様にとっての娘は、お姉様しかいなかったのだなということを改めて思い知らされた。


 私の部屋へと閉じ込めるのなら、エントランスホールから階段をのぼるはずだ。

 けれど、先導するお母様は階段をおりた。


 地下には冷え冷えとした地下牢があることを知っている。

 ジュール様が吸血鬼をとらえていたとされる地下牢だ。


 ひんやりとした石畳の床に降りると、その地下牢が見えてきた。


「……私をどうされるおつもりですか」

「それはさっきも答えた。永遠に生け贄になってもらう」

「それは、私をゾンビにするという話でしょうか」


 前を歩いていたお母様が立ち止まる。

 ぐるりと私を振り返って、空っぽの目をうっとうしそうに細めた。


「よく知っているわね」


 すぐにお母様は前を向く。

 お母様が歩くたびに、石畳の冷たい床はコツコツと足音を立てた。


「……私には知る権利があるはずです。死者蘇生魔法は禁止魔法で、かなり難解な術式が使われているはず。それを解読することができたのですか?」

「できたから、おまえを連れてきた」


 淡々と与えられた答えに、驚愕する。

 死者蘇生魔法は、魔法伯であるワルターさんが10年かけて解明した術式だと言っていた。

 ピアナが見て実行したというそのメモも廃棄されたと聞いている。

 お母様が、そんな術式を1年も経たずに解読できるとは思えなかった。


「どうやって、解読を……」

「死者蘇生術式は、おまえを産んだときから解読を進めていた。手元にある資料では足りなかったが、ディナス家の書庫で発見した資料で間に合った。おまえがあの家に嫁いだのは、ある意味天啓だったのかもしれないわね」


 振り返らずに答えたお母様の言葉にゾッとする。

 お母様は、私をお姉様の代わりに毒血(どっけつ)の呪いに捧げるために産んだ。

 それだけでなく、お母様は産んだときから、私をゾンビにしようとしていたというのか。

 血を毒に犯された状態で、永遠の時を生きさせようという、その発想が心底恐ろしい。


 この人は、私を産んだ人間ではあるけれど、母ではない。

 ここにきて、その事実がずっしりと私の胸にのしかかった。


「術式は完成している。おまえの夫が騒ぎ出す前に、済ませたい」


 氷のような声でお母様が告げたのを合図に、私は地下牢に転がされる。

 床には、既に真っ黒な炭で魔方陣が描かれていた。

 これがおそらく死者蘇生魔法の術式を刻まれている魔方陣なのだろう。


 お母様が魔方陣に両手をつく。

 この魔方陣に魔力を流されたらおしまいだ。


 私はきっとゾンビにされて、永遠のときをこの地下牢で生きることになる。

 そんなことをさせるわけにはいかなかった。

 誰よりも、ワルターさんのために。


「させません」


 地を這うような声が出た。

 顔を伏せていたお母様が驚いた様子で顔をあげる。


 魔方陣の真ん中で立ち上がった私は、自身の胸に両手を押し当てていた。


「なにを……」


 魔力の奔流を感じたのだろう。

 お母様が戸惑った声をあげる。


 テディが封印されていた氷塊。

 あれは吸血鬼の魔力によってしかできない封印魔法だった。

 けれど、特別な魔力でしか使用できない魔法ならば、花魔法だって同じだ。

 花魔法による封印魔法だって、応用すれば完成する。

 体が許容しきれない量の魔力を花魔法によって流せば、人体は封印された状態の眠りにつくはずだ。


「私は夫の迎えをここで待ちます。ゾンビになんてなりません」


 魔力を解放すると、狭い室内の空気が逆巻いた。

 髪が跳ね上がり、足下から(つた)が伸びる。

 大量の花を咲かせながら這い上がってきた蔦は、私の足を覆い、胴を覆い、首まで這い上がってくる。


 お母様が驚愕した様子で、こちらを見ている。

 それがなんだかおかしかった。

 ちょっとした意趣返しができたようで、気分がいい。


 この花魔法による封印は、ワルターさんにしか解けない。

 他の魔力は通過しない。

 彼が来ない限り、私は眠ったまま余命を迎えるはずだ。


「おやすみなさい、ギゼラ」


 蔦が眼前まで覆い尽くす。

 傍目には花と蔦の塊にしか見えないだろう塊の中、私は眠りについた。

 

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