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長いキスを終えて、私とワルターさんは少し離れて深呼吸をした。
あまり恥ずかしい思いをすると、私の血の巡りはよくなりすぎる。
ワルターさんの吸血欲求を煽らないためにも、私たちは一度冷静になる必要があった。
「これほど自分が吸血鬼であることも毒血の呪いを恨むこともないな」
「はあ、落ち着きました。ごめんなさい、ワルターさん。辛い思いをさせてしまって」
「悪いのはテディールだ。なぜあんなことをしたのかと聞いても、だんまりで答えない。やはり、あいつは封印した俺を恨んでいるのかもしれん……」
「違います!」
苦々しい表情を見せるワルターさんに、私は首を横に振った。
テディールは話せなかったのかもしれないけれど、彼が私に記憶操作魔法をかけた理由を私は知っている。
「テディはワルターさんのことを慕っているんです。ワルターさんがテディを封印したのも、毒血に執着しているテディを落ち着かせるためだったと、彼もちゃんとわかっていました」
「……では、なぜ?」
ワルターさんは渋い表情のままだ。
ワルターさんもテディのことは大切に思っていたはずだ。
でなければ、毒に犯された血を舐めて死にかけたテディをワルターさんは救ったりしなかっただろう。
血を分けたきょうだいが仲違いすることが、どれだけ悲しいことか。私は知っている。
お互いへの情があるワルターさんとテディには、どうか関係を修復して欲しかった。
「テディは、ワルターさんが私の毒血をいつか我慢できずに飲んでしまうと思っていたんです」
「……それで、なぜアコナの記憶を消すことになる」
「記憶を失えば、夫婦として共にあることは難しいと考えたんじゃないでしょうか」
「それなら、テディールは俺の愛を舐めているな」
ふっと困ったような表情で、ワルターさんは笑う。
「記憶を失った君を見て、悲しかった。だが、手放そうとは思わなかったよ。どうにかして、もう一度惚れてもらわなければと思っていた」
「……マティアスのところに行かせようとしていたではありませんか」
「器の大きい男に見せた方がいいだろう? マティアスのところに行くまでに君を振り向かせようと思っていた」
当然のように言うワルターさんの愛の大きさはすさまじい。
その愛に照れそうになったけれど、照れている場合ではない。
熱くなりそうな頬を両手でぱたぱたと扇いで、咳払いをした。
「テディは地下研究室のどこかに閉じ込めてしまったのですよね」
「ああ。処遇は追って考えるつもりでいた。あいつのやったことは罪深いことだが、騎士に突き出すわけにもいかんからな」
記憶操作魔法は間違いなく禁止魔法のひとつだろう。
けれど、その魔法はディナス家の者にしか使えない魔法だから、禁止魔法のリストには載っていないはずだ。
載っていたとしても、ディナス家が吸血鬼の一族だとバレるわけにはいかないから、騎士に突き出すことはどうしたってできない。
それに、被害者である私はそんなことは望んでいなかった。
「この件に関しての被害者は、私ですよね」
「ああ、間違いなくアコナだな」
「なら、テディの処遇は私が決めても良いでしょうか」
まっすぐにワルターさんの目を見て伝える。
彼は一瞬渋い表情をしたけれど、静かにため息をこぼした。
「正直な話をすると、罰を与えなければいけないと思っていたのに何も浮かばずに困っていた。あいつはなんだかんだいって、俺の唯一の肉親だ。長い時を生きる吸血鬼の仲間でもある。アコナになにか良い考えがあるのであれば、任せたい」
きょうだいに罪を突きつけることの辛さはわかる。
ワルターさんに私と同じような苦しみは味わって欲しくなかった。
それに、何より私には名案が浮かんでいたのだ。
「はい。良い考えがあります。テディのところへ案内してください」
ハキハキと答えると、ワルターさんは安心したように微笑んで私を地下室へと案内した。
外鍵のついた研究室の一室を開けると、そこには灰色の髪を垂らしてうなだれているテディがいた。
薄暗い部屋に、彼の赤い瞳が光っている。
その唇の端は、ワルターさんに殴られたからだろう。
切れて血が滲み、綺麗な顔が台無しになっていた。
こちらを見た彼は、苦しそうに破顔する。
「やあ、アコナさん。記憶をなくした気分はどう? 最愛の夫を奪われて、さぞ辛いだろうね。でも、許してよ。僕はワルターのためを思って……」
「わかっています。あなたはとってもブラコンで、ワルターさんのことが大好きで大好きで、私にとられるのが嫌だったんですよね」
「っは!?」
うずくまっていたテディが弾かれたように立ち上がる。
その顔は耳まで赤い。
「そ、そんなこと言ってないでしょ。ていうか、記憶が……」
「戻りました。ワルターさんと禁忌を犯して取り戻しました」
「禁忌って……」
うろたえた様子のテディがワルターさんに視線を向ける。
ワルターさんは、こほんと咳払いをひとつ。
「おまえには、まだ早い」
「なんだよ、それ。どうなってんの……」
呆然としているテディに、ずんずん近づいていく。
今までにないくらいに動揺しているテディの前に仁王立ちになると、私は腰に手を当てて、背の高い彼を睨みあげた。
「テディ。あなたがワルターさんのことが大好きなのはわかりました。私を排除したいくらいに兄を愛していることは、素晴らしいことです」
「そうだったのか、テディール……」
「う、うるさいなぁ! ワルターに嫌われてでも、ワルターを毒血から守りたかったんだよ!」
照れた様子でやけくそに言われたワルターさんが、恥ずかしそうに目を反らす。
その兄弟愛に、ちょっと……いや、だいぶ妬いた。
「うらやましいくらいの兄弟愛ですが、私の方が絶対にワルターさんのことを愛しています!」
「……はあ?」
テディの顔が、不愉快そうに歪んだ。




