06
「ギゼラ……母君は、呪いについてよく知っていたはずだぞ。何せアコナ。君の父君は、呪いで亡くなっている」
「私は病死と聞いていました……」
私が生まれてまもなく、父は病死したと聞いている。
まさか呪いに殺されただなんて思ってもいなかった。
「父は、どっけつの呪いで、亡くなったんですか?」
おずおずと訊ねる。
世間の常識をバカな私が知らないだけなのかもしれなかったから、聞くのは怖かった。
無知な私を見据える、ワルターさんの表情が曇る。
彼は堅い声音で話してくれた。
「毒血の呪いは、その身に流れる血を毒にする呪いだ。やがて、呪われた人間はその毒に犯されて死ぬことになる。左手首に刻まれるのは、それまでの残り期間だ」
ワルターさんが私の左手を指さす。
『365d』と刻まれた数字を、覆うように撫でた。
「そんな恐ろしい呪いをなんのために……」
「これは、勇者ジュールが自身を犠牲にして、吸血鬼を滅ぼすために得た呪いだからだ」
「え? ジュール様は剣で戦われたのでは……? その、こんなこと言ってはいけないのですが、吸血鬼だなんて、そもそも本当にいたんですか?」
町の子どもたちでも知っているようなジュール様の伝説を、私も聞いて育った。
グロウ家は、勇者ジュール様から続く家だ。
王家の血は流れていないけど、勇者一族ということで例外的に公爵家を名乗らせてもらっている。
親族同然に王族に大事にしてもらえているのも、そのジュール様の血によるもの。
グロウ家の人間が、ジュール様の伝説を疑うことは許されることではない。
だから、「ただの伝説でしょう」と思っていることを公にしたのは初めてのことだ。
意を決しての発言だったのに、ワルターさんは事も無げに頷いた。
「吸血鬼は存在している。ジュールの伝説が作り話であるならば、ディアローズ王家がグロウ家を丁重に扱う理由はないだろう?」
「それは、そうですけど……。呪われて毒になった血を与えるだなんて、ジュール様は勇者と言うより、生け贄のようです……」
「アコナは聡いな。実際には、生け贄だ。だが、ジュールは自らその道を選んだのだから、勇者と言っても過言ではないだろうな」
驚愕の話に戸惑いながらも、私はどうにか飲み込んで、浮かんだ疑問を口にした。
「あの湖に沈められたことが、継承の儀式なんですよね。私は、吸血鬼がよみがえった時のための生け贄にされたということですか? お母様に選ばれて」
ワルターさんは渋い顔をする。
嫌なことを説明させているとわかってはいたけど、ちゃんと自分の身に起きたことを知りたかった。
「ディナス家なら誰でも継承の儀式を執り行えるわけではない。ディナス家という生け贄の家系を途絶えさせるわけにはいかないからな。生け贄は明確なルールの上で選ばれている」
「私が末の娘だからですか?」
貴族社会では、下の子ほど冷遇されるものだ。
訊ねた私に、ワルターさんは首を横に振った。
「呪いに耐えられるよう、18歳を迎えていることが条件だ。そして、もうひとつのルールはディナス家が子孫を残せることを第一に考えられている」
「子孫を……」
呟いて、嫌な予感がする。
ワルターさんは、吐き捨てるように言った。
「きょうだいが居る場合は、どちかが結婚した場合のみ。……未婚の方が呪われる」
左手首に刻まれた余命に視線を落とす。
血の湖で、私は毒血の呪いを受けた。
私の婚約者を奪って結婚したお姉様の代わりに。
未婚となった私が、呪いを受けた。
つまり、私の役割って。
お母様が階段から落ちて、足が折れた幼い私に言った役割、って。
「そっか。私はお姉様の代わりに死ぬために生まれたのね」
お姉様は、この呪いを知っていたのだろうか。
できれば、知っていて欲しいと思う。
あなたの代わりに死ぬ、妹の運命を。
大粒の涙が頬を転がった感覚がして、慌てて拭う。
しゃくりあげると、ピアナが飛んできて抱きしめてくれた。
小柄な体を抱き返して、自分が震えていることを知った。
「アコナ。君は、結婚すると言っていただろう。……なぜ結婚しなかったんだ」
「直前に、マティアスはお姉様と結婚したいと言ったんです。ずっと、っ愛してたんだって」
「あのイケメン次期騎士団長めぇ! 顔だけ男だったとは……!」
「当代のグロウ家およびディナス家は、滅ぼしてやっても良いくらいだ。だが、そうなると、アコナが吸血鬼退治の女神として担ぎ上げられる可能性があるからな……。申し訳ない」
ぼそりと怖いことを言ったワルターさんは、くしゃりと私の頭を撫でる。
ああ、なんだか最近ワルターさんの前で泣いてばかりだ。
情けなくて俯くと、視界になにか入った。
ん?
……婚姻届?
「アコナ。復讐はできない。だが、俺は何をしてでも君を救ってみせよう。呪いなんて、俺の頭脳と持ちうる限りの情報で解いてやる。俺には君が必要なんだ。結婚してくれ」
抱きしめ合っていたピアナが「ありゃま」と素っ頓狂な声をあげる。
ぽかんと見上げたワルターさんは、至ってクールな表情だ。
仕事の契約書でも持ってきたみたいな顔をしている。
「……なんで?」
気づけば、私は結婚を申し込まれた女として最低な答えを返していた。




