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魔導銃にかかりきりになっていたワルターさんには、他の仕事がたまっているらしい。
朝食に私の花を食べたワルターさんは、いそいそと研究室に行ってしまった。
ひとり残された私は、朝食にパンケーキを焼いて食べた。
朝から5段にも重ねたパンケーキに、甘めのバターとメープルシロップをかけた甘味の塔は罪深すぎる。
その幸せの象徴みたいな塔を崩さないよう、慎重に切り崩して食べ終えた私はおなかいっぱいになってしまった。
最近ちょっとおなかがむっちりしてしまった気がする。
ワルターさんが昨夜散々撫でた下腹部を撫でて、肉付きを確認した。
……このやわやわ感を彼が覚えていなくてよかった気がした。
「ちょっと、痩せなければ」
「アコナさんが?」
ひとりだと思ったから固めた決意だったのに、まさか聞かれているだなんて想定外だ。
ばっと勢いよく顔を食堂のドアへと向けると、静かにドアを開けたらしいテディがぱちぱちと目を丸めている。
歩み寄ってきたテディは、私の周りをぐるりと歩いて眺め回って、「うん」と頷いた。
「ちょっとふんわりしたけど女の子はそのくらいの方が、ぼくは好き」
「痩せますっ。絶対に痩せます!」
今日から野菜生活だ!
涙目で決意を固める私に、テディはくすくす笑った。
「昨夜はワルターに襲われたりしなかった?」
「セクハラですよ」
「心配してるだけだよ」
「……よく寝ていました。疲れていたんだと思います」
兄が妻と同衾した翌日に、昨夜のことを訊ねるだなんて。
やっぱりディナス家は兄弟そろって変態っぽいところがあると思う。
正直に答えると、テディは「へえ?」と言いながら口角をあげた。
「裸になったらむちむちしてたから、痩せなくちゃって決意したのかと思った」
「なっ」
前言撤回。
テディはワルターさんより、ずっと質の悪い変態だ!
全身の血が顔に集まってきてしまった気がする。
ぽっぽと熱い顔のままテディを睨むと、彼は笑みを深めた。
「だめだよ、アコナさん。そんな良い匂いさせられたら、ぼく我慢できなくなっちゃうかもよ?」
形のいい唇を舐めたテディに、慌てて自分を落ち着かせる。
彼から距離をとるために椅子から立ち上がり、食堂の隅でパタパタと顔をあおぐ。
深呼吸を何度かしてから、テディを振り返ると彼は右往左往する私をからかうみたいな目で見ていた。
「アコナさんって、おもしろいよね」
「テディは想像もしていなかったけれど、意地悪でした」
じとりとテディを見やると、彼は首を傾げる。
「そんなことないよ。ぼくは、アコナさんにずいぶん優しくしてる」
「そうでしょうか」
「そうだよ。ぼくは、アコナさんのこと好きじゃないんだから」
さらりと言ったテディは笑っているけど、目の奥が笑っていない。
テディが私のことを好きではない。
その言葉に、私はとても納得してしまっていた。
「あれ? 傷つかないの? 冗談じゃないんだけど」
「最初から、なんとなく気がついていたんだと思います。あなたは毒血は好きだけれど、私のことは好きじゃなさそうでした」
「アコナさんは鋭いな」
テディは愛想笑いをやめる。
整った顔から表情が消え失せると、それは他者を畏怖させる美となる。
「毒血の呪いを受けている身で、なんで吸血鬼と結婚なんかしたの? 君はワルターを吸血欲求や愛する人を失う悲しみで狂わせる気?」
「ワルターさんとは、共に幸せになるために結婚をしました。血のせいでご迷惑はおかけしていますが、呪いは解いて絶対に長生きしてみせます」
「残り150日で何の成果も出せてないのに?」
呆れたような声を出すテディから、反射的に手首を隠してしまう。
彼はよく見ている。
確かに、手首に浮かんだ余命は今日で150日を刻んでいた。
「ディナス家は吸血鬼だ。一般人なら身分を偽れるかもしれないけど、ぼく達は貴族。どうやって、長い時を変わらない姿のままに生きるぼく達吸血鬼が貴族社会で怪しまれずに生きていると思う?」
脈絡のない話だ。
何が目的なのかは不明だけれど、冷たいまなざしで私を貫くテディに背を向けて逃げ出すことは恐ろしかった。
「ワルターさんに聞いたことがあります。ディナス家には、記憶操作魔法があるんですよね」
ディナス家に代々伝わる記憶操作魔法は、禁忌の魔法だ。
他者の記憶を操作して、長い時を変わらない姿のままに生きているディナス家に違和感を抱かないようにしている。
そうすることで、魔法伯としての地位を守り、吸血鬼と疑われることもなく、ディナス家は持ち前の頭脳を生かして研究に没頭しているのだ。
回答は合っていたらしい。
テディは、こちらに歩み寄りながら「ぴんぽーん」と軽快に答えた。
「大正解。ワルターは、アコナさんには何でも話してるんだね。さすが夫婦だ。ところで、ぼくが君を好きじゃないっていう話は覚えてる?」
「さっきされた話ですもの」
「君を好きじゃない僕もディナス家の吸血鬼。もちろんワルターと同じく記憶操作魔法が使える。……なにされようとしてるか、わかる?」
テディが微笑みながら、こちらに来る。
恐怖を感じて後ずさると、かかとが壁にぶつかった。
「私の記憶を消そうとしています?」
「ぴんぽーん」
テディは、爽やかなほど軽快に答えた。




